ローンチメトリックス(LAUNCHMETRICS)という企業をご存知だろうか。パリやミラノで開催されるファッションショーの関係者、バイヤーやジャーナリスト、アタッシュ・ド・プレスであれば、同名のアプリがショー会場の入場受付で使用されており、馴染み深いアプリだ。だが、ローンチメトリックスは単なるファッションショーの受け付けアプリではない。AI(人工知能)やビッグデータを駆使して、ファッションとビューティの「ブランド」そのものの価値の数値化を目指し、猛烈なスピードで突き進む稀有な“ファッションテック”企業なのだ。
同社を率いるマイケル・ジェイス(Micheal Jais)CEOは、パリ政治学院で経済学と金融の修士号を取得後、フランスの大手家電企業トムソン・マルチメディア(現テクニカラー)やアクセンチュアのマネジメント職を経て、2016年に同社のCEOに就任した金融と経営、そしてデジタルの歴戦のプロフェッショナルだ。ファッションとビューティの世界を金融とデータで塗り替えようとするジェイスCEOに聞いた。
WWDJAPAN(以下、WWD):ローンチメトリックスとはどのような企業なのか。
マイケル・ジェイス=ローンチメトリックスCEO(以下、ジェイス):当社が掲げる機能の一つは、ファッションショーを筆頭にしたブランドのPRやプロモーションに関して、ROI(Return On Investment=投資効果)を数値化することだ。ブランド側に対しては、「ブランドパフォーマンスを測るワンストップのプラットフォームだ」と説明している。直接的なユーザーの多くは現在、ブランドのアタッシュ・ド・プレスで、ブランド側に提供しているわれわれのサービスは多岐にわたっているが、ファッションショーの際の入退場管理や、メディアへのサンプル服の貸出管理などのクラウド型のオンラインプラットフォームとして使用している。最も重要な機能の一つが、ファッションショーや新商品の発表などの大きなイベントなどで発生するメディア効果の計測だ。これを我々は「メディア・インパクト・バリュー(Media Impact Value、以下MIV)」と定義している。「MIV」にはさまざまな使い方があるが、その一つが、インフルエンサーがもたらす効果の数値化だ。ブランド側にとって、どのセレブがどれだけの効果を上げたのか、を数値として提供している。
WWD:ローンチメトリックスのユーザーは?
ジェイス:ユーザーはファッションとビューティの有力な1200ブランドだ。わかりやすく言えば、ラグジュアリーブランドだと約半分が使用しており、ファッションだと上位1000ブランドのうち、約3割がユーザーになっている。
WWD:「MIV」についてもっと詳しく。
ジェイス:世界30カ国の56〜57万超のメディアの掲載情報をローンチメトリックス独自の機械学習アルゴリズム/AI(人工知能)を使って収集・分析している。この中には4万7000のオンラインメディアやブログ、1600のプリントメディア、さらには50万のSNSアカウントが含まれている。AIを使うのは、1枚の写真の中でもどのアイテムがどのように見られ、拡散しているのかなどを分析しており、単に1枚の写真のインプレッションだけを計測しているわけではなく、かなり細かい部分まで分析できるようになっている。
ジェイス:「MIV」に関しては常時、世界の有力な2500ブランドの動向をモニタリングしている。他にも当社のユーザーのサンプル貸出数、コロナ禍以降はファッションショーのライブストリーミングの視聴者数や再生回数等のデータも含めた“ブランドパフォーマンススコア”の計測にも力を入れている。
WWD:コロナ禍の影響は?
ジェイス:ファッション産業にとっては、とても大きい。本来起こるべき変化のスピードが5倍速で進んだような形だ。ファッションショーの多くはデジタル化され、計測効果などがより目に見えるような形になった。当社のようなデジタル化を推進してきた立場の企業がやるべきことは、こうした知見を積極的に提供することだと感じている。数多くの国際的な展示会やファッションショーのスポンサーになったり、プラットフォームを提供している。
WWD:ローンチメトリックスが目指すゴールは?
ジェイス:最終的なゴールは、ブランドそのものが金融資産としての価値を得るようになることだ。われわれの研究チームは、金融機関とも連携し、実際にMIVと株価とどう連動しているかなども研究している。実際に大きなブランドのM&Aなどでは、会計上のいわゆる資産と同様にブランドの価値、これは管理会計では“のれん“と表現されているが、買収金額の算定にかなり重視されている。われわれはこの“のれん”を科学的に算出し、管理会計の項目に「ブランド資産」を加えたいとすら思っている。実際にファッションとビューティ企業にとって、“ブランド”とは最も重要な資産だ。われわれの試算によると、企業がブランドイメージを高めるために投じている費用は年間で2500億ドル(約26兆5000億円)に達する。
ジェイス:MIVなどの項目は他業界から見ると非常にユニークかもしれないが、ラグジュアリーブランドのトップは日々、ブランドの価値が上がったのか下がったのか、ということに頭を悩ませている。だが、これは不動産資産や金融資産と異なり、デザイナーの変更で上下もするし、SNS上の評判で左右もされる。ずっとホットであり続けるにはどうすればいいのか、どういった戦略が正解なのかを模索しているのだ。ローンチメトリックスは彼ら/彼女らに、そのために必要な情報やツールを提供することを最終目的にしている。
WWD:日本ブランドと市場をどう見る?
ジェイス:日本のエージェントは広告会社の双葉通信社が行っており、順調にユーザーを獲得できていると思う。市場の変化自体は緩やかではあるが、それはブランド側が慎重にデジタル化の波を見極めているからだ。クリエイティブで国際的に人気の高いブランドも多く、今後も力を入れていく。