ファッション業界の御意見番であるコンサルタントの小島健輔氏が、日々のニュースの裏側を解説する。コロナ禍で大打撃を受けるファッション業界は、同時にサステナビリティやサプライチェーンの問題にも対応を迫られている。未曽有のピンチにどう臨むべきなのか。
コロナ禍の2020年は通勤着が激減して購入単価も落ち衣料消費が8掛けに萎縮し、環境省「SUSTAINABLE FASHION」リポートでは「なるべく新たに買わず、リペアして大切に長く使い、リユース・リサイクルして衣料廃棄を減しましょう」(筆者要約)とさらなる萎縮を求められ、直近では3回目の緊急事態宣言に直撃され、新疆綿問題では欧米と中国の板ばさみとなって「人道か商売か」の究極の選択を迫られる四面楚歌のアパレル業界だが、そろそろアフター・コロナ(A.C.)を見極めて事業の抜本的再構築を急ぐときではないか。
サステナブル“革命”の衝撃
環境省「SUSTAINABLE FASHION」レポートは「これからのファッションを持続可能に」をテーマに、衣服の生産から着用、廃棄に至るまで環境負荷を軽減するには何をすべきか、消費者とファッション業界の両方に平易な言葉で提言しているが、業界には極めて厳しい内容だ。
「ファッションと環境の現状」では、商品企画段階、原材料調達・紡績・染色・裁断・縫製の生産段階、輸送・物流段階、販売・利用・排出段階、回収・リペア・リユース・リサイクル段階と、データをそろえていかに環境負荷が大きいか図で示し、「より安くより多くって、いいこと?」と問いかけ、「ファッションと環境へのアクション」では、消費者として取り組めること、ファッション企業として取り組めることを左右に対比して具体的なアクションを提議している。
とりわけ消費者に対しては「今持っている服を長く大切に着よう」「リユースでファッションを楽しもう」「先のことを考えて本当に必要な服だけ買おう」「買わないこともサステナブル」と、安易な「衝動買い」や「使い捨て」を戒め、「長く着られる服」を慎重に選んで購入し、シェアやリペア、リユースで一着を長く楽しむ「サステナブルファッション」を推奨している。
消費者がそんな提案を実行すれば「新品」衣料の購入は激減し、コロナで8掛けに萎縮したアパレル市場はさらに縮んでしまう。「買い替え」と「使い捨て」を否定されてはアパレル業界は拡販する術を失い、事業の縮小を迫られる。加えて安価なリユース(中古衣料)が広がれば割高な「新品」の販売は今以上に圧迫されるから、アパレル業界にとっては「死亡宣告」にも等しい。
実際、先進国の中古衣料が流れ込んだアフリカやアジアの後進国では現地のアパレル産業が壊滅し、ナイジェリアやベトナムなど中古衣料の輸入を禁止したり制限する国も多くなっている。長年の過剰供給で流通在庫もタンス在庫も膨れ上がった状態からリユースシフトが進めば、「流通在庫十年分、タンス在庫百年分」と揶揄されてリユースが主流となり「新品」市場が8分の1に激減した着物業界の二の舞になりかねない。衣料消費が本当に「サステナブル」になればアパレル業界は壊滅してしまう。
サステナブルMDと時間軸の転換
サステナブル“革命”がどの程度の勢いで進むのか予測する術はないが、アパレル企業が取るべき対応は明白だ。それは商品とMD(マーチャンダイジング)、商品財務と流通戦略の二軸の転換に他ならない。
まずは「買い替え」と「使い捨て」をあおる「ファスト商品」から長く使える「ランニング商品」や「インベスティメント商品」に商品開発の軸を移し、マーチャンダイジングとサプライの継続性を確立することだ。
