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「復興支援ではなく地域に根づく産業に」 気仙沼ニッティングの今 #あれから私は

 気仙沼ニッティング(御手洗瑞子社長)は、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市を拠点にする手編みニットメーカーだ。被災した人々が誇りを持って働ける仕事を地域に作り出すという意図で、2012年にプロジェクトがスタート。13年に法人化した。気仙沼の編み手たちが一つ一つ丁寧に編むセーターは熱烈なファンを集め、14万円のフルオーダーのカーディガンは現在も1年半待ち。クリスマスなどの季節ごとに、編み手のもとにはファンから多くのメッセージカードが届くという。震災をきっかけに始まったビジネスが、地方やファッション小売りの未来を切り開いている。

WWD:立ち上げ当初から、地域に根づいた産業を作る、働く人が誇りを持てる仕事を生み出す、ということを掲げてきた。

御手洗瑞子社長(以下、御手洗):われわれは最初から、復興支援のための1~2年のプロジェクトではなく、地域でずっと続く産業を作ろうという考え方でした。震災直後は仮設住宅での孤独や喪失感を紛らわせるために、折り紙や手芸のプロジェクトがいくつかあって、それと気仙沼ニッティングの違いが分からなかった人もいたかもしれません。でも、地域の人たちからのそういった受け止められ方も徐々に変わってきました。そうした復興支援のプロジェクトは人の心を救う上で大切なものだったと思いますが、時の流れとともにだんだんと消えていきました。気仙沼ニッティングの編み手も、今は自分の行っていることはプロフェッショナルな職人の仕事なんだと自負するようになっていると思います。

WWD:地域の中で編み手を組織し、商品を途切れず作っていく仕組みを整えるのは大変な部分も多かったのでは。

御手洗:技術を持った編み手が増えたことは、立ち上げからの9年間で大きな手応えを感じている部分です。技術の向上は手仕事では一番時間のかかる部分であり、同時にこの事業にとってのコア。編み手は現在50人ほどで、50~60代の女性が中心です。気仙沼の女性は家事の大半を担っているケースも多く、家族に何かあれば支える存在でもあるので、毎日毎月いつも同じ時間働けるとは限りません。コロナ禍の影響でみなで集まって編む活動も中止しています。その中で、プロとして手仕事をするための技術向上をしていくことが課題ですし、気仙沼ニッティングの肝かもしれません。まずは手が慣れて、細かい部分まで図面どおりにきれいに編めるようになることが必要です。料理人が大根の桂むきを練習するように、思い通りに手を動かせるようになる練習から始めます。

編みの技術が習熟するように、1人の編み手が一定期間は同じ型を編み続けるようにしていますが、1型しか編めないと、その年にその商品が売れないと編み手の仕事が減ってしまう。商品の販売状況だけでなく、そういった編み手のキャリアプランも同時に考えて仕事を割り振っていかないといけない。編み手それぞれの力量や仕事に割ける時間などを考慮しつつ、会社としてどんな状況でも商品を作れる仕組みを作ってきました。編み手が習熟する中で生産のキャパシティーも徐々に大きくなっていて、フルオーダーのカーディガン“MM01”のウィメンズは2年前はお届けまで2年半待ちでしたが、今は1年半にまで短縮できています。セミオーダーや既製品など、フルオーダー以外の商品もそろえています。

WWD:この1~2年の間に、ファッションの世界でもSDGs(持続可能な開発目標)が強く意識されるようになってきた。考えてみると、気仙沼ニッティングは立ち上げ当初からそうした考え方を持っていた。

御手洗:気仙沼ニッティングを立ち上げたときは国連サミットでSDGsが提唱される前でしたし、会社としてそれをポリシーとして前面に打ち出していたわけでもありません。ただ、時間をかけて手編みで作る以上は、普遍的で古くならず、長く使える商品を提案したいという考え方が自然だった。必要だと思ってやってきたことが、気付いたら世の中全体の標語(SDGs)になっていた、という感じです。

