アダストリアグループは、3月31日にEC専業ブランド「オー・ゼロ・ユー(O0U)」の販売を開始した。同ブランドはファッションにおける循環型ビジネスを目指し、さまざまな切り口で既存の商習慣とは異なるサステナブルなあり方を模索。それらの取り組みを機動的に進めるために、アダストリア本体ではなく子会社アドアーリンクを昨年11月に立ち上げ、「オー・ゼロ・ユー」を運営する。
同ブランドが環境や社会に与える負荷を測定するアパレル業界共通のツール「ヒグ・インデックス(HIGG INDEX)」を導入し、各商品の環境負荷を分かりやすいマークで表示しているのもそうした取り組みの中の一つ。負荷を計測して“見える化”することは、負荷低減に向けた第一歩だ。ただし、消費者はもちろんアパレル業界人でも、「ヒグ・インデックス」と言われてピンとくる人はまだまだ少ない。ここでは、同インデックス導入の意図や「オー・ゼロ・ユー」が描くサステナビリティ実現の道筋を、アダストリアのサステナビリティ責任者である福田泰己取締役と、タッグを組んでいるコンサルティング企業ローランド・ベルガーの福田稔パートナーに聞いた。
※「ヒグ・インデックス」とは=アパレルの世界的な業界団体であるサステナブル・アパレル連合(SAC)が2012年に開発した環境・社会負荷の測定ツール。SACには36カ国250超の企業やNPOなどが加盟しており、「ヒグ・インデックス」は約1万8000社が活用している。各企業が独自の指標や数値でサステナブルをうたうのではなく、共通ツールを用いることで「何がどれだけサステナブルか」の客観比較を可能にし、負荷低減を目指せるのが同インデックスのポイント。「オー・ゼロ・ユー」では同インデックス内の素材についての環境負荷測定ツール、「ヒグ・マテリアルズ・サステナビリティ・インデックス(HIGG MSI)」を現時点で活用している。
「いかに分かりやすく伝えるかが重要」
WWD:「オー・ゼロ・ユー」で「ヒグ・インデックス」のスコアを公開することにした意図は。
福田泰己アダストリア取締役(以下、福田泰):コロナ禍もあるし、日本政府は2050年にカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出量実質ゼロ)を実現すると宣言した。世界中で脱炭素への注目がいっそう高まる中で、アパレルは二酸化炭素(CO2)排出量の大きな産業と言われている。環境負荷低減に取り組むためには何らかの指標が必要であり、それでグローバルで共通の指標となっている「ヒグ・インデックス」に注目した。ただし、日本の消費者には馴染みが薄く、分かりにくい部分もある。それをいかに分かりやすく表現するか、お客さま1人1人が自分ごとできるようにするかという点で、ローランド・ベルガーとタッグを組んだ。
福田稔ローランド・ベルガーパートナー(以下、福田稔):ローランド・ベルガーでは以前から、「ヒグ・インデックス」を日本に広められないかと独自で研究していた。「オー・ゼロ・ユー」には戦略策定から関わっており、各商品で行っている使用素材の環境負荷のスコア算出はSACが提供しているロジック(計算式)にしっかり則って行っている。商品1点1点の素材について、どんな原料をどれだけの量使っているか、混紡率はどれくらいか、加工や製法はどんなものかといった細かな要素を掛け合わせてスコアを算出していく。入力項目が非常に多岐にわたるため、情報を全て集めて管理するのはものすごく煩雑だ。その入力の仕組み化をローランドベルガーが担った。算出ロジックはSACが打ち出しているものから変えていないが、スコアの見せ方だけは日本の消費者が受け入れやすいように変えている。温暖化、水不足、資源枯渇、水質汚染に対し、どれだけ配慮できているかを数字そのままではなく、3段階のスマイルマークで示すようにした点などがそれだ。分かりやすく伝えるためのデザインについては、クリエイティブエージェンシーのKESIKIに担当してもらった。
WWD:日本の消費者には、欧米の消費者ほどサステナビリティの考え方がまだ浸透していないともよく言われるが。
福田稔:われわれも当初は、世界水準のサステナビリティの取り組みを日本の消費者に打ち出しても、付いてきてもらえないのではないかと思っていた。しかし、昨年春に消費者インタビューとアンケート調査を実施したところ、コロナ禍の影響もあって消費者の意識が加速度的に変わっていくのを実感した。このままいけば、3〜5年後には世の中は大きく変わる。それで、やはり世界水準のサステナビリティに取り組むべきと考えて、「ヒグ・インデックス」の実装に取り組んだ。
福田泰:私がその消費者インタビューで印象的だったのは、サステナビリティの意識が高まっている一方で、「価格の許容性はゼロ」だった点。つまり、1円でも価格が高いなら環境負荷の低い商品を選ばないという結果だった。ただ、これをポジティブに考えれば、同じ価格で提案すれば環境負荷の低い商品を選んでもらえるということになる。アダストリア本体ではECが成長してはいるものの、まだまだ実店舗の売り上げが商売全体の8割を占める。だから、(コスト構造を変えるべく)子会社のアドアーリンクとして切り離し、EC専業で新ブランドを立ち上げた。それによって価格を抑えることができれば、環境負荷の低い商品を手に取っていただけるはず、という考えだ。
今後は取り組み先の工場も公開
WWD:環境負荷についての3段階のマークは、具体的にどのように商品を3分類して付けているのか。
福田稔:各アイテムにおいて、一般的な素材や製法で作るならCO2排出量はこれくらい、水使用はこれくらいといったように値を出して、それを基準としている。基準をもとに環境負荷の小ささが上位3分の1、中位3分の1、下位3分の1というに分けた、相対的な分類だ。基準となる値は、“生産管理ひと筋30年”というような生産畑に精通した社員が、今そのアイテムを作る場合の最も一般的な素材や製法を指定し、算出している。
