近年、ファッション業界の法律問題を総称する“ファッションロー”という言葉が少しずつ浸透してきている。ファッションロー分野を得意とする小松隼也弁護士と海老澤美幸弁護士が所属する三村小松山縣法律事務所は2021年1月、ファッションローに特化した専門チーム“ファッションロー・ユニット”を結成。その狙いや目的を聞いた。
――三村小松山縣法律事務所は小松隼也弁護士と海老澤美幸弁護士が所属しているから、もともと“ファッションローに強い法律事務所”という認識だった。ユニットを結成することで何が変わったのか。
小松隼也弁護士(以下、小松):私と海老澤さんが同じ事務所に所属しているということが意外と知られていなかったので、それをきちんと打ち出すことは狙いの一つです。また、同じ事務所の中にファッションロー案件に対応できる心強いメンバーがほかにも複数いるということを十分にアピールできていなかったので、きちんと打ち出していこうと考えました。
海老澤美幸弁護士(以下、海老澤):ファッションロー案件をやるときには、必要に応じて三村さん(三村量一弁護士)や玉井さん(玉井克哉教授兼弁護士)に相談したり、塩川さん(塩川泰子弁護士)とも連携していましたが、それを強みとして外部に打ち出せていませんでした。三村さんは“プリーツ・プリーズ事件”(=「プリーツ プリーズ イッセイ ミヤケ(PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE)」の商品の模倣品裁判)を裁判長として担当した人ですし、玉井さんはファッション分野で頻繁に問題となる不正競争防止法2条1項3号の立法に関与しています。塩川さんは海外との交渉案件に強い弁護士です。そこに今年の1月から中内(中内康裕弁護士)さんが加わってくれました。
――弁護士だけでなく、ファッション業界の問題に詳しい元裁判官や学者の視点も踏まえたアドバイスはクライアントにとっても有益だろう。
小松:何かトラブルが起きたときにブランドを守るために必要な権利を取得していなかった、といったことがファッション業界ではよくあります。企業やブランドが無駄な資金や労力をかけないためにも、ゴールを設定してそこから必要な権利は何かを逆算していくための戦略を立てるときに、三村さんの元裁判官としての経験や玉井さんの学者としての意見はとても参考になります。弁護士も私と海老澤さんに加えて塩川さんが参画したことで、海外との交渉案件への対応力がさらに強化できました。塩川さんは海外案件のほかに、芸能関係の案件も多く手掛けています。
――語学が堪能で海外案件に対応できる弁護士はどの法律事務所にとっても貴重な存在だ。中内康裕弁護士が21年1月に大手法律事務所から移籍したのはファッションローを専門にしたかったから?
中内康裕弁護士(以下、中内):私が就職活動していたときには、“ファッションロー”という言葉はまだ浸透していなかったこともあり、その軸で就職先を探していませんでしたが、弁護士として働くにつれて自分の好きな業界のために弁護士として仕事をしたいと思ったのが出発点です。
――中内弁護士はバンタンデザイン研究所に通っていると聞いた。
中内:大手法律事務所に入って2年目のときに社会人コースに通い始めて今も継続中です。そこではバターンの勉強などをしていて、今日は自分でパターン引いて、自分で作ったシャツを着てきました。ファッションが好きで弁護士としてかかわっていきたい気持ちがあったので、同じロースクール出身の海老澤さんにコンタクトを取りました。そこから海老澤さんと小松さんが主宰しているファッション関係者のための法律相談窓口「fashionlaw.tokyo」を手伝う中で、業界内にはリーガルサポートを求める声が多いことを知りました。
――中内弁護士が最近注目しているファッションローのトピックは?
中内:自分の氏名をブランド名として商標登録することが難しくなっている問題に注目しています。デザイナー目線で考えたときに、自分の名前でブランドを立ち上げられないのはかなりデメリットだと思いますし、ファッション関連の学生と話しても自分の名前でブランド出したいと強く思っている人もいるので、この問題は深刻だと感じています。
――ファッションロー・ユニットとして取り組んでいきたいことや、力を入れていることは?
小松:ロビイング(官公庁がルールや法律を作る前に、業界としてのニーズを吸い上げて伝えること)活動に力を入れたいです。ファッション業界はロビイングが弱いという課題があり、ロビイング活動をしていると民間企業から声が上がっても学者の意見書や裁判所の考えが出ることは少ないと感じます。当事務所のファッションロー・ユニットには裁判所の視点を三村さん、学者としての意見を玉井さんがカバーできますし、実務の声は小松・海老澤・塩川・中内で取りまとめられます。ロビイングに対応できるチームがいる法律事務所だということは、今回のユニット結成で打ち出せたと思います。
塩川:日本は分野に限らずロビイングが得意ではないと感じます。制定されて困るルールができる前に業界の実情や希望を伝えることが重要で、法が制定される前であれば「自主的に業界のガイドラインを作るから法で規制する必要はないよね」と交渉する余地もあります。官公庁側は企業が意見を出すことに対して決して門戸を閉ざしているわけではないですし、企業側としても官公庁が法改正の方向性を検討しているタイミングで、正常な経済取引まで規制されないように意見を伝えていく必要があります。
小松:今動き出そうとしているのは、サステナブルなサプライチェーンを作ることができた企業に国が助成金を出すことで、業界としてサステナブルを推進する取り組みです。業界独自に取り組もうと思っても、なかなか重い腰が上がらないこともあるので国のサポートを得られるような仕組みを作ろうとしています。われわれは複数のファッション関連企業と環境省の間に入って、意見のすり合わせをしていきたいと思います。
海老澤:そのほかにも昨年は文化の盗用の問題やジェンダー、人種差別による炎上事件が多かったですが、文化の盗用の問題については業界のガイドライン策定にも取り組んでいきたいと考えています。文化の盗用ははっきりとした線引きが難しい問題なので、企業は炎上を必要以上に恐れるあまり、表現に対して消極的になっています。こうした状況を打開するためにも業界が自主的にルールを作ることで企業は安心して創作活動を行うことができると考えています。ファッションロー・ユニットには実務家、裁判官、学者がそろっているので、それぞれの視点を生かしてルールを検討し、業界関係者と対話を重ね、業界のスタンダードを作っていけたらいいなと思います。