アパレル商品には、ワンシーズン使い捨ての消費財たる「ファスト商品」、数シーズン着回せるタフな多年性消費財たる「ランニング商品」、大切に使えば10年以上も着られる耐久消費財としての「インベスティメント商品」の3種がある。近年は低価格化が進んで使い捨ての「ファスト商品」が広がるにつれ、定番的な「ランニング商品」は割高なNB(ナショナルブランド)から「ユニクロ」など手頃なSPA(製造小売り)商品に代わり、フィットのトレンドが激変する中、値が張る「新品」のブランドもの「インベスティメント商品」が敬遠される一方、ユーズドでは人気アイテムとなっていた。
トレンドに左右されず耐久性もある定番的「ランニング商品」、それにものづくり神話やブランド価値も加わる「インベスティメント商品」は賞味期間も販売期間も長い。何年も微細な改良を続けて継続販売するから、シーズン末に売れ残っても叩き売る必要がなく、翌シーズンに持ち越して「正価」で販売すれば良い。
そんな「長く着られる服」「長く売れる服」に軸足を移せば、過剰供給と叩き売りで損なわれた「正価信頼感」や「愛着感」が復活し、マーチャンダイジングが安定して顧客が継続し、サプライヤーとの関係もサステナブルになる。過剰供給と叩き売りのロスとコストが抑制される分、原価率が高まって「お値打ち感」も回復し正価消化率も高まるが、在庫回転と資金回転はガクンとスローになる。
サステナブルなマーチャンダイジングはスローなマーチャンダイジングと同義であり、ていねいに作って大切に売る分、スローな時間軸での在庫運用と資金マネジメントが問われる。アトリエ生産する欧州の高級ブランドなど年に2回転もしないし、ワインやシャンパンの事業では1回転するのに何年も要する。「インベスティメント商品」はそんな時間軸の中で“熟成”されていくのだ。
在庫回転がスローな分、資金の余裕と売上金の回収速度が問われるから、拡販より継続を重視し、ランニングコストが低く売上金回収の早いD2C流通に注力するべきで、ランニングコストが高く売上金回収の遅い百貨店や商業施設は回避されるべきだ。
A.C.世界への究極の選択
A.C.とは「アフター・コロナ」だけでなく「アフター・チャイナ」(中国なき世界)という意味も大きい。A.C.世界を展望するとき、生産でも販売でも中国に依存するかしないかで戦略は180度異なる。
中国の暴力的覇権と人権抑圧に目をつむっても商売を取るなら、生産地としても市場としても中国の存在を謳歌できるが、欧米市場から締め出されるリスクが生じる。欧米の要求に同調するなら新疆綿どころか中国生産の綿製品すべてを回避するしかなく、そんなことをすれば中国市場から確実に締め出される。
新疆綿は中国生産綿花の8割以上を占め、その紡績や染色、製品化は中国の各地で行われるから、新疆綿の使用を否定するなら中国生産の綿糸と綿製品の全てを回避するしかなく、中国生産から撤退するに等しい。急速な経済成長でコストが上昇しているとはいえ、長年の取引で品質も安定し、小ロット短サイクル対応も可能な中国生産を捨てられるのかと躊躇しているうちに、世界的な脱中国のサプライチェーン再編に置いていかれるかもしれない。
日本のアパレル業界にとっては南アジアぐらいしか移転する産地が見出せないが、欧米のアパレル業界には南アジアに加え、南欧・東欧・ロシア、アフリカ・中近東、中南米という選択肢もあり、中国を切り捨てる決断は容易だ。すでに電子部品や医薬品など戦略物資については中国の隔離が始まっており、政治的対立が極まればアパレル生産でも中国を切り捨てる覚悟はできている。中国は成長する魅力的な巨大市場でもあるが、欧米のアパレル事業者はカントリーリスクを見極めて撤退を始めている。
「商売と政治は別」などと煙幕を張る経営者もいるが、欧米と中国の対立はもはやそんな日和見を容認する段階ではなく、軍事的にも日本が対中国AAJI包囲陣(QUAD=アメリカ、オーストラリア、日本、インドの枠組み)の中枢に組み込まれた以上、双方から「show the flag」と迫られることになる。もはや中国は生産地としても市場としても企業の存亡に関わるカントリーリスクとなったのではないか。