昨年9月、ベイクルーズのEC統括のトップに野田晋作・上席取締役副社長が就任した。ベイクルーズのECと言えばこの数年、年率20〜30%成長という快進撃を続けており、昨年にはEC事業で500億円に達した。一方、野田副社長は、「ジェイエス バーガーズカフェ(J.S. BURGERS CAFE)」「ラデュレ(LADUREE)」などの飲食事業を筆頭に、数々の新規事業を立ち上げてきた同グループのキーマンの1人だ。
しかしその野田副社長がなぜ今、EC事業なのか。実は野田副社長は、EC事業とは無縁のように見えて17年前のベイクルーズの自社ECサイトの立ち上げメンバーの1人なのだ。「当時、僕はPRやプロモーションを行う部署にいて、当時のトップ窪田祐社長(現会長)からトップダウンで自社EC事業を立ち上げよ、というミッションが下り、ウェブサイトを運営していた僕らの部署が担当することになった」。当時、大手アパレルやセレクトショップにとって、ECと言えば「ゾゾタウン」などのECモールでの販売が中心で、自社で独自のオンラインサイトを作って販売する、今で言う「自社EC」に本格的に取り組む企業はまだ少なかった。ささげ(撮影・採寸・原稿)や物流などを一括して請け負う「ゾゾタウン」はブランド側からすると手間がほとんどかからず、しかもよく売れた。また、社内の発注や管理など在庫の運用権限はリアル店舗だった。「本当に大変だった。『ゾゾ』に任せれば手間もなく売れるのに、当時は『なぜ?』とも思った。ほぼゼロからのスタートで、サイトの運営から出荷まで自分たちでやっていたけど、もちろん売り上げが簡単に上がるはずもない。だからこそ、振り返ってみればこの経営判断がいかに正しく、どれだけ先見の明に優れていたのか、実感を持って言える」。
野田氏が担当になって2〜3年ほどして、経験者を外部から募集し、引き継ぐことになった。そのときに面接に来たのが、後に同社のEC事業の成長の立役者になる村田昭彦氏(現グラニフ社長)だった。「面接で何を話したのかはほとんど覚えていないけど、この人ならやれるな、と思ったことはよく覚えている。当時、ECに長けているという人材の多くがシステム側で、テックファーストの考え方だった。いくらECの知識があっても、時に頭を下げてでも粘り強く交渉して在庫を確保する必要もあったし、その上トレンドに左右されるファッションへの理解も必要だった。その点、村田さんはアパレル出身で、しかも雰囲気は柔らかいのに交渉も長けていると感じた」という。
この見方は、まさに正鵠を得ていた。村田氏の指揮の下、裏側で在庫の一元化や顧客IDの統合などを進めた同社は、ファッション企業屈指のEC運営体制を築き上げた。およそ14年ぶりにECに復帰した野田氏は「仕組み化は、自社ながら”すごい“の一言。重要なのは物流の基軸になる倉庫だろうと思って、着任してすぐに行ったのだが驚嘆した。詳細は言えないが、アナログとデジタルが見事に融合し、不測の事態にも柔軟に対応でき、しかも全く無駄がない」。
コロナ下でも、野田副社長の率いるEC事業は絶好調だ。2020年8月期のEC売上高は、前期比29%増の510億円。成長をけん引しているのはEC売り上げの8割近くを占める自社EC「ベイクルーズストア」で、同37%増の391億円だった。巨人ユニクロを除けば、ファッションアパレル企業で最大規模のEC売り上げになる。野田副社長が見据えるのは「リアルとネット、ファッションとデジタルの2つが融合した次のステージ」だ。「着任して2万件のお客様アンケート全てに目を通した。使い勝手の向上やアソートの仕方といった細かい部分の修正と改善に関してはすでに大小含め膨大な数を着手している。ただ、僕の役割は、あえて言葉を選ばずに言うなら現在のECを引っ掻き回すこと。ファッションで本来、最も重視すべきは感情を揺さぶること。それはアンケート調査にも答えが出ていない。体験価値の向上が、どこかでイコールユーザービリティの向上だけになってしまっていなかったか。その本質的な部分をもう一度見直したい」。
いま野田氏が最優先課題として取り組んでいるのは、ECを筆頭にしたテクノロジーを活用した新しいファッションビジネスの仕組みだ。「もちろんこれはEC事業部だけの話ではなく、全社的なプロジェクトだが、リアルとデジタルが本当に最初から融合した新しい仕組みができる手応えを感じている。テクノロジーを使って無駄を削ぎ落としつつ、本質的な顧客体験価値の向上をどう図るか。生産から販売まで全体を見直している、今このときだからこそ挑戦できる」。ECで名実共にトップのベイクルーズだが、次のステージに向けて貪欲にひた走る。「挑戦するからこそ、見える景色がある。リアルとデジタルが融合したECのネクストステージを必ず実現する」。