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「グサッと刺さる信念がないと事業は長続きしない」 流通総額7割増「クリーマ」社長の突破力

 ハンドメイドマーケットプレイス「クリーマ(CREEMA)」が好調だ。個人や工房などの約21万人のクリエイターが作る服、アクセサリー、インテリア、生活雑貨、アートなどをEC(ネット通販)で展開し、2021年2月期の流通総額は前期比1.7倍の154億円に達した。運営するクリーマは昨年11月、創業10年にして東証マザーズに上場した。元ミュージシャンという異例の経歴を持つ丸林耕太郎社長は、マーケットプレイスにとどまらない事業の拡大を目指している。

WWD:前期(21年2月期)は大きな成長を記録した。ハンドメイド市場はコロナ禍の巣ごもり習慣の影響をどう受けているのか。

丸林耕太郎社長(以下、丸林):「クリーマ」はハンドメイドを謳っているけれど、あくまでクリエイターのためのマーケットプレイスという位置付けだ。ハンドメイドという言葉にとらわれると、本質とかけ離れてしまう。音楽でいえば、メジャーでもインディーズでも音楽であることに変わりない。それと同じ。取り扱うのは個人のクリエイターや小さな工房の商品が中心だが、大手企業の量産品とトレンドは地続きになる。昨年のコロナ禍ではマスクを筆頭に、ワンマイルウエア、エコバッグ、リモートワークやキャンプ関連のグッズなど一般的な市場のヒット商品と同じものがよく売れた。

WWD:昨年の第1四半期(20年3〜5月)にはマスクだけでかなりの売り上げを積み上げた。

丸林:当時はマスク不足だったため、政府が転売や高価格販売に注意を呼びかけていた。マスク不足に乗じて儲けてやろうとは思わないけど、マスクが足りなくて困る人が多いのなら供給するのが僕たちの責任だと考えた。「クリーマ」に出品するクリエーターの皆さんに呼びかけたら、1カ月くらいで日本最大のマスク屋さんになったのかと思うくらいにマスクが並んだ。デザインも個性的で楽しい。クリエイターの力で社会の課題に取り組めることがわかった。

WWD:今年はそのマスク特需はなくなる。

丸林:マスク特需を除いても流通総額20%増を想定している。コロナを契機に新規のお客さまが増えただけでなく、新しい出品者も増えた。オンライン販売が身近ではなかった伝統工芸品、たとえば家具、陶器、七宝焼き、鍋ややかんなどの生活用品の分野だ。伝統工芸品は観光地や百貨店などで販売されてきたが、コロナで限界を感じ、「クリーマ」のプラットフォームに魅力を感じてくださっている。

クリエイターの期待を裏切らない

WWD:出店の誘致も軌道に乗っている?

丸林:今は営業活動をしていない。おかげさまで、この領域では知られた存在になり、個人のクリエイターから地場産業を盛り上げたい自治体まで幅広い方々が「クリーマ」で売りたいとおっしゃるようになった。

WWD:客単価は5000円前後と大型のECモールとしてはけっこう高価格だ。

丸林:月に2千数百万人のお客さまが集まる。大手ECモールのように「少しでも安く買いたい」「ポイントを貯めたい」ではなく、クリエーションやモノ作りへの関心が高いお客さまなのだから本当に有り難い。「クリーマ」はマーケットプレイスであると同時にメディアでもある。伝統工芸品にとって、背景のストーリーを丁寧に伝え、それを評価するお客さまが集まる場は貴重なはずだ。

まず思想・哲学があって、そこから戦略とアクションプランに落とし込む。クリーマの基本となる思想・哲学は、頑張っているクリエイターがきちんと評価される場所を作ることだ。せめて食べていける場を提供する。

創業からしばらくは、個展を開いているようなクリエイターに直接声をかけてきた。大手企業がテレビCMで攻勢をかける中、僕らは地道な活動を通してクリエイターの皆さんに熱意を伝え、他が真似できないサイトを作ってきたと自負している。テレビCMで有名女優にサイト名を言わせれば認知は上がるかもしれない。でもこだわりを持ってモノ作りしているクリエイターの共感が得られるのか。出店者の数を競うのではなく、クリエイターから一番信頼されるコミュニティーを作るため時間と手間をかけてきた。

