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ESG投資の第一人者はファッション業界をどう見てる?可能性と課題を深掘り

 最近ニュースでよく耳にするビジネス用語の一つに“ESG投資“がある。ESG はEnvironment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)の頭文字を組み合わせた言葉で、今や経営や企業のあり方を語る際に欠かせないキーワードだ。そこでESG投資の第一人者にその成り立ちの背景や盛り上がる理由、ファッションやビューティのビジネスとの関連について話を聞いた。耳痛い言葉も多いが、同時に企業の成長を促すためのヒントがあふれている。

WWDJAPAN(以下、WWD):ESG投資の観点からファッションやビューティ業界はどう見えていますか。

吉高まり三菱UFJリサーチ&コンサルティング経営企画部副部長プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト(以下、吉高):そもそも日本全体の意識が欧米と比べて遅れています。グローバル市場を相手に上場している企業は感度が高いけれど、それ以外は感度が低いのが現状です。ファッションやビューティはサプライチェーンが複雑であることも一因だと思います。

WWD:感度が“低い”とは、ESG投資ランキングにランクインしない、といった意味でしょうか。

吉高:それもありますが、私自身が様々な業界の経営者と話す中での印象もあります。国内市場だけを見ている企業はESG投資への感度が低い。3年前にロンドンでESG関連のサミットに参加した時もLVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON)やポロ ラルフローレン(POLO RALPH LAUREN)、H&Mヘネス・アンド・マウリッツ(H&M HENNES & MAURITZ)など欧米のグローバル企業は熱心でした。「ナイキ(NIKE)」は過去に不買運動を経験していますよね。そういった“アタック”を受けることも意識が高くなるきっかけになります。日本企業でグローバルな不買運動を経験している企業はあまりないのでは?

WWD:外圧は企業を動かしますね。では、ESG投資が進んでいる業界とその背景を教えてください

吉高:最も進んでいるのは、製薬業界といわれます。これは、業界自体が社会的価値と直結するためです。そして開発に多くの資金調達が必要であるため、金融機関へのアプローチが突出しています。

各業界にESG投資家から評価されるリーダー企業が必ずいます。日立、ソニー、オムロン、コニカミノルタなどの電機・電子メーカーやトヨタ、日本電産など将来を見据えて動くグローバル企業です。小売りでは丸井グループが2016年から「共創サステナビリティ経営」を実践しており、ESGを重視しています。イオン、セブン&アイ・ホールディングス、花王など消費者に近い企業も熱心です。オーナー企業では、投資家とよく対話をしている経営者は感度が高く、早くから対応している傾向にあります。

WWD:ESG投資観点から見てファッション、ビューティ分野の注目の企業を教えてください。

吉高:日本企業では資生堂、花王、ファーストリテイリング、良品計画。これらの企業は早くから対応し始めています。グローバル企業であるため、欧州の投資家からのプレッシャーもあります。社内体制を整えるには時間がかかりますので、経営トップのコミットメントがいりますよね。

WWD:なぜ欧米は日本よりも先行したのでしょうか。

吉高:実はESGはそれほど古い言葉ではありません。2006年に国連が「国連責任投資原則」を提唱しました。これは、個人の資金を預かり運用する年金や生命保険などの長期的視点にたった機関投資家は投資の決定をする際“ESG(Environment環境、Social社会、Governanceガバナンス)”の課題を反映させるべき、とした国際ガイドラインです。何百兆円、何十兆円と扱ってる投資家が、今まで企業の価値を、短期の業績や収益などの財務情報だけで評価してきたものを、それ以外の情報でも評価しましょうというガイドラインです。

その考え方は、急に始まったわけではありません。元々、欧米では1920年代からキリスト教的背景から社会的責任投資が始まりました。キリスト教関連の世界の財団、大学、教会の運用資金は莫大です。彼らがその資産を運用する際、聖書の教義(たばこ、アルコール、ギャンブルなど中毒性のあるものを禁止など)に反しないように投資をする考え方です。

WWD:目からウロコです。日本は高度経済成長下での公害問題から環境へ意識を始めたと思います。

吉高:はい。世界でも1960年代に公害問題発生(E)、人権運動(S)の勢いから、株主が企業に対して行動するようになりました。例えば、海洋で座礁した石油タンカーを所有している企業や、ベトナム戦争において莫大な破壊力をもつ爆弾の製造に関与した企業に対して対応を求める株主提案などが行われたのです。このようなことを起こす企業に投資をしないというネガティブスクリー二ングが始まりました。そこから、粉飾決算で倒産に追い込まれたエンロン事件などを経て、90年代にはEとSに加え、ガバナンス(G)の観点を踏まえた、CSR経営管理の評価へと進んだわけです。そして、金融機関は2008年のリーマンショックを経験し、短期的な業績の良しあしだけではなく、長期的視点で持続可能な成長をする企業などに投融資をする方向へシフトし始めました。

