デザイナーの役割は「プロトタイプ」を生み出すこと?
5月24日発売のWWDJAPANの特集に向けて、車いすのファッション・ジャーナリストの徳永啓太さんと取材を進めています。テーマは、「1%から見るファッション」。マイノリティーの当事者から見えるファッションの現在地を踏まえ、デザイナーを含む業界人とファッションの多様性を考えたり、障害のある人も楽しめる洋服を提案するブランドにはビジネスとしての可能性を直撃したりという企画です。
ネタの1つは、5月30日にYouTubeで公開される、身体の多様性を未来に放つダイバーシティ・ファッションショー(落合陽一監修)です。モデルと、ブランドや企業がタッグを組み、11のチームがランウエイを歩く様子を公開しながら、インタビューで制作プロセスを明らかにします。お披露目される洋服の多くは、モデルの身体を起点に作られています。「義足や車椅子など、身体に寄りそうテクノロジーをファッションによって拡張し、誰もがもつ身体の多様性に呼応するアダプティブな装いのあり方を考えます」という趣旨のもと、「トミー ヒルフィガー」の障がい者向けライン“アダプティブ”や、「アンリアレイジ」などが参加しました。
「なるほど」と思ったのは、骨肉腫によって片腕を切除した女性のためにトレンチコートを作った「ハトラ」のデザイナー、長見佳祐さんの言葉です。完成したトレンチコートは、ガンフラップをフレアにアレンジし、その先の袖は潔くカット。切除していない片手でそちら側の袖をまくるためのストラップや、上から閉じる「YKK」のマグネットファスナー、同じ方向にスリットを入れた左右のポケットなど工夫が満載です。もちろんコートは、デザイナーズブランドらしくエレガント。機能的にも雰囲気的にもバッチリに思えますが、長見デザイナーは「これはプロトタイプ。今後の議論の“たたき台”になれば」と言います。
「えっ、“たたき台”でいいの?」。正直、そう思いました。問いかけると長見デザイナーは、「別の人から、『私の場合、ここは、こうじゃない』という意見さえ出てくればと思います」と続けます。「潔いなぁ」と思いながら、今度はモデルを務めた当事者に話を聞くと、彼女はこれまでの経験と今回の取り組みを経て、「(既存の洋服における)不便をちゃんと伝えられるようになった」と教えてくれました。なるほど、ある程度形になったり、他者からアイデアが出てきたりしてはじめて具体的に考えられることって、たくさんありますよね?
ヘアサロン業界では、「コロナで働き方も変わったから、『変わりたい』と思っている人が多い。でも、『どう変わりたいか?』は分かっていない人も多い」と聞きます。だからこそサロンスタイリストは、カウンセリングに近い接客で「どう変わりたいか?」に思いを馳せて、大きく変えるのか?ちょっとだけ変えるのか?などの工夫を重ねています。全く同じですね。ファッションのプロじゃない当事者は、「既存の洋服は不便」までは理解しているけれど、「じゃあ、何をどうしたら解決できるか?」は分からない。その手助けをして、プロトタイプを作り、以降その洋服を見た人は具体的なリクエストができたら。長見デザイナーは、こう考えたのでしょう。
「デザイナーの役割は、トレンドを生み出すこと」なんて言われがちですが、もしかすると「プロトタイプを提案すること」なのかもしれませんね。形になったプロトタイプから議論が深まり、個々のブランドは自分たちらしさを掛け合わせた洋服を生み出し、それらを個々人は自分たちらしく装う。その、大きな方向性やある程度似通った収れんの結果がトレンドなのかもしれません。
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