「WWDジャパン ネクストリーダー2021」で審査員アドバイザーを務める「リトゥンアフターワーズ(WRITTENAFTERWARDS)」デザイナーで、ファッション表現の実験と学びの場「ここのがっこう」を主宰する山縣良和氏は、ファッションの最前線で活躍しながら後進の育成にも力を入れる。今月に入り、ダウン症や義足など、さまざまな身体に合う洋服のデザインをサポートするドキュメンタリーに協力するなど、ダイバーシティーやバリアフリー領域にも向き合う。山縣氏が考える今のファッション業界の課題と、次世代リーダーに必要なことについて聞いた。
WWD:ネクストリーダーは年齢で区切るわけではないが、30歳前後の方が中心だ。山縣さんは30歳のころ、どういったビジョンを持っていた?
山縣良和ファッションデザイナー・教育者(以下、山縣):当時はがむしゃらでした。ヨーロッパで過ごした学生時代は物事を決めつけず、とにかくいろいろなものを吸収しようという気持ちで、本当に様々なことにチャレンジしました。いくつかのメゾンでインターンを経験しましたし、ファッションウィークになるとファッションショーのバックステージの手伝いに積極的に参加しました。その他にも大学を休学してフランスに移住したり、ベルギーやオランダの学校に見学にいったり、イタリアの国際コンクールに出品したり。本当にいろんな経験をさせてもらいました。それは世界を知らずにあれこれ言いたくないという気持ちが強く、とにかく沢山経験をして学びたいという気持ちが強かったんです。
WWD:2005年、セントラル・セント・マーチンズ美術大学ファッションデザイン学科ウィメンズウェアコースを首席で卒業している。
山縣:卒業コレクションは「裸の王様」の続きの話をテーマに発表したのですが、その頃はファストファッションの台頭で超大量生産、大量消費時代の幕開けでした。ファッションや衣服は大好きだけど、本当にそのサイクルの中だけで盲目的に衣服を生産し続けることがいいことなのか?という気持ちが常にあったんです。だから“見えない服”(裸の王様)というテーマでやってみようと思いました。
WWD:当時の大量生産大量消費は業界に大きな影響を与え、今に引きずっている。
山縣:20年代以降、そしてコロナ禍の今、ファストファッションが台頭して来た00年代からのツケが可視化されるようになりました。ファッションという大きな産業の中で、加速度的に短期間に服を大量に作って、売る、そして売れなければ廃棄してというサイクルを繰り返す中で、学びや教育、研究を後回しにしてきてしまったのではないか。デザインも含めてそういったことに取り組まなかった、言い換えれば取り組む時間が作れなかった時代だったと思います。例えば、日本でファッションに興味を持ち、仕事がしたいと思った時、学校の選択肢がほぼ洋裁技術の習得を軸とする専門学校しかありません。そして学生によく聞く話なのですが、行きたいと思っても、「親に反対される」ようです。ファッションにおける概念を学べるアカデミックな教育機関がないので「まずは(普通の)大学に行きなさい」となります。そこには、人材流出が少なからず起こっています。さらにファッションは今、負のイメージで語られることが多くて、余計に反対への拍車が掛かっています。しかし現在問題が山積みのファッション業界には今まで以上に知性を必要としており、アカデミックな環境と人材が必要で、日本でもそのような環境整備ができるかが今後の鍵だと思います。
WWD:だから山縣さんは、2008年にファッションを概念としても学べる「ここのがっこう」を設立した?
山縣:気づきのきっかけになればと思い、立ち上げました。元々、僕自身が日本の教育で挫折をして、海外に渡ったのですが、日本と欧米ではファッション教育に対する環境が大きく違いました。「ここのがっこう」では、ファッションの本質に向き合い、勉強したりすることで、人としても社会としても豊かになってもらえたらという思いで運営をしています。
WWD:「ここのがっこう」の卒業生はすでに1000人以上いる。現在、一番若い人は?どんな人が集まっている?
山縣:現在は高校生がいます。ということは2004、5年生まれでしょうか。学校を運営していて嬉しくなることがあるのですが、このような時代であっても、みんなファッションが好きで、ファッションを学びたいと思って来てくれていることです。だからこそ最初にまず「ありがとう」という気持ちになります。どんな時代になろうがファッションの本質に触れ合ったり、常に探求する気持ちがある人はこれからもずっと続けていけるだろうと実感しています。また、コロナ禍の影響もありやデジタル社会の加速で手を使ったコミュニケーション、触覚を使う手作業が自ずと減ってきている。動物のコミュニケーションの原点は毛づくろい等に見られるお互いに触れ合うことと言われています。だからこそやってみると本能的に楽しいんだと思います。だからこそなにかを触って作るワークショップはとても盛り上がります。ファッションにはそういった本質的な強さがあるのだとと思います。
WWD:もう少し日本のファッションの問題点を教えてほしい。
山縣:日本のファッション業界でよく言われるのが、大きいキャパシティーになると細分化されて専門分野のことしか分からなくなるということです。本来は素材から織り、パターン、縫製、デザイン、さらにはメディアまで。ファッションで起こること全てをシェアすることが大事だと思うんです。ある種の共通言語を持つことでしょうか。ファッション的なリベラルアーツ(学問の基本)を獲得する必要性があります。例えばパリやNYのアトリエではデザイナーと職人が近くにいて、共通言語が生まれています。日本は場としても、教育としても、散らばったものをまとめる何かがあると良いと思います。
WWD:教育はどうあるべきか?
