「推し、燃ゆ」が芥川賞を受賞し、“推し活”が豊かな生き方につながるとの認識が広まっている。そこで元来、推しの要素が強い時計の世界で、さまざまな人に“推し時計があることで得られる幸福感”や“そもそも、なぜ推しているのか?”などを聞き、時計の持つ“時間を知る”以上の価値について探ってみたい。
1人目として登場してもらったのは、ニューヨーク発祥の時計オンラインメディア「ホディンキー(HODINKEE)」の日本版「ホディンキー・ジャパン」の和田将治ウェブプロデューサー兼編集者。彼の“推し活”は、ランチタイムの時計撮影だ。
WWD:毎日、昼休みに時計を撮影しているとか?
和田将治「ホディンキー・ジャパン」ウェブプロデューサー兼編集者(以下、和田):その日着けている時計に加えて、3本ほどを撮影用に常備しています。クライアントに急に会う場合にも、ストックは活躍してくれます。
WWD:時計の所有本数は?
和田:20本以上はあります。まずはブランドのシグネチャーモデルを集めようと思っていて、それが一周したらよりマニアックなものにトライしたいです。
WWD:和田さんのある一日について教えてください。
和田:当社はフレックスタイム制を導入していて、加えて現在は週に1~2日程度の出社なのですが、ランチタイムはだいたい12~15時の間です。東京・青山にある会社近くのフードトラックやコンビニで食べ物を買って、オフィスで食事時に撮影します。近所に住んでいたり起業していたりの友人もいるので、彼らを呼んでカフェやレストランに行くこともあります。友人も僕が時計マニアであることを知っているので、急に撮影を始めても放っておいてくれます(笑)。
WWD:この“推し活”を始めたのはいつごろ?
和田:「腕時計の読みもの」という個人ブログを立ち上げた2017年からです。その後、「ホディンキー・ジャパン」に参加して、本業が忙しくてブログは手付かず状態ですが……。ランチタイムに撮影して、帰宅時に電車の中でスマホで編集。2日に1度くらいのペースで、納得できる写真ができた時はインスタグラム(INSTAGRAM)にアップしています。編集には、アドビの有料アプリ「フォトショップ ライトルーム」を使っています。今はちょっと難しいのですがオフ会に参加して、人の時計を撮らせてもらうこともあります。また、これは役得ですが、ブランドから新作をお借りすることも。私的な活動ながら、撮影スキルが上がって媒体にも還元できているのではないかと思います。「ホディンキー」では編集者が自ら撮影することも多く、写真のクオリティーにもこだわっています。昨年末にアメリカで発売した紙版の「ホディンキーマガジン」にも僕の写真を掲載しました。
WWD:愛用のカメラは?
和田:「ライカ(LEICA)」のデジカメ“Q2”です。年始に約70万円で購入しました。「ライカ」は、「ホディンキー」の本国メンバーも使っていて憧れでした。貸してもらって撮りやすかったこともあり、“向こう10年使うから”と自分で自分に言い訳して決断しました(笑)。17cmまでオートフォーカスできるので、時計の着用自撮りや置き撮りに最適です。プロップとして映り込ませても絵になるのが「ライカ」の魅力ですね。“Q2”の前は富士フイルムの“X-E3”(約10万円)、さらにその前はiPhoneだったので、カメラもステップアップしていますね。
WWD:インスタグラムを通じてコミュニティーも広がっている?
和田:投稿をバイリンガルにしていることや、「ホディンキー」では日本版をアメリカにリフト(転載)することもあって、それを見たハリウッド俳優のマイルズ・フィッシャー(Miles Fisher)やプロサッカー選手のカルフィン・ヨン・ア・ピン (Calvin Jong A Pin)からDMをもらいました。海外の方からは「グランドセイコー(GRAND SEIKO)」について、「新作ってどうなの?」「日本での評価は?」などと聞かれることが多いです。現在、Jリーグの横浜FCに在籍するカルフィンとは、その後、家族ぐるみでバーベキューをする仲に。スイスの高級時計ブランド「パテック フィリップ(PATEK PHILIPPE)」や「オーデマ ピゲ(AUDEMARS PIGUET)」を所有していて、チームメイトである“キングカズ(三浦知良)”に時計の手ほどきを受けているそうです。
WWD:時計コミュニティーならではの濃密な関係ですね。
和田:時計ってニッチなわりに“流派”みたいなものもあって、チャネルが合う人はレアなんです。また「ホディンキー」の記事には主観が入ることが多いので、読者は書き手の好みも分かります。時計好きって話したがりが多いし、海外の方はディスカッション文化を持つので輪が広がっていきます。僕のキャラクターも奏功しているのかと。“先生”のような人ならカジュアルには話し掛けづらいけれど、ちょっと何か聞くのにちょうどいいんだと思います(笑)。
WWD:和田さんにとって時計とは?
和田:コミュニケーションツールであり、アイデンティティーの表明。お気に入りを常に身に着けられて、いつでもそれを見られる。ついでに時間が分かってしまうという機能まである(笑)。高価・安価に関係なく、「結婚記念にもらった」とか「〇〇が好きで選んだ」とか「祖父の形見だ」とか、時計とその所有者のストーリーを聞くのも好きなんです。