そこで、企業はESG情報を開示し、企業価値の向上に向けて企業と投資家がコミュニケーションを強化するようになったのです。

しかし、日本にはこれらの歴史がありません。なぜなら、日本は銀行との関係が強く、株式も関係の強い企業が互いに持ち合い、市場に情報を公開して評価されることがなかった。だから、当たり前のことをあえて言わず、また、“良いことはひけらかさず美しく”となり、“良いことで儲けている”ことを開示する文化がありません。

WWD:むしろそちらの方が美徳として評価される傾向にあります。

吉高:はい。でも、「このままでは世界市場から評価されない」と、言い始めたのが安倍政権です。2014年に安倍元首相が経済財政諮問会議で、機関投資家によるESG投資の積極化に言及しました。ここが日本のESG投資の始まりです。日本の経済政策として、日本には1900兆円の家計金融資産があると言われていますが、それを企業の株投資に回すなど貯蓄から投資へという政策や、日本企業の価値を向上させESG投資を呼び込もうという政策などが打ち出されたのです。

日本の国民年金や厚生年金を預かっている年金積立金管理運用独立行政法人は170兆円を運用していますが、2015年国連の責任投資原則に署名しました。“世界のクジラ”と呼ばれるこの資金の動きは、世界最大で市場に大きな影響を与えます。ここがESG投資をすることになったので、一気に日本で動きだしたのです。

WWD:改めて今なぜESG投資が注目されているのか。

吉高:今回のコロナパンデミックでは、多くの企業が短期的業績の見通しが立たず財務情報を出せませんでした。長期視点の機関投資家は、それ以外の情報、つまりESG情報で評価することになり、十分な情報を開示している企業に資金が流れました。このような企業が、長期的に成長していくと評価されたのです。投資家や金融機関も、ESG投資は、企業の将来の経済成長につながると考え始めたのです。

新型コロナだけではありません。気候変動やブラックライブズマター 。昔に比べて、様々なリスクが増え、不確実性が高まりました。そのような世の中で、長期にわたって、強靭に対応できる企業であるかを評価する投資家に対し、企業は、オープンで透明性のある情報開示をすることが求められます。日本企業の課題は、この情報のトレーサビリティの視点が欠けている点です。

WWD:ESG投資に関して日本はどこに力点をおいたらよいと思いますか?

吉高:米国の投資家は、ESG投資は新たな成長市場を作るツールと考えています。例えば、再生可能エネルギー ソリューションのテスラや植物肉のビヨンドミートなどのフードテック企業に投資が集まります。また、欧州地域では、これまで大きな自然災害がなかったので、甚大化した自然災害が起こることに対して、危機を感じるようになりました。これは、聖書にあるノアの箱舟を連想するからなのかもしれません。日本のように自然災害と共存してきた国とは違う感覚があると思います。

今、アパレル業界に対する投資家の目線は厳しくなっています。それは、自然資源の使い捨てのビジネスモデルだからです。なぜなら、欧州の投資家は、サーキュラーエコノミーに関心が高いからです。一方で、ESG投資は、これまで定量的に測れない企業価値を評価しようとすることでもあります。ESG投資家の視点から、ファッションやコスメの存在意義を、ESG投資と関連させてストーリーを考える必要があると思います。そして、大事なのは、それをきちんと発信すること。ファッションやビューティの価値を、経済市場の中でしっかり認識させることが必要です。たとえば、資生堂は、社会価値に関する指標として、人々への支援を通じてビューティーイノベーションの実現を目指す「エンパワービューティー」の領域を中心としたESGに関する社内外の複数の指標を採用しています。これらの指標は役員の報酬のインセンティブと連動もしているんですよ。

WWD:ファッション、ビューティに近いところで参考になる動きは?

吉高:ポリエステルのリサイクル素材で有名な日本環境設計は、良品計画などの大手上場企業と多く組んで、ESG投資家向けのストーリーを提供していますよね。また、人工タンパク質素材のスパイバーというベンチャー企業は、上場企業であるゴールドウィンと組んで新たな素材をつくりだしています。ファッションではありませんが、美容、健康という点では、オーガニックスーパーのビオセボンは伸びていますね。 これは、新型コロナで価値観が大きく変わってきたことがあります。みな、生活の質について考え直し始めた。SDGsは、今や小中学校の義務教育に入っています。消費者のマインドも変わってきているからです。また、代官山のアロハテーブルをはじめ多数の店舗を運営する外食業のゼットンはサプライチェーンを含めてサステナビリティを実現しようとしています。これは、消費者や、資材を提供してくれるビジネスパートナーと共に企業価値を上げようとしています。このように、既存のビジネスモデルにこだわらず、新たな価値を生み出そうとする企業に、投資家が関心を持つのではないでしょうか。

