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津波が直撃した岩手の工場が、泥だらけのミシンと歩んだ「再生の物語」 #あれから私は

 彼をよく知る岩手モリヤの森奥信孝社長に言わせれば、久慈ソーイングの中田利雄会長(78)は「不撓不屈(ふとうふくつ)の男」だ。

 10年前の2011年3月11日、山と海に囲まれた岩手県久慈市には高さ14メートルの津波が押し寄せ、水道や電気などの全ライフラインが止まり、死者・行方不明者6人を出した。震災から4日後、岩手モリヤの森奥社長はようやく水道が復旧したこともあって避難所から自社の工場を訪れたとき、裏手にあった久慈ソーイングを見て立ち尽くした。津波が押し寄せた同社の周辺は、眼の前の側溝に自動車がはまり込み、泥と瓦礫が散乱していた。津波が直撃した久慈ソーイングの建物も半壊状態だったが、森奥社長が立ち尽くしたのはそれだけが理由ではない。中田会長が泥と瓦礫だらけの工場の中から、泥まみれのミシンを運び出してはホースで洗う姿を目の当たりにしたからだ。雪が降る中、中田会長と息子で現社長の輝人氏(52)がブルブル震えながらミシンを洗っていた。「ライフラインだってようやく水道が使えるようになったばかり。うちは駐車場が水浸しになる程度で済んだけど、中田さんのところは津波が直撃していた。普通に廃業を考えてもおかしくないよ。でも、中田さんは直りそうもないミシンを洗っていた。ああ、もう再開のために手を動かしてる、一歩を踏み出してる。クソ、俺も負けてられるかって奮い立たされたんだ」。

 震災前、主に水着の縫製を手掛けていた久慈ソーイングには約40人ほどの従業員がいて、ミシンは約150台ほどあった。ミシンは結局、3分の1の50台がなんとか動くようになった。「ミシン業者にも、泥と海水を被ってだめに決まってるってさじを投げられたことを考えると、奇跡というほかしかないでしょ(笑)。それでも数年はときどき煙が上がったり、いきなり動かなくなったりした。まあ笑いごっちゃないんだけどね」と中田輝人・久慈ソーイング社長は話す。中田会長は足りなくなったミシンを探すため、今度は地震と津波で廃業する縫製工場を訪ね歩き、そうした工場からミシンを引き取ってきた。

 震災から2カ月ほどで半壊状態の建物をなんとか応急処置しながら、ミシンも運び入れたものの、ストックしていた生地は全て泥で廃棄しなければならず、物流もほとんどストップしていたため、仕事ができない。中田会長は社員の多くを解雇しなければならなかった。「従業員は解雇されれば失業手当がもらえる。彼女たちの生活を守るために必要だった」(中田社長)。だが、ここでも中田会長は諦めなかった。知人から、秋田のカジュアルシャツの工場を経営していたある人物が工場を畳み実家のある東京に戻ることを聞きつけると、その人物に頼み込み、5月から3カ月間限定で久慈ソーイングでのトレーニングを頼んだのだ。

 久慈ソーイングは現在、中田会長が家庭菜園として使っていた別の土地で、久慈市が無償貸与という形で建設した建屋に移転している。社員は震災前の半分ほどに減ったものの、水着の縫製から撤退し、現在はカジュアルシャツの縫製がメーンになった。新工場で動かしているミシンも、半分ほどがあの“泥だらけミシン”だ。中田会長はシャツ縫製が軌道に乗った3年前に、息子の輝人氏に社長を譲った。「朝の朝礼で、唐突に社長を僕に譲るって言ったんですよ。もちろん仕事もずっと一緒にやっていて、前から言われたこともあったけど、そのときは踏ん切りがつかず断っていたんです。その後、震災が来てずっと2人で駆け回っていましたから。でも、僕にも何も言わず、いきなり朝礼で言い出したのでびっくりしました」。

 中田会長はいま、工場の端にミシン3台を置いた自分専用のスペースを作り、そこでひっそりと個人のツテで請け負って縫製の内職をしている。「今は最高に幸せだよね。会社も残って、一緒に働いてきた社員も一部は戻ってきてくれた。実は震災前までは、同業者と仲良くすることもなく独立独歩でやってきた。だけど震災で、死に物狂いでいろんなツテを頼って駆け回っていたら、同業者から出入りしていた取引先、市役所まで色んな人が助けてくれた。本当に感謝しかないよ」。そう言いながら、震災のときに泥を洗い落としたミシンで縫っているのは、神奈川県平塚の業者から頼まれたという白いふんどし。「これ水着時代の取引先から頼まれたんだけど、ストレッチ素材なんだよね。俺には伸びる素材を縫うのがやっぱり好きなんだ。畑仕事より、ずっと楽しいよ」。

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