販売員のスキルを磨くイベントの一つが、毎年、秋から冬にかけて商業施設やアパレル企業が実施する、接客ロールプレイングコンテストだ。2020年はコロナ禍でほとんどの企業が開催を見送った中で、「グローバルワーク(GLOBAL WORK)」「ニコアンド(NIKO AND…)」「ローリーズファーム(LOWRYS FARM)」などのブランドを展開するアダストリアは、オンラインを活用してロープレコンテストを実施した。
そのコンテストで見事、同社独自の接客スキル認定制度である「SSCアドバイザー認定制度」でトップのプラチナアドバイザーに認定された凄腕の販売員が、2019年10月にスタートしたばかりの「エルーラ(ERULA)」でシニアスタッフを務める川崎万智子さんだ。接客の極意を聞いた。
―アパレル業界で働くことになったきっかけは?
川崎万智子さん(以下、川崎):父から聞いたのですが、幼少の頃に兄と一緒に「失礼します!」「恐れ入ります!」とか言いながら遊んでいて、それを見た父の友人が「どういう教育をしているんだ」と笑われたこともあったそうです。その頃から接客業で働きたい気持ちが強くて、高校生で飲食店のアルバイト始めました。その飲食店には大学生になってからもお世話になっていたのですが、いざ大学卒業となった時に、同じ接客業のアパレルもいいなと思ったんです。当時は「ローリーズファーム」が人気上昇中で、よく買い物にも行っていたこともあって自然と「(ローリーズファームを運営していた)この企業が良いな」と考えました。
―確かに接客業の中でも、ショップスタッフは身近な存在ですしね。オシャレに興味がある人なら一度は憧れる仕事かと思います。
川崎:就活中は華やかな仕事だし、楽しそうだなと思っていました。
―では実際にアパレル業界で働いてみてどうでしたか?
川崎:思った以上に体力を使う仕事だというのが最初の印象でした。内定をいただいてから「ローリーズファーム」でアルバイトを始めたんですが、「こんなに疲れるの?」と思うくらい衝撃的だったんです。
―そんなに?飲食も同じくらい疲れませんか?
川崎:この業界には飲食店でバイト経験ある方が多いので共感してくれると思うのですが、一番の違いは、飲食店は入店したら100%売り上げが立ちますが、アパレルは極端に言えば大半の人は入店しても購入しないことです。つまり、お客さまが入店された瞬間から接客が始まって、お客さまが店頭にいる間はずっと常に神経を巡らせている状態なんです。最初の頃はそれが一番疲れましたね。飲食店は客単価を上げる接客をしますけど、アパレルは“0を1にする”接客で、その違いにも結構衝撃を受けました。だからこそ、常に接客技術の向上が必要で、いつまでも勉強することがあります。それが楽しいですが。
―たくさんの販売員を取材していると、人と接するのが好きでこの道に進む方と服が好きで進む方がいます。恐らくこれまで育成してきたスタッフの中にもファッションは好きだけど、接客は苦手な方もいたと思います。ファーストアプローチが苦手な方へのアドバイスは?
川崎:そうですね、私の場合は最初に、「お友達と買い物って行く?」と尋ねます。大体は「行きます」と答えてくれるので、そうした状況を丁寧に実践してみようとアドバイスしています。アダストリアの多くはカジュアルなブランドなので、かしこまり過ぎず、お友達と接するよりは少し丁寧にお客さまと接してみる感じです。なので、たまに「一人で行く」と言われると、ちょっと悲しくなりますね(苦笑)。
―どちらかと言えば私も一人で買い物行くタイプです(苦笑)。そういう場合は?