WWD:上場していない中小企業がESGをどうとらえたらよいでしょうか。

吉高 ゼットンの例を挙げましたが、ESG投資家は1社だけを見ているわけではなくサプライチェーン、バリューチェーン全体を見ています。例えば自動車会社は大変多くの中小企業から部品を調達します。私は、最近、その部品を扱っている会社に呼ばれ、ESGの動向を話すことが増えました。これは投資家が、部品調達の契約についてもサステナビリティであるか、上場企業に情報開示することを求め始めているからです。

環境だけではありません。例えば先日とある非上場の中規模企業が米国企業と契約しようとしたとき、「あなたの会社はこれまで、女性や障害のある方が経営する企業と契約をしたことがあるか」と問われました。慌てて女性が経営していて自分が欲しい製品をつくっている国内の会社を探したけれど見つからない。

サステナビリティのエコシステムはすぐには作れません。だから、日ごろからジェンダーイクオリティーやサステナビリティを考え、ネットワークを持たなければ。それをコストではなく、企業の成長力を向上するための将来への投資として見るのがESG投資ですし、そして、サステナビリティ経営です。

1社の動きだけでは変われないのは化学も自動車も鉄鋼も同じです。大手でさえも1社では無理。花王とライオンが同業他社なのに組んで、プラスチック包装のリサイクルに取り組むのも1社ではやり切れないからなんですね。

未上場であっても、国内だけでビジネスをしていても、上場企業と何らかの商売をするなら、またはしたいと思うなら、今後は日本でもその点が問われていきます。日本の上場企業3000社、グローバル企業と一切関わらないなら別ですがそれはないでしょう。

また、さっきも申し上げたように、Z世代はSDGsネイティブです。彼らが多数を占めてくれば、選ばれる産業、企業にはなりえないのかもしれません。

WWD:どこから取り組んだらよいでしょうか。

吉高:まずは、サステナビリティについて知って、社内や社外の人と話してみてください。仲間づくりをしてみてください。今のビジネスが、本当にこのまま続くのかを考え、商品のサステナビリティのストーリーを作ってみてください。

そして、具体的に考えるとしたら、気候変動問題からでしょう。気候変動が進み、自然界のバランスがかわり、いま使っている資源が十分にとれなくなってきています。ESG投資家は、今、必ず気候変動を問います。あらゆる産業界がこの問題に取り組んでいます。たとえば、自社の製品のCO2排出量を把握しなければ、近い将来上場している百貨店では販売できなくなるかもしれません。多くの製品は、エネルギーを使いますから、カーボンフットプリントというものでCO2排出量が計算できます。女性のジャケットは、18キログラムの CO2を生産から廃棄までに排出するといいます。認証制度もあります。そのような計測を始めると、エネルギー効率、資源効率などの無駄が見えてきます。水の取り扱いもポイントです。徐々にデータを集めるだけでも、重要な1歩です。もうひとつはジェンダーですね。海外の投資家からは、日本企業の弱点の一つとして、ガバナンス体制にダイバーシティが進んでいないことを挙げます。ファッション業界の女性の経営者はどのくらいいますか?

WWD:数えるほどしかいません。

吉高:それはマズイですね。いらっしゃるイメージでした。業界ごとに、成長性の重要な項目というものがあります。その業界のよいところがあれば、それを伸ばすことが成長戦略となります。投資家が求めるのは、マイナス面でだけではなく、成長戦略のストーリーのプラス面です。この業界はなくなってしまう、なんて意識が根付いてしまうことが一番問題です。

WWD:ファッションやビューティ業界の良いところを洗い出し直す、ですか。

吉高:はい。例えばウェルビーイングは目に見えません。でも、コロナ下で人間の幸せ度、幸福度という見えない価値が再評価されています。今はエンターテインメント業界も厳しいですが、人間が幸せと感じる価値は大切ですよね。それを定量化して見せていくことです。

WWD:なるほど、数値化できずとも見える化すれば投資家は価値と認識するのですね。 ファッションとビューティは確かにウェルビーイングやワクワク、誰かの背中を押すといった価値がウリで、そこで社会貢献できると思っています。ただそれを数値、定量ではなく感覚でやってきた。

吉高:クリエイティビティだから、感覚で作る世界というところは仕方ないとするのではなく、クリエイティビティだってこれからはある程度定量化すべきです。考えていても、行動し、理解されなければ、考えていないことと同じです。ビジネスの、企業の存在意義を認識してもらうことです。アンケートで企業価値を可視化するとか、ファン作りを見える化するとか、学校を訪れて子供たちに繊維について教える、でも構いません。コミュニケーション下手の私たちは変わらなくてはいけないと思うのです。

WWD:ロイヤルファンを多く持っていることは投資対象になるのですね。

吉高:なります。だって売り上げが伸びるわけですから。それを発信してください。そこを投資家は見ます。このESG投資の流れは、確実に個人投資家にも来ています。中にいると当たり前すぎていまさら?と思うことも客観視すればみえてくる、価値がたくさんあると思います。

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