阪急阪神百貨店を中核にするエイチ・ツー・オー リテイリング(H2O)が中国1号店「寧波阪急」を4月8日にオープンした。沿岸部の港湾都市である寧波市(人口850万人)に開業した同店は、大阪の阪急本店(阪急うめだ本店、阪急メンズ大阪)を上回る売り場面積11万7000平方メートルの巨大店舗だ。生き馬の目を抜く中国市場で成功できるのか。上海在住のVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)コンサルタントの内田文雄氏が報告する。
寧波阪急は寧波市の中心部から車で約20分程度の東部に位置します。周りは開発地域で、多くの銀行などが集まる金融街、大きな会議や展示会が開催されるコンベンションセンター、富裕層が居住する高層マンションに囲まれています。
現地を訪れて、まず驚いたのが低層で横に長い建物です。百貨店というと縦に長いという固定概念があるけれど、ここはまるでモールのような印象を受けました。日本の旗艦店である阪急うめだ本店が15フロア(地上13階・地下2階)なのに対して、売り場面積で上回る寧波阪急は7フロア(地上6階・地下1階)。1フロアの広さが分かるでしょう。コンセプトの「百貨店とSC(ショッピングセンター)を融合させた”体験型デパートメンモール”」を体現しています。
1階は全てラグジュアリーブランドが並び、それぞれが華やかさを演出しています。消費者視点で見ると高級感が溢れ過ぎていて、入店を躊躇する感覚もある。でも寧波にはほぼなかったラグジュアリーブランドを集積させた商業施設を見てみたいという期待感をあおる仕掛けになっています。
百貨店の定石を破るフロア構成
7フロアの売り場は日本や中国の百貨店のフロア構成とかなり違っています。”体験型デパートメントモール”を具現化させるには、他競合とは完全に差別化させる必要があったからでしょう。私は過去30年間にわたって上海やその他地域に出店して成功、失敗した国内外の百貨店、SC、スーパーマーケットを見てきました。今回はお世辞ではなく「さすが阪急さん、素晴らしい」と感心しました。
全館では380店舗の吟味されたさまざまなテナントが入っています。日系の食やファッションの品ぞろえは全体の2割の70店舗ほど。それ以外は欧米のラグジュアリーブランドをはじめ、中国のテナントで構成されています。是が非でも日本のブランドを集めたいという、これまで中国に進出してきた日系百貨店が陥る「あるべき姿」とは一線を画した姿が新鮮に映りました。
ターゲットのミレニアル世代やその下のZ世代の嗜好や購買力を鑑みた場合、どのようなブランドで構成するべきかが、今回のテナント構成につながっています。例えば中国市場で人気の大手アパレル、PEACE BIRD(本社寧波市)の全4ブランドも入っています。中国ローカルブランドだからどうのではなく、ファッションに関心が高い顧客に向けて躊躇なく品ぞろえしている。商品戦略が明確なのです。
上海でも勝負できるリーシングと品ぞろえ
私が訪れた4月10日は、残念ながら1階(ラグジュアリーブランド)、2階(化粧品、靴、バッグ、グローバルファッション)はまだ施工中で、完全な状態を見ることができませんでしたが、関係者にお願いして売り場を少しだけ見せてもらえました。
1階のラグジュアリーブランド集積は圧巻の一言です。男館、女館で分けられたゾーイング、広い通路で動線や回遊性もよく考えられています。よくぞここまでの名だたるブランドの寧波初ローンチを実現させたものです。「ヨウジヤマモト(YOHJI YAMAMOTO)」のショップもあります。3カ月ごとにコンセプトが切り替わる「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」の常設店も話題になりそうです。1階、2階がオープンした16日のSNSを見ていると、前夜に催されたVIP向けのレセプションパーティで、KOL(キーオピニオンリーダー、中国のインフルエンサー)や招待客たちがラグジュアリーブランドで買い物をする様子を投稿していました。
2階は化粧品、靴、グローバルファッションなどです。化粧品売り場はあえて通路幅を若干狭めに設定し、にぎわい感を演出している様に見えました。女性にとっては1階のラグジュアリーブランドとこの化粧品と靴売り場は圧倒的に魅力的な品ぞろえで話題になると思います。
3階は婦人服、ランジェリー、宝飾雑貨などが並びます。ここの特徴は広い通路幅でゆったりと買い回りができ、十分な休憩空間もあります。
4階はインドアライフスタイル(携帯電話、雑貨系)、アウトドア(スポーツブランド、スケートボードリンク)など、Z世代にフォーカスしたテナントが目立ちます。また阪急うめだ本店の「祝祭広場」の中国版である巨大な吹き抜け空間「慶典広場」もあります。こけら落としとして中国でも人気の日本の漫画「ONE PIECE」のイベントが開催されていました。今後もさまざまなイベントが行われ、集客装置として機能することになるでしょう。