川崎:スタッフによりますが、もっと具体的に「3秒間、よく観察してから行こう」など、細かく指示を出してトレーニングをするようにしています。「いま!」と背中を押したり、逆に観察してもらった上で声をどう掛けるか考えさせたり、スタッフの性格に合わせて教えています。その後が大切で、一歩踏み出せたときにはすごい褒めます。「やっぱり楽しい!」という成功体験を思ってもらわないと続かない仕事だと思うので、体力的にも。だから、とても良かったことはそのときそのときにきちんと伝えるようにしています。当社は学生アルバイトも採用しているので、例えば将来は音楽の先生になりたい学生バイトが入ることもあるんです。そういう時は将来のことを上手く絡めて、アダストリアでバイトしたことがプラスになったと思えるようにスタッフ育成しています。「全く畑違いの業界でも、接客の仕事は対人コミュニケーションを伸ばせるのでどんな仕事にも生かせるよ」と伝えています。
―私も販売職がマスターできれば、どんな仕事でもできると思っています。
川崎:できますよ!その子の強みになります。
―将来を見据えて店頭に立つことができれば、モチベーションも上がりそうですね。
川崎:接客は自分から行動をしないとダメな仕事ですから、ここで働こうと思ったきっかけや将来どうなりたいかはしっかり聞いて、「それなら、これができるまでは頑張ろう」と伝えています。振り返ると結構、口うるさい店長だったんだろうなって思います(笑)。
―言われたスタッフは感謝していると思いますよ。
川崎:そう思ってくれているといいですね。なるべくプライベートに踏み込みすぎない程度にとは思いつつも、きちんとケアをするように心がけていました。ある種、自分の子どものように育てていました。
―子どもと言えば、昨年6月から復職されたそうですが、大変な時期での復職でしたね。
川崎:そうですね。私的には早く仕事復帰したいという思いが高まっていたので、復職できて嬉しかったです。社内的には珍しいのですが、新卒で配属された店舗で店長になったことあり、実は産休までほとんど店舗異動することがなくて仕事に新鮮味がなくなりつつあったのです。そんなタイミングで産休に入って、正直とても解放された感覚がありました。当初は1年で復帰予定だったのが、保育園が決まらなくて復職が延びてしまって。でも当初の復帰予定の時期はまだ仕事したいという気持ちにはなっていなくて…。
―復帰まではどう過ごされていたんですか?
川崎:自粛期間も重なっていたので、今日が何曜日か分からなくなるくらい子どもと一緒に家にこもっていました(笑)。それまで収集しきれていなかった情報を取り入れるために、毎日テレビの情報番組をチェックしていました。インスタグラムなどもよく見ていましたね。この期間にブランドの公式アカウントが伸びているのを聞いて、距離を置いた立場でみていても「楽しそうだな」と感じました。そんな生活をしているうちに沸々と「仕事したいな」という気持ちが出てきて、復帰が決まる頃にはやる気に満ち溢れていました(笑)。外出先でお客さまと会話している販売員の姿を見かけると楽しそうで、入社したての頃の感覚になって仕事したくてたまらない気持ちになりましたね。
―復帰後、最初の仕事は?
川崎:最初の1カ月半は基本的にはオンラインミーティンでした。当時の店長から、私が過去に商業施設のロープレコンテストで入賞経験していることを踏まえて、「スタッフの接客教育をして欲しい」と言われまして、昔の資料引っ張り出して、どんな教育をしようかアレコレ考えていました。
―そんな経験があったんですね。自分の接客の強みはどこでしょうか。
川崎:「共感」です。「共感」を手に入れた瞬間に、何かすごく強みが見つけられた感じがして、自信を持てるようになりました。商業施設のロープレコンテストの挑戦している時に「共感」について教えてもらい、接客も変わりました。「共感」はとても聞き慣れた言葉なので簡単に分かった気になると思いますが、例えば自分から「この色をよく着るんですか?」と尋ねて「着ます」と返されたら、こちらが「そうなんですね」と答えて終わる会話を「共感」だと勘違いしている方が多いと思います。以前の私もそうでした。ですが、お客さまの「着ます」を一度ギュッとキャッチした上で「それならコレもお好きじゃないですか?」と会話を重ねていくことが本来の「共感」なのだと学んでから、接客の考え方が変わりました。今までやってきたことは共感じゃなかったんだって、目から鱗が落ちました。
―取材でも「共感」は良くキーワードになりますが、私も目から鱗です!では、最後に今後の目標を教えてください。
川崎:「エルーラ」は年齢を重ねても店頭で働ける場所をつくるというのが、社内的にもミッションになっているブランドなので、まずはこのブランドを成長させることです。私自身もですが、友人たちもこのまま年齢を重ねていって、50歳になったら何を着たらいいんだろうと話題になっていたので、消費者の気持ちも汲んだ上で丁寧に育てていこうと思っています。
―店舗数を増やすときには、スタッフの育成も重要です。
川崎:そうなんです。「エルーラ」のターゲット層は40代半ば~50代で、若い頃にリアル店舗で買い物をしてきた経験がある接客慣れした方たちが多い世代です。アダストリアのヤングブランドとは違う接客スキルが求められます。それこそ「共感」や会話力、30代のスタッフとお客さまの年齢で感じるギャップを埋める専門的な知識など、身につけていく必要があります。スタッフの接客レベルを上げて、年齢にかかわらず「この方に相談したい」と思っていただけるスタッフを育てていきたいです。