WWD:マーケットプレイスなどのITサービスは先行企業が総取りする。スピード感も大切では。

丸林:「クリーマ」が軌道に乗る前、テレビの情報番組から初めて取材の依頼があり、これで認知が一気に進むとみんなで喜んだ。でも、内容をよくよく聞いてみると「主婦のプチ稼ぎ」というテーマで、ヤフオクと僕たちを紹介したいと言う。これには悩んだ。番組には出れば認知は一気に上がる。でも「主婦のプチ稼ぎ」では、僕たちの思想・哲学を信じてくれたクリエイターの皆さんを裏切ることにならないか。結局お断りした。今では正解だったと思っている。スピード感も大事だけど、それ以上にブレないことも大切だ。

WWD:個人を含めた発信したいクリエイターの市場はまだまだ成長するのか。

丸林:米国のハンドメイトの大手マーケットプレイスであるエッシー(ETSY)は英語圏だけで流通総額が1兆円、時価総額は2兆円もある。日本でもまだ発展途上だろう。ハンドメイドではなく、クリエイターのためのプラットフォームと考えれば制限はない。実力のあるクリエイターを集め、便利なサービスを追求する。

ミュージシャン時代の原体験が創業のきっかけ

WWD:昨年11月に上場(東証マザーズ)した目的は?

丸林:自分たちがやりたいことの理想を考えると上場は欠かせない。創業から10年以内に上場する目標をメンバーと共有してきた。上場まで漕ぎ着ける事業でなければやる意味がないと思って「クリーマ」を始めた。社内体制も整い、持続的な成長の見通しもついたタイミングで勝負をかけることにした。

先ほども言ったように、マーケットプレスの「クリーマ」は頑張っているクリエイターが正当に評価される場所を作るために創設した。でも起業したのは、このためだけではない。当社のテーマは「世の中の最大多数の人を幸せにできるか」だ。

実はマーケットプレイスの「クリーマ」の前に撤退した事業もある。それは多世代型のシェアハウス。身寄りのないお年寄りやシングルマザー、地域とつながりを持ちたい学生などが緩やかに連携するコミュニティーマンションを広めようとした。人と人との豊かな関係が持てれば、日本はハッピーになる。デンマークでは多世代型のシェアハウスが普及している。でもハードルが高くて半年で撤退せざるをえなくなった。

WWD:マーケットプレイスの「クリーマ」にしても、まず人の幸せが先にあると。

丸林:人を幸せにした数で決まるのが売り上げ、そこから自分たちが知恵を絞って出すのが利益だと考えている。多くの人を幸せにすることが先で、お金は後からついて来ると思って仕事をしてきた。

マーケットプレイスに限らず、人を幸せにする事業にいろいろな領域で挑戦したい。すでにクリエーターを応援するためのクラウドファンディングを始めているし、フルフィルメントサービス(ECの写真撮影から発送代行までを受託する)もやっている。このほど買収したFANTISTはアーティストによるレッスン動画を配信するプラットフォームだ。キャンドルやフラワーアレンジメントをはじめ、さまざまな作り手がレッスン動画を販売している。クリーマに参加する21万人のクリエイターとの親和性が抜群に高い。

WWD:新規領域を広げるために上場で調達した資金を当てる。

丸林:やりたいことがたくさんある。大胆に事業を展開して、最終的に日本を代表する一大企業グループに発展させたい。僕が80歳になるまでコツコツ頑張れば実現できるかもしれないが、若くフレッシュな感覚とエネルギーを持ち合わせているうちに挑みたい。財務基盤を整えて一気に勝負をかけるには上場がベストの手段になる。お金がないと勝負できないことが世の中にはたくさんある。

WWD:丸林社長はもともとミュージシャンだった。

丸林:あまりたいしたことないけど、慶応大学に通いながらプロとして活動していた。15歳のときにDJを始めて、リミックスや楽曲制作などを手掛けるようになった。今はユーチューブやスポティファイなど個人が発信できるプラットフォームがあるけれど、昔はレコード会社に認められないと世に出られなかった。実力のある人が表舞台に立てないのは健全じゃないし、長い目で見たら音楽文化が育たなくなる。一企業の評価ではなく、大勢の人の目に触れて正当に評価される仕組みができないだろうか。端くれのミュージシャンとしてそんな問題意識を持った。

WWD:それが原体験になり、クリーマの創業に発展した。

丸林:クリーマは8年も赤字が続き、社員にも負担をかけてきた。それでもあきらめずに続けられたのは、僕の中に強い信念があり、回りもそれに共感してくれたからだ。物事は1、2年なら頑張れる。でも長期戦でいろんな壁を超えなくちゃいけないとき、グサッと刺さる信念がないと人の共感は得られないし、事業は長続きしない。将来有望な市場だからという理由で事業を立ち上げがちだけど、働く人たちがそれぞれの人生を賭ける意味を見いだせるか。そこが肝だと思う。

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