やっぱり金子さんの魅力は“人柄”だ――そうあらためて感じる出来事があった。金子さんとはベイクルーズ傘下のセレクトショップ、レショップの金子恵治コンセプターのことであり、5月12日の夜にインスタグラム(Instagram)を通じて「明日(13日)、東京モード学園で特別講義を行う」ことを知った。気軽に「聞きたい!」とテキストを送ると、「ぜひ」と即レスがあった。“え、でも学校へのアポは?……”とまごまごする僕をよそに、「許可、取れました」の追伸が。SNS時代的電光石火で、十数時間後の取材が決まった。
金子コンセプターとは20年ほどの付き合いだが、いつも大人数でワイワイで、ゆっくり(シラフで笑)話を聞いた記憶がない。聞けば、金子さんも講演は初めてで、なかなかに緊張していた……。
聴講するのは、ファッションビジネス学科を中心とする最終学年の約100人。金子さんの自己紹介から始まり、事前に生徒から受け付けた質問に答える形で1時間半の講義は進行していった。僕は記者魂からあれこれ聞きたくなるのをぐっとこらえて、質問を箇条書きしていった。講義内容に、その後のQ&Aをプラスしてまとめたのが以下だ。
WWD:バイヤー(コンセプター)に必要なものとは?
金子恵治レショップ コンセプター(以下、金子):説得力だ。何事も中途半端ではいけない。突き抜けること、その覚悟が求められる。とはいえ20代のころの僕は、それが原因でよく怒られていた(笑)。“それでも変えない”、それが大事で、信念があれば上司や先輩のアドバイスを無視することだってアリだと思う。
WWD:若き金子コンセプターが実践したことは?
金子:地図を片手にパリなどで買い付けを行う際、同じ道を通らないよう意識した。些細なことだが、これによって新たな発見があり、それが蓄積されて経験値の違いとなる。即効性はないかもしれないが、到達点は変わってくるはずだ。そして、この“回り道スタイル”は現在の僕のバイイングスタイルとも重なる。ネットでなんでも検索して買える時代に、“レショップに出掛けて買う意味”を作らなくてはいけない。そのためにはニューヨークから車で片道5時間かけて、日本人のいない片田舎を訪れることも必要だ。
WWD:組織の中でイレギュラーを認めさせることは至難だ。テクニックがあれば教えてほしい。
金子:例えば、決裁権者にはその人が以前口にしていたものや好きなもの、その人が満足するだろうものを8~9割プレゼンする。そして残りの1~2割に自分が貫きたいものを混ぜれば、「ほんとにお前ってさぁ……」と言われつつも切り抜けられるはず。
WWD:そのためには、まず組織の中で存在感を示すことも重要なはずだ。
金子:僕の場合、他店の服や古着ばかり着ていて、自分の店の服はほとんど着なかった。それによって変わり者なキャラクターを確立できたと思う。
WWD:金子さんはラッキーだったが、今の時代にそれはなかなか受け入れられないのでは?……
金子:確かに(笑)。ベイクルーズの懐の深さに感謝しかない。僕も含めてベイクルーズには出戻り組が多く、そういう社風にも助けられている。よく「独立しないのか?」と聞かれるが、今は“会社員だからできること”に挑戦したい。それに自分でやるとしたら、もっと小規模になってしまう。大きく発信できるのが組織の強みだ。
WWD:仕事は楽しい?
金子:おかげさまで、めちゃくちゃ楽しい!「レショップ」をオープンしたとき、僕は42歳だったが、回り道してきたからこそ作れた店だと自負している。それに遠回りはしたが、無駄なものは一切なかった。
WWD:これだけたくさんの生徒が真剣に話を聞いてくれているが、残念ながらこの中からファッションの世界に進み、かつ3年後に従事している人は数割だろう。ショップやメディアはどうアクションすべきか?
金子:“楽しい”を伝える、これに尽きる。ツールはインスタかもしれないし、ブログかもしれないし、講演かもしれない。コロナで制限がかかる中だし安全第一だが、僕は今もなるべくスケジュールを埋めて、オンラインを含めてたくさんの人に会って話をするようにしている。それによって常に刺激を受けている。衣食住の中で、衣(ファッション)はもっとも敷居が低い業界なのではないかと考える。服を作ったり、それを買い付けて売るのに特別な資格や免許は要らない。そして、“必ず道はある”と信じている。自分の持ち味を見つけてそれをアピールすれば、光が見えてくるはずだ。ファッションはチーム戦だから点取り屋も必要だし、ゴールキーパーも必要だ。この世界で、一緒に楽しい仕事をしよう!
講義および取材を終えて感じたのは、やっぱり金子さんの魅力は“人柄”だ、だった。急遽、司会を買って出たベイクルーズ卒業生のPRオフィス「ムロフィス」の中室太輔ディレクターも、取材をした僕も、みな金子さんの人柄に引かれてこの場に来た。“突出した何か”があればそれはもちろん結構だが、組織や社会にいる以上、人柄ほど大事なものはない。自分の半分ほどの年齢の生徒以上に、なんだか胸を打たれてしまった。