山縣:まずは国がファッションを文化としてしっかり認めるべきだと思います。そして国立大学でファッションを学べる学科があるといいと思います。世界トップクラスと言われるイギリスの王立の芸術大学、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートではアート、デザイン、ファッション、建築などが学べます。学科を超えた横のつながりができ、業界内だけの会話ではなく、社会課題を共有することが大事です。僕が通っていたセントラル・セント・マーチンズも美術の総合大学なので、クリエーションの共通言語を獲得しやすい。ファッションを勉強してない人とも、なんらかの意思疎通ができた。海外で現代アートを鑑賞して思うことは、アートにもファッションと共通した感覚があり、同時代性を感じることが出来ます。それはコンセプト以外にも、造形や色彩感覚などの共通認識があるからだと思います。日本はファッションが他の分野と孤立した環境なので、チグハグになってしまう。だからこそ日本の東京藝術大学にもファッションを学べる学科があってもいいと思うのです。
WWD:山縣さんは東京藝術大学で講師を務めている。
山縣:ほんの少しだけ、年に数回、講義やワークショップを行う機会を頂いています。美術学部長の日比野克彦さんは、ファッションの大事さを理解くださっておりますが、学科を新設するというのは相当ハードルが高いようです。
WWD:「ここのがっこう」をはじめ、次のリーダーを育成しているが、何を大切にしている?
山縣:学生が持っているルーツやバックグラウンドを掘り下げ、個人の悩みや興味から社会問題へ視点を拡張して、本質的に湧き上がってくる動機を大事にしています。ルーツや過去にコンプレックスや悩みを持っている人は多く、突き詰めるとその先に同じような悩みを持っている人が少なからずいる事に気づきます。真剣に自分と向き合ったら、社会とつながるんです。アドバイスはしますが、どんなことがあっても本人そのものを否定しません。
WWD:若いリーダーに必要なことは?
山縣:繰り返しになりますが、問題だらけの社会の中での責任と、学び続ける強い意思、実験と研究、そしてどんな時であろうとユーモアを忘れない事が重要になると思います。特にこれからの時代は、より実験や研究が重要になる時代になります。研究は時間が掛かるもので、1年、いや3年掛かることもあるだろうし。ファッションは季節とともに変化する移ろいのデザインでもあり、産業を守るためにも定期的なサイクルは最低限必要ですが、もっと業界全体で多種多様なクリエーターと豊かな表現方法を受け入れるキャパシティを持たなければ、今後さらに求心力を失った魅力のない業界になってしまいます。
WWD:今後のファッション業界のカギになることは?
山縣:世界のファッションの問題の多くは環境問題などで浮き彫りになったプラスチックなどの“素材”だと思います。自ずとファブリック、マテリアルへのアプローチの比重が大きくなっています。教育現場にも変化が起きていて、セントラル・セント・マーチンズ美術大学がマテリアル・フューチャーズ学科をキャロル・コレットさんらが数年前に立ち上げましたが、ある意味ファッション学科よりもそちらの方が面白いとも言われているんです。同校は、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンと提携しサステナビリティプログラムを行っていたり、さらには同学科とファッション学科の連携の強化についても考えられています。2020年代以降、ファッションデザインはリスポンシビリティとマテリアルの時代。日本でもスパイバーが開発しているブリュードプロテインなどが出てくるなど、日本の素材も大いにポテンシャルがあると思います。
WWD:最後に、ビジョンを教えてください。
山縣:「ここのがっこう」が更なる「実験や研究の場所」となれるようラボラトリーを作り、クリエーターが集まれる場所にしたいです。国内外の既存の教育機関、例えば東京大学や藝大、慶應義塾大学のSFCと連携を取り、スパイバーさんのような企業とも連携を行い、日本にある技術が集結できる場所が作れたらいいですね。そこにはデザインしている人、モノを作っている職人の方とか、研究者とかさまざまな人が集まって議論や実験するような場所が理想です。真面目に考えることがより一層大事になってていますが、馬鹿げた発想やユーモアを軽視してはいけません。僕自身も常に学びながら挑戦していけるよう新しい才能を持った方々と切磋琢磨していきたいと思っています。