5階は約40店もの人気のレストランが並びます。ミシュラン認定店も2店舗。日本食フードコートも人気を博しそうです。
6階はエンターテインメント、つまり非物販フロア。シネコンやペット用品、ドッグラン、ゴルフ打ちっぱなしなど、下のフロアとは全く違う雰囲気です。買い物に疲れたお客さんが休憩したり、リフレッシュしたりする空間になっています。
地下1階はH2O傘下のスーパーであるイズミヤ、軽食中心のフードホール、フードエクスプレス、子供服、デイリー雑貨です。寧波初の人気の「ピーツコーヒー(PEET’S COFFEE、2階にもあり)も出店。中国では一般的に子供服や子供関連は上層階が一般的なのですが、ここではあえて飲食フロアに子供関連をリーシングしていて、食+子供関連の買い回りという組合せをアピールしているのだと思います。この珍しい試みは要チェックです。
以上、各フロアーのポイントを書き出しましたが、文字だけでは伝わりづらいですよね。まとめると寧波エリアで競合する商業施設とは明らかな差別化ができているのは言うまでもなく、上海で繁盛してもおかしくないレベルの品ぞろえ、フロアー構成です。
私見ですが、寧波だからこのような品ぞろえ、リーシングにしたのではなく、阪急阪神百貨店として中国に出店するからには「こういうモデルであるべき」というフィロソフィーを具現化したのではないかと感じました。
中国のハイスペック人材を招へい
日本でも中国でもラグジュアリーブランドを集積させることは簡単ではありません。寧波阪急は1階に圧倒的な数のラグジュアリーブランドを集めています。阪急阪神百貨店のネットワークと交渉力が結実したといえるでしょう。
しかし商業施設として成功するにはラグジュアリーブランドを誘致して終わりではありません。開業後にいかに運営維持させていくか。そのためには中国の高級商業施設で運営実績を持ち、有力ブランドとの強いパイプを築いたハイスペック人材が誘致を手助けし、運営していくことが不可欠になります。固有名詞は伏せますが、中国で相当な実績を持った人材をヘッドハンティングしたようです。
この取り組み一つとっても、過去に中国に進出した日系百貨店とは明らかに組み立て方が違います。ラグジュアリーブランドを中核にすると決めたからには、まずは人材ありき。非常に戦略的だと思いました。
寧波初登場のラグジュアリーブランドを多く擁するため、おのずと攻めの商売が必要となってきます。日本の百貨店には外商という機能があります。富裕層や法人を対象に手厚いサービスを施す外商は、中国では存在しない概念です。しかし寧波阪急では、ターゲットの若い富裕層や企業に対して、積極的に外商を仕掛けていくようです。
また会員対策として阪急会員制倶楽部があります。5つのランク(ダイアモンド、プラチナ、ゴールド、貴賓、準会員)に分け、年間お買い上げ累計額でさまざまなサービスを受けることができます。ちなみに最上級のダイアモンド会員は、年間累計お買い上げ額30万元(500万円弱)が条件。館内専用ラウンジの利用、一般商品の12%割引、通常ポイント2・5倍、誕生日月のポイント5倍、専用駐車場利用などの特典がつきます。
2つのVIPラウンジ(ダイアモンド、プラチナ)に入ったところ、まるで空港にあるマイレージラウンジ以上の豪華さでした。こんなVIPラウンジを擁している百貨店は日本でも見たことがない。おそらく中国でも初ではないでしょうか。中国人の「メンツを重んじる」気質をうまく活用したこの豪華なVIPラウンジは富裕層の心をくすぐることは間違いありません。過去の日系百貨店の進出でよく見られた「日本式サービスを取り入れました!」というステレオタイプのやり方はもう通用しない。日本以上の特別なおもてなしが必要なのです。
寧波阪急は当初計画から2年半ほど開業時期が延びました。その間、阪急阪神百貨店の担当者の方々は日本や中国の各都市、その他海外の百貨店、SCなどの商業施設の品ぞろえ、フロアー構成、客動線、顧客サービス、エンターテインメント手法などを念入りに研究しました。開業延期が結果として館の完成度を高める時間になったようです。
百貨店が中国でいかに勝つのか――このシナリオを磨きに磨き上げたのが寧波阪急なのだと思います。これまでの日系百貨店、SCとは全く違う。大いに期待したいですね。
内田文雄(うちだ・ふみお):福岡県福岡市生まれ。ワールドで22年間のVMD経験、1993年に上海交通大学留学、上海駐在を経て、その後はアジア事業で海外を飛び回る。2005年ユニクロへ転じ、海外の大型店などのVMDを手がける。2011年、独立して上海に拠点を移す。中国のアパレル、小売企業に対しての実務指導、セミナー講演を行う