ファッション

“ファッションは時代を映す鏡” 2021-22年秋冬コレクションから読み解く、少し先の明るい未来

 “ファッションは時代を映す鏡”と表現されますが、パリをはじめとする各都市からオンラインで発表された2021-22年秋冬コレクションではそれを強く実感しました。私自身、パンデミックという初めての経験で抱いた感情や思想を、どう処理すべきか分からない生活が続いていました。モヤモヤを抱えていたのはブランドも同じで、衣服を通して私たちの心の声を代弁してくれたように思います。コレクションを見ていると、「今こんな気分じゃない?私もだよ」とか「今不安だけど、こんな楽しい時間が少し先の未来で待っているからね」と対話しているような感覚になりました。世相の影響を受けるファッションが、どのように現代を映しているのか、今季の象徴的なルックとともに紹介します。

1960年代スタイルが豊作
ミニスカートが意味する新しい時代の幕開け

 今季は60年代をほうふつとさせるスタイルが多く見られました。その代表格であるミニスカートを「シャネル(CHANEL)」「ディオール(DIOR)」「イザベル マラン(ISABEL MARANT)」「バルマン(BALMAIN)」が打ち出しています。ミニスカートは60年代に「マリークヮント(MARY QUANT)」と「クレージュ(COURREGES)」が火付け役となりました。イギリスでは「マリークヮント」がストリートの若い女性たちが履いていた短いスカートに目をつけて提案。その後フランス版「エル(ELLE)」やアメリカ版「セブンティーン(SEVENTEEN)」などの若い読者をターゲットにした小規模な婦人服の製造者たちも、ミニスカートを販売し広めたとされています。パリで「クレージュ」が初めてミニスカートを発表すると、大人の女性を顧客とするオートクチュール界では非難されるも、若年層を対象としたプレタポルテでは受け入れられ、多くのデザイナーが続々と取り入れていきました。当初、世間では脚を露出することは“ミニスカートは女性のエレガントな美しさを損ねるもの”と諭されても、若者がリードする時代に逆らえず、最終的には受け入れられたのです。ミニスカートの流行は服飾史において、従来の女性の服装についての既成概念を打ち破るものであり、上流階級から大衆へ、大人から若者へ、消費者大きくが移行したことを鮮明に示す出来事の一つでした。

 ミニスカートが60年代と現代とで異なるのは、ストリートファッションとしてではなく、性の価値観が大きく変化している側面を表している部分にあると感じます。性に対する女性の考え方もここ数年で変化が見られ、今季はほとんどのブランドがプレスリリースで“フェミニズム”という単語を出していませんでした。現在は、女性は女性であることをより楽しみ、世の中と力を合わせて社会で地位を確立していくという空気感があります。「エルメス」はギリシャ神話に登場する女性だけの騎士アマゾン族になぞらえ、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」ではショー映像のフィナーレにモデルが勝利の女神の彫刻「サモトラケのニケ」を見上げ、「ミュウミュウ(MIU MIU)」はランジェリーとダウンジャケットを着たルックが雪山を勇敢に進んでいく映像で“集合的な力”というメッセージを盛り込みました。新しい時代に向けて、女性が女性であることの意義を説いているように感じました。

構築的なシルエットと直線的な模様の
デジタル映えと快適性

 また今季は構築的なシルエットや、直線的な幾何学模様も多く登場しました。「ニナ リッチ(NINA RICCI)」はシャープなシルエット、「ロエベ(LOEWE)」は丸みのある立体的な袖とギザギザの裾、グラフィックは直線と曲線を合わせて抽象的に表現。「バルマン」はボーダー、「エルメス(HERMES)」「ディオール」「シャネル」も直線的な模様が印象的でした。

 構築的なシルエットと幾何学模様という2つの要素は、デジタルで映えるという特徴があります。二次元のスクリーン上で見た時にアウトラインや柄の線がハッキリとしていた服の方が目立ちやすいためです。これはパンデミックの影響により、多くの人がデジタルの世界に時間を費やしていたことが影響しているのかもしれません。消費者はリアルだけでなくデジタルでの見栄えの良し悪しも重要になり、ECサイトのスクリーン上で映える服といった点を、ブランドはマーケティングの観点から考慮すべきなのでしょう。「ヴァレンティノ(VALENTINO)」と、新ディレクターのデビューショーを披露した「クレージュ」は今季、無地の背景にすることで、服の輪郭と線の柄をしっかりと強調した演出になっていました。

 建築的なシルエットは西洋の服飾史では古くから存在しますが、これもまた「クレージュ」が60年代に新しい解釈で独自性を出しました。造形を優先してウエストを細くしたシルエットに、切替えやパネル、配色などのテクニックで快適性をもたらしたのです。65年に「イヴ サン ローラン(YVES SAINT LAURENT)」が打ち出した“モンドリアン”ルックは、直線と三原色を全面に配置し、芸術品の構図を取り入れながら、建築のようなAラインのシルエットを合わせた、新しい概念を生み出したミニドレスです。そして今季、多くのブランドが取り上げたキーワードは“コンフォート”であり、「クレージュ」のAラインドレスはストレッチジャージー素材が用いられ、「ニナ リッチ」はウエットスーツのようなネオプレン素材を採用するなど、機能的な素材と構築的なシルエットを合わせて、快適性を現代的に表現しています。

70年代の事象から解く
ファッションが示す明るい未来

 他にも「シャネル」が62年に創業したプライベートクラブのカステル(Castel)で撮影を行ったり、「クロエ(CHLOE)」が60年代に創業者のギャビー・アギョン(Gaby Aghion)がコレクション発表時にゲストを招いた老舗ブラッセリーのリップ(Lipp)をロケ地にしたりと、60年代のキーワードを発見しました。ただレトロ回帰やノスタルジーといった過去への感傷的な切望ではありません。ファッションはパンデミックの終息を予期して明るい未来に焦点を合わせ、その参照として、60年代からヒントを得たのでしょう。歴史は繰り返すと言いますが、もし60年代と現在の状況が似ているとしたら、私たちにどんな未来が待っているのでしょうか?

70年代はファッションが一気に多様化した時代です。高田賢三や三宅一生がパリコレに進出して成功を収め、ニューヨークも既製服産業が成長したことでパリに迫る勢いをつけました。イタリアではジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)やジャンニ・ヴェルサーチ(Giovanni Maria Versace)らが名を馳せたことで、ミラノにも世界中から人が集まるようになったのです。70年代の2度のオイルショックの影響で、経済成長率は緩やかに低下しますが、服飾を含む製造業は急速に発展。欧米ではそれ以前から活発であった女性解放運動が最盛期を迎え、離婚法と中絶法の改正、国連が国際女性デーを正式に制定するなど女性の社会的地位向上が進みました。60〜70年代の歴史を振り返って現代と重ねたら、いまは従来の価値観を揺るがす困難な状況ではあるけれど、私たちは確かに前進していると感じます。

 私が暮らすフランスは2020年3月中旬に最初のロックダウンが始まり、規制の緩和と強化を繰り返して現在(21年3月末時点)は3回目のロックダウン下にあります。私は今自分が置かれている状況や時代の輪郭をはっきりと捉えられていませんが、時間の経過によって、少し明瞭になっていくのだと思います。過去は現在に痕跡を残しますが、それは見方によって幾様にも姿を変え、今と未来を切り開くカギになることがあります。今はただ時流に身を委ね、ファッションが示す明るい未来に期待しましょう。今季のコレクションが店頭に並ぶ頃には、今が過去となり、各々の中でこの困難な経験に対する何かしらの答えや新たな側面が見え、私たちは前進しているはずです。

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