「いいものを長く使いたい」という価値観が見直されてきていることは強く感じますし、世の中が一旦そこに気付いた以上、こうした考え方は不可逆なものだと思います。いま、購入から5~6年たった商品をメンテナンスのために気仙沼に送ってきてくれるお客さまが非常に増えています。1着作るのに時間をかけている分、編み手や私は売れた後も「サイズは合っていたかな?」「気に入っていただけたかな?」とすごく気にしている。そんなふうに送り出した商品が大事に着られていて、「これからも着続けたいから直してほしい」と言われるんです。これほど作り手冥利に尽きることってありません。戻ってきた商品を見て、「こんなに着ていただけたんだ!」って感じられるのは、9年続けてきたからこそだと思います。

「地方には、個々の力では生めない歴史や文化がある」

WWD:ファンとの間に強いコミュニティーができているのを感じる。コミュニティーをいかに作り出すかは、これからの時代のブランドビジネスに欠かせない視点だ。

御手洗:確かにリピーターのお客さまは非常に多くて、日頃からお礼のメールもたくさんいただきますし、クリスマスなどには編み手宛てにメッセージカードもいただきます。ただ、コロナ禍の前までは、東京・北参道で直営店も運営していて、そこでは“ニットオーナーズデー”と題した顧客向けイベントなども開いていたので、よりコミュニティー感が強かったかもしれません。コロナ禍で気仙沼との行き来が難しくなり、東京店は20年8月に閉めました。作り手とお客さまとのコミュニケーションが直営店の大きな目的のひとつだったので、その意味が薄れてしまって。

幸い卸販売の形に切り替えることができ、ふるさと納税の返礼品にもなったことで、これまで気仙沼ニッティングの名前は知っていても、買ったことはなかったという新規のお客さまと出会える機会につながっています。コロナ禍で身動きは取れなくなりましたが、新しいことに挑戦し、新規のお客さまやパートナーとつながることができ、手応えを感じています。

WWD:気仙沼ニッティングは地方発ビジネスの成功例だ。地方の活性化は日本全体の課題でもある。

御手洗:コロナ禍であらゆる打ち合わせや会議がオンラインで可能になり、地方でビジネスをすることの不利な点はかなり減ったと思います。地方を拠点にしつつ、マーケットとしては日本全体、もしくは世界を狙うということができるようになりました。地域に紐づいているブランドは、個性やキャラクターが濃くなりやすい点が強みであると思う。頭で考えた言葉で「うちのブランドにはこういうストーリーがあります」と説明するのとは違って、地域に根づいた技術や素材を使い、地域の歴史の延長線上にあるブランドなら、時間軸の長い個性を持てますから。歴史や文化という、個々の力では生み出せないものが地方にはあります。

うちの編み手も、「小さい頃に漁師だった父親が編んでくれたセーターを着ていた」といった話を何でもないことのように話します。気仙沼のような漁師町では、漁網を繕うために編み物が盛んだったという話は多くの人にとっては知らないこと。こういった地域の物語を背景にしながらモノ作りをして、商品として届けていくことは、まるで現代の民俗学みたいです。知らなかったことを知って「面白い」と思ってもらえることは、「かわいい」「かっこいい」といったことと共に大切だと思っています。

WWD:これから地方で起業しようと考えている人に、先輩としてひと言を。

御手洗:特に若い世代や子育て世代にとっては、地方では暮らしと仕事のバランスが取りやすいかもしれません。満員電車もなくのんびりマイカー出勤で、仕事帰りの気分転換に、さくっと海に行く、といったこともできます。たとえば小さなお子さんがいる場合も、地方ではいろんな人が一緒に子育てを手伝ってくれるでしょうし、気仙沼では保育園の待機児童の問題も聞きません。地方で起業するとなると、たとえばデザイナーや会計士など専門職の人を探すのは大変かもしれませんが、オンラインツールの発展により、そうした仕事は遠隔で東京の企業や個人にお願いすることもできます。若いときに、自然豊かな場所で人間らしい生活をしながら起業をする、というのは、なかなか楽しいことのように思います。

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