3度目の緊急事態宣言に伴う休業要請によって、都内の百貨店は食品や化粧品などを除いて大部分を臨時休業中だ。ゴールデンウイークのかきいれ時にシャッターを下ろすことを余儀なくされた百貨店のファッションフロアは、現在どうなっているのか。売上高日本一を誇る伊勢丹新宿本店の婦人服売り場を訪ねた。
「大判のスカーフをこんな風に結ぶと、ぐっと華やかになります」
4月30日午後、休業中の婦人服フロアの一角に、パソコン(PC)に向かって語りかける販売員の姿があった。三越伊勢丹が昨年11月に導入したリモートショッピングアプリでは、チャットや動画を通じたオンライン接客を体験できる。シニアカテゴリースペシャリストの肩書きを持つ販売員の金子智尋さんは、顧客のワードローブと同じブランド、同じ品番の白いブラウスを用意し、カメラ越しに柄や大きさが異なるスカーフ数点を襟元にあてる。
その近くでは販売員3人がPCのキーボードを叩いていた。リモートショッピングアプリのチャット機能を通じて、「インスタで見た服がほしい」「コロナで帰省できないので実家の母にプレゼントを送りたい」「急に礼服が必要になった」といった問い合わせが次々に届く。販売員はそれぞれカテゴリーの担当者と連携を取りつつ、相談に返答し、ブランドを横断して広い売り場の中から最適な商品を選んで紹介する。
リモートショッピングアプリの導入から約半年。巨大な店舗全体をECモールに見立てる同アプリによって、伊勢丹新宿本店で扱う約70万種類の商品が来店しなくても購入できるようになった。アプリの存在は顧客に少しずつ浸透しつつあったが、4月25日の臨時休業以降、チャットや動画での接客件数は前の週の約3倍に跳ね上がった。
本館3階の婦人服フロアではファッションコンサルティングのスキルを持つ販売員10人が対応にあたる。同じく休業中の紳士服、子供服、靴、バッグ、ジュエリー、呉服、リビングなどの各売り場でも同様の態勢がとられる。客の姿こそないものの、売り場は稼働している状態なのだ。
オンライン接客で相談する客の買い上げ率は50 %に達する。三越伊勢丹デジタルサービス運営部の升森一宏部長は「オンライン接客の内訳は9割がチャット、1割が動画。まだ少ないけれど動画を希望するお客さまはファッションへの関心が非常に強く、お買い上げの単価や決定率が高い傾向にあります」と説明する。
政府と東京都は百貨店に対し、「生活必需品を除く」売り場の休業を要請した。何が生活必需品に該当するのか。百貨店各社は悩んだ結果、大半の店舗が食品と化粧品の売り場のみを営業し、アパレルを含めた大部分の売り場を閉めることで落ち着いた。伊勢丹新宿本店の一歩外に出れば、ラグジュアリーブランドやセレクトショップ、カジュアル専門店、電器店の大型店が時短ながらも営業を継続している。床面積と集客力を理由に百貨店やショッピングセンター(SC)だけが休業を強いられる状況だ。
休業していても百貨店にはリモートショッピングアプリや電話などを通じて毎日たくさんの問い合わせが届く。デジタルサービス運営部でオンライン接客を担当する樋口雅希さんは「食品と化粧品以外は『生活必需品』からは外されてしまったけれど、百貨店は多くのお客さまにとって、生活に密着した必需品を扱っていることを痛感しました」と言う。昨年春の休業時は、同時にネット通販(EC)も休業したため、顧客とのコミュニケーションが途絶えてしまった。「当時は販売員も私たちも2カ月近く何もできなくなりました。でもオンライン接客の仕組みを整えたので、今回はお客さまをサポートできます。休業は残念だけど、昨年とは現場のモチベーションが違います」。
販売員の金子さんは「朝の通勤の際に店舗休業を忘れている自分に気づく」そうだ。就業時間中はチャットや動画などのオンライン接客がひっきりなしに入るからだ。通常の売り場での販売以上に、1人に対する接客時間は長い。相手の顔が見えないチャットでの接客は、勝手は違うけれど少しずつ経験を重ねてコツもつかんできた。「たとえば素材について説明するときも、ECサイトの商品説明では伝えきれないニュアンスを自分の言葉でしっかり伝えることを心掛けています。ECサイトでも服は買えるのに、私たちスタッフを介して商品を知りたいというご要望がこれだけある。対面で培ってきた接客と基本は変わりません」。