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アダストリア木村新社長が語る経営展望 「第2、第3の僕がどんどん出てくるような組織に」

 アダストリアは5月27日付で、木村治副社長が社長に昇格し、福田三千男会長兼社長は会長に専念するという人事を発表した。1953年に紳士服テーラーの福田屋洋服店として創業した同社は、時代に合わせて業容を変え、2000年代以降はショッピングセンター(SC)に出店を重ねて急成長してきた。その間、組織体制も福田屋洋服店、ポイント、アダストリアホールディングス(HD)、アダストリアと何度も変わり、福田会長のオーナーシップのもとで社長交代が何度もあった。福田屋洋服店時代からの生え抜きである木村新社長は、同社を今後どう導くのか。

WWD:社長昇格について、福田会長からはいつ打診があったのか。

木村治アダストリア社長(以下、木村):2020年の年末だ。会長と自宅が近く、普段からよく会長の家に招かれて飲んだり仕事の話をしたりしているが、昨年末に呼ばれた際に「自分は今期(21年2月期)で社長を辞めるから、次はお前がやれ」という感じで言われた。他社との会食の場などでは、会長が「次は木村です」といったことを口にすることはあったが、いつも言っていたので年末も「また会長は酔っ払って言っているな」ぐらいに受け止めていた。そうしたら、今回は本当だった。

WWD:18年から副社長を務めており、われわれを含めて外部は木村さんが後継候補の筆頭だと思っていた。

木村:僕の中では自分が社長候補とは思っていなかった。僕はこれまで会長の隣にずっといる感じだったし、僕以外に取締役は3人いる(金銅雅之氏、北村嘉輝氏、福田泰己氏)ので僕ではないなと。だから準備もしていなかった。ただ、会長が次の世代に経営をバトンタッチしたいと思っているんだろうなということは(取締役メンバーは)皆感じていたと思う。とは言え、今回バトンタッチすると言っても、僕は代表権を持たず、副社長の“副”が取れただけ。代表取締役会長として引き続き福田がおり、金銅、北村も同じタイミングで取締役から常務に昇格する。だから、僕の中では経営体制はあまり変わらないという意識もあるし、取引先や業界にとっても安心感のある人事だと思う。ただ、会長は今年で75歳。今後は少しずつわれわれの世代に、より権限委譲を進めていくのかなと思う。

WWD:福田会長や他の取締役メンバーとの役割分担はどのようになるのか。

木村:コロナ禍でバトンタッチのタイミングがやや遅れた部分はあったと思うが、会長はこの数年間かけて、(社長交代を見据えて)今の取締役体制を作ってきていた。取締役にはそれぞれ得意分野がある。金銅は引き続き財務・人事・デジタルトランスフォーメーション(DX)を担当し、北村は国内外の営業をトップとして指揮していく、福田(泰己)はガバナンス・サステナビリティの部分を担う。僕は(デベロッパーとの)外交など、対外的なことを副社長としてずっとやってきたが、社長として特に国内既存事業をもう一度見ていきながら、全体の経営をしていく。COO(最高執行責任者)という肩書は付いていないが、執行の責任者が僕で、会長はCEO(最高経営責任者)的な役割だ。

WWD:国内既存事業をもう一度見るということだが、具体的にどうしていくのか。

木村:アダストリアはSCに出店して大きくなってきた過去がある。現在はその次の段階として、ECの存在感が市場で増す中で自社ECモールの「ドットエスティ(.ST)」に戦略的に取り組み、成長させている。実店舗だけのビジネスモデルからは徐々に変わりつつある最中だ。こうした変化を鑑み、マーケット全体が拡大する時代から縮小する時代へと移り変わる中での経営や、実店舗前提のビジネスから実店舗+ECへと移り変わる中での経営が何かを考えないといけない。今後はアパレル以外にも領域を広げていくしかない。僕自身、過去にトリニティアーツの社長として、「ニコアンド(NIKO AND…)」「ベイフロー(BAYFLOW)」などのライフスタイル業態を成長させてきた経験がある。アダストリアとしても(ライフスタイルなど)次の領域が必要になる。

WWD:木村さんはトリニティアーツでライフスタイル市場を開拓した立役者、というイメージが強い。

木村:トリニティアーツは、「ローリーズファーム(LOWRYS FARM)」などを手掛けていたアパレル主体のポイントと同じことはやるなと(福田会長に)言われて立ち上げたようなものだ。今はライフスタイルと一口に言っても、食、ウエルネス、スポーツなどを含めてかつてよりも領域が広がっているし、小売り以外の可能性も大きい。会長も、「アダストリアは昔はアパレルの会社だったと言われたい」とずっと言っている。そういうふうに会社を“チェンジ”していかないといけない。アダストリアは福田屋洋服店時代から含めると、4回の(業容変換などの)”チェンジ“があった。僕らも新しい世代として会社を“チェンジ”していく。具体的にどのタイミングで何をどう“チェンジ”するかについては、今経営陣で成長戦略を練っているところだ。