福田泰:企業が環境負荷低減のために動くことはもちろん必要だが、お客さま自身にも取り組もうと思っていただかないと負荷は減らせない。企業と生活者がそれぞれ本気で取り組むことが大切だ。お客さまにとって分かりやすくするために今回は3段階のマークを採用したが、今後例えば「ヒグ・インデックス」のスコアを商品ごとにそのまま公表していく形が日本でも広がり、お客さまにもそれで伝わるようになるのなら、われわれもその手法に合わせていく考えだ。今回採用した手法に固執するつもりはない。
WWD:「ヒグ・インデックス」実装に取り組んでみて、困難だった点はあるか。
福田泰:現時点では素材から商品ができるまでの環境負荷を“見える化”したが、海外の工場から日本に届くまで、日本での物流過程での負荷についてはまだ手付かずだ。ただし、素材から商品ができるまでの過程でのCO2排出量が、サプライチェーン全体での排出量の9割を占めるというデータもある。そういう意味で、まずは一手として価値があったと思っている。今期(22年2月期)を終えた段階でサステナビリティレポートを作成し、環境負荷改善のために達成したこと、まだできていないことを公表し、取り組み先工場も公開していきたい。今後は期末ごとに同様のレポートを発表していく考えだ。
福田稔:「オー・ゼロ・ユー」は、毎シーズン40型ほどを企画する。一般的なブランドよりも型数が絞られているからこそ、スコア算出のためのデータ入力が可能となっている面はある。これで型数が増えれば、それだけデータ収集・管理は大変になる。「ヒグ・インデックス」の実装を「オー・ゼロ・ユー」だけでなく、アダストリアグループ全体に広めたり、業界内で横展開したりするとなると、データの管理や入力は課題になっていくだろう。
WWD:アダストリアグループの他ブランドにも「ヒグ・インデックス」や、その他の環境負荷低減に向けた取り組みを導入する考えはあるのか。
福田泰:可能性はある。先ほども説明したが、アダストリア本体で循環型ファッションに取り組もうとすると、規模が大きいため横串を通すことが難しい。それでアドアーリンクを立ち上げた。「オー・ゼロ・ユー」が環境負荷低減を目指していく中で、お客さまの共感を得られる取り組みもあれば、労力やコストとお客さまの反応が見合わないものも出てくるだろう。もちろん、お客さまの反応が鈍いからといって「オー・ゼロ・ユー」では改善をやめることはないが、アダストリア全体には好反応が得られた部分を還元していくのがいいだろう。もちろん、「ヒグ・インデックス」導入のためにわれわれの仕組みが使いたいという企業があれば、手法は開示していく。自社がどうするかというより、業界全体としてどう改善していくか、そのために他社とどう協力するかという考え方が今の世の中の主流だ。アドアーリンク、ローランドベルガー、そして参加したい他社とで、コンソーシアムのような形を組んでいくのがいいのではないか。
環境負荷の低減とファッションのワクワクの両立を追求
WWD:商品を企画する上で、デザインと価格のバランスという従来の制約に、サステナビリティという新たな制約が加わった。それはデザインの発想や企画プロセスにどのような変化をもたらしているか。
福田稔:素材の段階で環境負荷のスコアがある程度分かるので、再生素材などの負荷の低い素材からデザインを考えていくことになる。デザイナーにとっては企画をする上で1つ制約が増えることになり、(使いたい素材と環境意識の)バランスを取ることは難しいだろう。何を優先するのかは、生産、MD、デザイナーといった各担当者が日々議論しながら進めている。
福田泰:最終的に判断するのはお客さまだ。お客さまは素材が環境にいいから商品を買うわけではない。ときめきや肌触りのよさで商品を選んだら、結果的に環境によかったという形にしないとだめだ。アドアーリンクは社員数も12人なので、生産、MD、デザイナーらのデスクも隣り合っており、日々コミュニケーションして企画を進めている。(使いたい素材や環境負荷の低さなどの中で)何を優先するかは、意見がぶつかりあっていい。最終的にお客さまにどういう価値を届けたいのかをすり合わせ、そこに向かってブランドをディレクションしていくことが大切だ。ブランドお披露目の展示会では、来場者からプラスとマイナスの両方の反応があった。マイナスは、「真面目すぎる」といった声。柄の提案もなかったし、アダストリアが強みとしている“Play fashion!”の部分、つまりファッションのもたらすワクワク感がやや薄かった。それをどこまで反映させていくかもこれからだ。
WWD:売上高追求による作り過ぎがアパレルの大量廃棄につながってきた。環境負荷低減を目指すブランドとして、売上高はもう評価指標にはならないのか。
福田泰:ブランドは大きくなることで少しずつ世の中に影響を与えていくと信じている。そういう意味で売り上げを作ることは大切だ。「赤字でもいい」というのでは事業として続かず、それこそサステナブルではない。きちんと利益を出していくことが求められている。目標とする利益率などはアダストリア本体のブランドとは異なるが、アダストリア内でもブランドごとに異なっている。ただ、「オー・ゼロ・ユー」はEC専業のため、原価率は50%を超える。特に、例えば、120双糸を使ったブロードシャツは一般的には1万4000〜5000円はするものだ。それをわれわれは8900円(税込)で販売している。
福田稔:「オー・ゼロ・ユー」は全商品が環境負荷の3段階マークで上位3分の1となることを目指している。そんな「オー・ゼロ・ユー」の売り上げが伸びていくのなら、環境負荷の低い服が世の中に広がることになる。負荷の低い服を世の中に広げることを指標にしていきたい。