漫画「左ききのエレン」は、広告業界で活躍するクリエイターの群像劇を描いた作品だ。少年漫画らしい熱いストーリーと個性あふれるキャラクター、業界のあるあるネタが支持され、漫画アプリ「少年ジャンプ+」に最新話が更新されるたび、人気ランキング1位に躍り出ている。19年には連続ドラマ化、20年には舞台化されるなど、多方面でファンを増やす。
同作に登場する、トップクリエイターらが所属するデザインスタジオ「アントレース(UNTRACE)」は、実は現実世界にも存在している。原作者を中心とした数名のメンバーが昨年5月に立ち上げ、キャラクターの衣装を再現したアパレルや雑貨などを不定期でリリース。Tシャツが1万〜2万円、パーカは1万5000円〜2万2000円という価格帯にもかかわらず、目玉アイテムは即完売し、フリマアプリで高値で取り引きされている。今年3月にはスタイリスト熊谷隆志の「ウィンダンシー(WIND AND SEA)」とネイチャーラボの「マーロ(MARO)」とのトリプルコラボを実現させ、4月には上海ファッション・ウイークにも参加した。
漫画発のデザインレーベルがなぜこれほど支持されるのか。アパレルと漫画を武器に、どんな未来を展望するのか。原作者のかっぴーと、デザインとディレクションを手掛ける小野清詞アートディレクターに、作品になじみのある街、中目黒で話を聞いた。
嘘ばかりの物語はつまらない
WWD:「アントレース」を現実世界で立ち上げた理由は?
小野清詞アートディレクター(以下、小野):最初は「アントレース」のステッカーを作ろうとしてたんですが、ある企業から「『左ききのエレン』と実在するアーティストとのコラボTシャツ作りませんか?」と声を掛けられ、アパレルも考え始めました。その企画は実現しませんでしたが、「じゃあ自分たちでやろうぜ」と「アントレース」を立ち上げたんです。
かっぴー:「左ききのエレン」はフィクションと現実を行き来する漫画にしたいと考えていて、エレン(作中に登場する天才アーティスト)の絵を実在するアーティストに外注するなど、要所要所に“本物”を差し込んでいます。「アントレース」もこれと同じ。広告業界というリアルな世界を作品にしているから、全てを嘘にするとつまらなくなると思っています。
WWD:製品洗いを施したTシャツや、防水性と耐久性に優れた3レイヤー構造のバッグなど、ファングッズとは一線を画したクオリティーのアイテムがそろう。
小野:やるならとことんやろうと、本気で企画しています。最初に生産したのは、白Tの専門ブランド「マイン(MINE)」と協業したロゴTシャツ。ヘビーウェイトのコットン生地や身幅大きめなボックスシルエット、縫い目のない丸胴のボディーなど、細部までこだわりすぎてしょっぱなから1万円を超えちゃったんですけど、発売後すぐに売り切れました。「この路線でもイケるんだ」と背中を押されて、久米繊維さんのボディーを使い、パターンを引き直したパーカとか、裾が絞れて好みの丈に調整できるストレッチパンツとか、こだわり抜いたアイテムをリリースしています。
かっぴー:“自分たちが着たいと思える服”が一貫したテーマだから、僕らも毎日のように愛用していて。広告業界の友達からも「何それ、欲しい」と言ってもらえるなど、どんどん輪が広がってます。
小野:ファンはもちろん、自分たちのコミュニティーも大事にしたい。僕らを見て、「アントレースって何?」って話が広がれば面白いからね。
2人の出会いと
服作りの意外な経歴
WWD:お二人の出会いは?
かっぴー:デザインの仕事で出会いました。小野さんはグラフィックやプランニングなど、めちゃくちゃイケてる仕事をしていて、神谷祐介(「左ききのエレン」に登場する天才アートディレクター。主人公の師匠であり、最大のライバル)のモデルでもあります。ずっと「アントレース」のロゴを作ってもらおうと思ってたんですけど、気づいたら服や雑貨までお願いしてました(笑)。
WWD:小野アートディレクターはなぜ服作りに詳しいのか?
小野:過去に4シーズンだけ古着のリメイクブランドをやってたんですよ。当時「メゾン マルタン マルジェラ(MAISON MARTIN MARGIELA)」のアーティザナルラインが出始めたときで、「格好いいじゃん」と思って始めました。モッズコートの裏にスプレーでメッセージを載せて売ったりとかね。友達のDJが着てくれたり、アントワープの某有名デザイナーが面白がって買ってくれたりもしましたよ。
かっぴー:え、そんなこともあったんですか?知らなかった(笑)。
WWD:4月には上海ファッション・ウイークに出展していたが、海外進出を視野に入れている?
かっぴー:そうです。少し前に、長年アパレルで活動していたセールス担当者がメンバーに加わり、「中国イケるんじゃない?」とアドバイスされたのがきっかけ。「じゃあお願いします!」とその人に丸投げして出展してみたら、ロゴを気に入ってもらったり、服のこだわりを面白がってくれたりして、上々の滑り出しでした。コラボのお誘いやセレクトショップのオーダーも入っています。
WWD:国内は読者以外のファンがつきにくい?
小野:ぶっちゃけそうですね。でも、国内はファンだけでいいと思ってます。海外に行くのは、“漫画発”とか関係なく、服単体でも勝負したいから。「アントレース」の服が先に浸透して、後から「これ漫画のブランドだったんだ」って思ってもらえれば勝ちです。
かっぴー:洋服から漫画を知ってもらうのは全然アリ。日本で人気の作品をそのまま中国に持って行っても、全部が全部読んでもらえるわけじゃありませんからね。かつてはジャンプやマガジンといった漫画雑誌がタッチポイントの中心でしたが、今は無料アプリでたまたま読んだり、ツイッターで流れてきたりと、いろんな入り口があって、アパレルもその一つ。どこから作品を知ってもらうかに優劣はありません。
小野:中国漫画ってやっぱすごいの?
かっぴー:アプリやブラウザで見る中国発の縦スクロール漫画がすごい勢いで伸びていて、市場規模で言ったらすでに日本は負けてます。だから、本当に漫画で成功したいなら、中国は無視できない時代になっている。日本の紙漫画は古典になりつつあるのに、プライドがあるから紙にこだわるし、アプリでも横読みのものが多いんです。
WWD:「アントレース」の今後の展望は?
かっぴー:これまでは小さなプロジェクトとしてやってきましたが、より本格的に活動していきます。今、法人化の準備の真っ最中です。活動領域は定義しませんが、広告制作をはじめ、いろんな分野に挑戦していきます。
小野:全部で5人のメンバーがいて、PRからクリエイティブディレクション、アートディレクション、プランニング、制作までワンストップでなんでもできちゃうのが強み。それに漫画家もいるしね。今までこんなチームはなかったし、カテゴライズできない存在。だからこそ自由な表現にチャレンジできるんです。そういう意味では、「アントレース」に限界はない。強いていうなら、俺らが飽きたときが最後ですね。