※1953年に紳士服テーラーとして創業した後、73年にメンズカジュアルショップに業態転換(1回目のチェンジ)。84年にジーンズカジュアルショップとしてチェーン展開を開始(2回目のチェンジ)。96年に「ローリーズファーム」を品ぞろえ専門店からストアブランド化し、レディスカジュアルに進出(3回目のチェンジ)。13年にトリニティアーツ、生産機能のナチュラルナインと経営統合し、SPA化を推進。それに先立って10年には、社内外に向けて、企画・生産・販売の垂直統合を進める「チェンジ宣言」を発表していた(4回目のチェンジ)

WWD:新社長として現状の課題と感じている点は何か。

木村:アダストリアはコロナ禍においてもある程度成長できている。去年も新ブランドを5つほどスタートし、過去数年で立ち上げた子会社のBUZZWIT、エレメントルールなども少しずつ成長してきた。こんな時代でも新しいことは他社に比べてできているが、課題はグローバル化だ。北村(取締役)が中国に赴任し、上海の「ニコアンド」2店など中国事業を率いているが、かつては中国本土の全店を一旦閉め、撤退した過去がある。今後は、中国でもファッション領域を飛び出した事業を行うかもしれない。東南アジア開拓に向けた準備室もようやく立ち上げた。このようにいろんな取り組みを進める中で、海外の人材も含めてこの間さまざまな人が当社に集まってきている点にも手応えを感じている。アパレル領域の人材はもちろん、IT関連人材なども増えてきた。

福田会長に教えられた「経営者は夢を語れ」

WWD:木村さんのように、福田屋洋服店時代を知るメンバーは他にも社内にいるのか。

木村:経営陣にはもういないので、会長が昔話をして分かるのは僕しかいない。僕が入社したのは、まだ福田屋洋服店が全10店ほどカジュアルチェーンだったころ。当時は会長の先代(福田哲三氏)が指揮していて、入社の際の面接官は当時常務を務めていた現会長だった。高崎(群馬)、長野などさまざまな店舗に販売員や店長として勤めたが、ジーパンの裾上げをする際に裁ちばさみをよく落とし、刃こぼれして本部に送ると、哲三さんから「またお前か!」と電話で何度も怒られたのを覚えている。

WWD:それから30年以上が経ち、アダストリアは東証一部上場の大企業になった。振り返ってみて、ターニングポイントのようなものはあるか。

木村:自分の中では、11年からトリニティアーツの社長をやらせてもらえた経験が大きい。当時はまだ40代。社長として、「売上高500億円企業を目指す」「業界の中で(一定以上の)ポジションを取りにいく」と打ち出した。トリニティアーツは上場企業としての縛りがなく、ポイントとはオフィスも別で、すごく自由にやらせてもらえた。その経験がその後に生きている。当時は毎週、会長に経営報告をし、売上高500億円と掲げた以上はどうやってそれを達成するのか、しっかり教え込まれた。「このままだと、お前たちは会社を潰すぞ」ともよく言われた。通常、出店を重ねれば売り上げは伸びるが、資金繰りは苦しくなる。その点ではポイントの力が絶大だった。ポイントの仕組みを使えたことで、あのときトリニティアーツは一気に成長できた。

WWD:そのように自由にやっていたが、13年にはアダストリアHDがトリニティアーツをグループ化した。

木村:正直、あの時は少しモチベーションが下がった(笑)。同時に、自分が次はどういうポジションでいなければならないのかについて、悩んだ時期でもある。一番辛かったのはアダストリアHD時代の15年。遠藤洋一社長(当時)と宮本英範取締役(同)が同時に辞め、すごく悩んだ。4人体制だった取締役が会長と僕の2人だけになってしまい、僕自身も辛かったし、会長も精神的にかなりきつかったと思う。結果的には、会長と共に次への道筋や会社のベースの部分を作ることができた。今となっては、あの時会長と一緒にやれてよかったと思う。

