「バーゼル・ワールド(BASEL WORLD)」の消滅により、世界最大の時計見本市となった「ウオッチ&ワンダー ジュネーブ(WATCHES & WONDERS GENEVA)」(旧「S.I.H.H.」、以下「W&W」)が4月7日から13日の日程でデジタル開催中だ。「カルティエ(CARTIER)」「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」といったラグジュアリーから、「ロレックス(ROLEX)」「パテック フィリップ(PATEK PHILIPPE)」などの時計専業まで約40のブランドが参加し、7日間で約110のセッションが行われている。新型コロナウイルスの影響により2回目もデジタル開催となった同見本市について、スイスの見本市を25年以上取材する時計ジャーナリストの渋谷ヤスヒトに聞いた。
WWD:昨年「S.I.H.H.」からリニューアルし、ジュネーブ市と組んで立体的なイベントとなるはずだった「W&W」だが、新型コロナウイルスの影響は大きく、2年連続のデジタル開催となった。今年の印象は?
渋谷:Zoomなどのビデオ会議システムを活用した、インタラクティブなセッション(Q&A)を設け進化した。昨年は、最高経営責任者や開発責任者の録画ないしはライブメッセージを一方的に配信するケースが主だった。初日は何度ログインしてもエラーが出る不具合が発生したり、“マイカレンダー”という自分のスケジュールを管理できる機能の時差設定がずれてしまったりしたが、スイスのデジタルインフラ事情を考えたら“よくがんばりました”をあげられると思う。しかし、問題は別にある。
WWD:というと?
渋谷:“時計ほど、実機に触れないと真の価値が分からないものはない”ことだ。古いタイプの人間なのかもしれないが、作り手(伝え手)の放つ空気感や行間から伝わる要素は時計においては非常に重要で、不慣れな外国語であっても実際にやり取りすることで伝わるものは多い。
WWD:それを補うためにデジタル開催中の「W&W」と並行して、日本でも実機やサンプルを用いたタッチ&フィールの場が設定されている。
渋谷:感染症対策で参加人数は限定されているが、他のジャーナリストや編集部とのちょっとした雑談から、自分以外の視点を知ることも大事だ。映画を見終わったあとにカフェなどでする、あの談義に似ている。
WWD:“新作”の中には、昨年発表できずにスライドしたものも多い。
渋谷:肌感では3~4割程度だろうか。ただし、考え直す時間があったことは有益だったと感じている。熟成というか、コンセプトワークも出来も完成度が例年に比べて格段にアップし、粒ぞろいの商品群となった。そもそも開発に時間のかかる時計にとっては、1年に1回の新作発表のサイクルは短過ぎると言える。時計は2000~14年ごろに、“出せば売れる”いわゆるバブルの時代があった。しかしそれが原因で生産キャパシティーが限界を超え、納期遅れが発生。その間に次の新作が発表され、消費者が納品待ちの商品をキャンセルするという本末転倒なケースも起きた。コロナショックが、そういった時計業界全体のシステムを見直す良い機会になればと思う。
WWD:4月14日から18日まで19ブランドが参加して行われる「ウオッチ&ワンダー上海」は、今年リアル開催される唯一の世界規模の時計見本市となる。
WWD:日本人としてはアジアで唯一の開催が中国というのは残念な気もするが、スイス時計協会がまとめた20年のデータによると、スイスの時計輸出が21.8%ダウンする中で、国・地域別で中国は唯一20%の成長を記録した。シェアも14.1%で中国が1位だ。日本も7%で4位と人口比で見たら健闘しているが、「W&W」の判断は賢明と言わざるを得ない。
WWD:中日を迎えた「W&W」だが、前半のベストは?
渋谷:「ジャガー・ルクルト(JAEGER LECOULTRE)」の“レベルソ”だ。今年は“レベルソ”誕生90周年のアニバーサリーイヤーで、トゥールビヨンやミニッツリピーターなど11の複雑機能を搭載した超複雑モデルを発表した。注目したのは、自動調整機能を内蔵した専用のコレクションボックス。時計を収納することで、永久カレンダーや天文表示機能がアジャストされる。一度ずれてしまったそれらの機能を修正する場合、これまではブランドに預け、場合によっては本国に送り分解する必要があったわけで、ユーザー(コレクター)フレンドリーな試みと言える。同時に、スイスのトップマニュファクチュール(時計の心臓部であるムーブメントから自社一貫製造する時計メーカー)の威信を感じた。
時計見本市をめぐっては、かつて世界最大だった「バーゼル・ワールド」が高額な出展料やラグジュアリービジネスの場にふさわしくないホスピタリティーなどへの不満から離脱者が続出して崩壊。今年から「ウオッチ&ワンダー ジュネーブ」が、その座に取って代わっている。