WWD:福田会長からは何を学んできたか。

木村:会長からずっと言われてきたのは、経営者として目線をどんどん変えていけということ。取締役、副社長と立場が変わっていく中で、どんどん目線を変えろと。「夢を語れ」ということも言われ続けてきた。「(財務などの面は他の得意なメンバーに任せているのだから)お前は会社としての夢を語れ」「大きな志を持て」と。そういうスタイルを叩き込まれた。実際に夢は語ってきたし、今も語っているつもりだ。僕は権限移譲型のリーダーで、(財務、営業、IT分野などそれぞれを)やれる人、得意な人がどんどん表に出てやっていけばいいと思っている。じゃあ僕は何をするのかというと、これまで子会社をいくつか立ち上げてきたが、アダストリアの社風について(子会社社員に)話しつつ、「また違う会社をここから作って行こう、大きくしていこう」というように夢を語っている。

WWD:アダストリアの社風とは。

木村:トリニティアーツの社長に就いたとき、一番最初に会長に言われたのが「社風を作れ」だった。社風とかノリというものは、実は作るのがとても難しい。お祭りっぽくてイベント好きというのがトリニティアーツの社風だったと思うし、結果的にそれはポイントの社風とは異なるものだった。働くことが楽しくなければ社員は皆辞めてしまう。現場を盛り上げてモチベーションを上げること、楽しませることを当時も今も意識していて、それがトリニティアーツの社風につながった。社風や場の雰囲気を作れない人には社長職は難しいと思う。例えば、会長は朝礼の際にすごく派手なスカジャンを着てきたりする。そうすることで社員を和ませることを心得ている。そういう雰囲気作りの大切さは、僕もトリニティアーツ時代から強く感じていた。反対意見も含め、社員誰もが意見を言いやすい雰囲気を作れる社長になりたい。

上場企業の枠にはまらない組織に

WWD:自由にやっていたトリニティアーツ時代から、アダストリアという大企業に移り変わっていく中では、自身もとまどう部分があったのでは。

木村:トリニティアーツがアダストリアHDにグループ化されてからは、コンプライアンスなどの面もより気をつけなければならなくなった。上場企業としての枠や制限のようなものが無意識ながらできてしまって、このままではマズいと強く感じた。それで意識したのが、枠にはまらないようにすること。小さなことだが、会社が統合したことでトリニティアーツ時代のようにショートパンツをはいての出社がしづらくなってもはき続けたのはその一例。ファッションの会社なんだから、それでいいじゃないかと伝えたかった。今では夏場にはみんなショートパンツをはいて出社するようになっている。服装だけでなく、モノの考え方についても同様だ。「別にそれでいいじゃないか」「何でダメなの?」ということはあえて口にするようにしてきた。それが、統合してからの新しい社風作りだったんだと思う。そういう流れから「新しいブランドをどんどんやろう」というアダストリアの社風ができてきたし、「失敗してもいい」という雰囲気にもつながっている。僕自身もいろいろ失敗してきている。


WWD:木村さん自身がそうだったように、新しいブランドや事業を立ち上げて、仕事を任せる中で新しいリーダーも育ってくる。

木村:今は社員からどんどんアイデアが上がってくるようになっていて、成功するかどうかに関わらず、まずやってみようというムードが社内にある。企業はどうしても徐々に頭が固くなるものだが、ファッションの会社としてはどんどん新しいことをやらなきゃいけない。上場企業ではそれがなかなか難しいと思うが、それができるのがオーナー企業であるアダストリアの強み。オーナー企業だからジャッジが早い。僕もやりたいことにいろいろと挑戦させてもらってきた。第2、第3の僕みたいな人が出てきて、次々と新しいことに挑戦していってほしい。

WWD:改めて、新社長としての抱負を。

木村:5年後、10年後を見据えて、今後の経営体制を作っていくのが僕の仕事。生産本部を作る、他社と協業する、雑貨に注力する、といったように、会長が過去数年間に進めてきたことは、その時々には批判もあったが、振り返ってみると全て正しかったと思う。あれがあったから、アダストリアはコロナの中でも銀行から借り入れをせず、実績を残すことができた。次は、僕や取締役、執行役員でものごとを決めて進められる体制にしていかなければならない。オーナーである会長に判断をあおいでしまうというのは、一種の大企業病だ。会長に頼らずとも次のあり方を決めていけるような、リーダーシップを執れる人間を何人育てることができるか。子会社の経営を担わせてみたり、中国や東南アジアなどの海外事業の指揮を任せたりする中で、アパレル以外の領域も含めて多角的に次の世代の経営人材を育てていきたい。そうすれば、アダストリアにとって大きな強みになる。集まってきているさまざまな人材をどうリーダーに育てあげるかが、僕の仕事だ。

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