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連載 鈴木敏仁のUSリポート

ウォルマートが買収した“バーチャル・トライオン”の可能性 鈴木敏仁USリポート

 アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する。ウォルマートがスタートアップ企業を買収した。小売業の巨人がが着目した新しいテクノロジーとは何か。

 ウォルマート(WALMART)がバーチャル試着技術を開発するジーキット(ZEEKIT)を買収すると発表した。金額などの買収詳細は不明。ジーキットはイスラエルに本拠を置くスタートアップで、昨年中にトミーヒルフィガー(TOMMY HILFIGER)とアディダス(ADIDAS)、今年の3月末にはファーフェッチ(FARFETCH)と提携しており、業界では名前が出始めたばかりの企業である。

 ウォルマートは高価格帯PB(プライベートブランド)の「フリーアッセンブリー(FREE ASSEMBLY)」と「スクープ(SCOOP)」をてこ入れするために、著名なファッションデザイナーのブランドン・マックスウェル(Brandon Maxwell)氏と3月に契約している。マックスウェル氏はサックス・フィフス・アベニュー(SAKS FIFTH AVENUE)やニーマンマーカス(NEIMAN MARCUS)といった高級百貨店と取り引きがあり、ウォルマートとの契約は業界の耳目を集めた。

 ウォルマートの目的はもちろん高級百貨店並みのファッションを売ることではない。ウォルマートというディスカウント企業が持っているプライスレンジの高価格帯にマックスウェル氏の力を借りてトレンディでリーズナブルな商品を開発するためだ。

 今回のジーキットの買収はこの衣料強化戦略の一環だろう。低価格帯の実用衣料にバーチャル試着は必要ないのだ。

服だけでなく化粧品、メガネ、靴、インテリアまで

 今回の執筆にあたって分かりやすいように“バーチャル試着”と訳したが、オリジナルの英語はバーチャル・トライオン(virtual try on)で、これは実は衣料品に限らない。バーチャル・トライオンという表現が使われる分野は、化粧品、毛染め、メガネ、アクセサリー、靴など範囲が広い。英語だと分野横断的に一言で表現できるのだが、日本語では試着やタッチアップなど分野によって変わり面倒なので、このリポートではトライオンを利用する。

 またトライオンは人間を主体に置いているのだが、部屋の中に家具を置いてコーディネイトを確認するVR技術も本質は同じである。

 さてこのVR、この数年に一気に進んでいるのが化粧品である。

 セフォラ(SEPHORA)やアルタビューティ(ULTA BEAUTY)といったチェーンストアや、ボビイブラウン(BOBBI BROWN)やメイベリン(MAYBELLINE)といったブランドメーカーもすでに利用可能としている。高級スーパーのホールフーズ・マーケット(WHOLE FOODS MARKET)も化粧品にバーチャル・トライオン技術を取り入れている。

 毛染めで導入したのがD2Cブランドとして有名なマディソン リード(MADISON REED)である。もともとデジタル端末での利用は可能だったが、4店舗あるリアル店舗に専用端末を導入して店頭でヘアカラーを試すことができるようになった。アマゾン(AMAZON)はイギリスにヘアサロンをオープンしたが、同じくヘアカラーをバーチャル・トライオンできる端末を導入している。一説によるとアマゾンはここで髪の毛の色のデータを集めて技術力を高めようとしているのだろうと言われている。

 またホームファッション分野では、EC(ネット通販)のウェイフェア(WAYFAIR)、高級キッチン用品のウィリアムズソノマ(WILLIAMS SONOMA)、世界最大手のイケア(IKEA)、ディスカウントストアのターゲット(TARGET)など、枚挙にいとまがない。

 アパレル分野での普及に時間がかかっているのは、サイズやデザインの多さと人間の体形の多様さによって、安価な実現が難しいからだと言われている。またアイテムをビジュアル化するために3Dレンダリングが必要で、専用人員を一定数雇うコストがハードルになるとされている。

 ジーキットのような企業が注目され、万単位のテクノロジー系の人員を抱えて自社開発をしているウォルマートが買収するのもそういう背景があるからだ。

ゲームチェンジャーになりうる技術

 衣料品のバーチャル・トライオンのご利益はもちろんネット通販での買い物の敷居を低くすることにある。さらに、もう一つの効果は返品率の低減だ。ECプラットフォームを提供しているショッピファイ(SHOPIFY)はバーチャル・トライオンを利用して購入するユーザーの返品率は40%低いという分析結果を公開した。衣料ECにおける返品は頭痛のタネなので削減効果が持つ価値は小さくない。

 SNSでの口コミ効果も期待できるようだ。トライオンしたユーザーは画像を共有する比率が高いため、マーケティング効果が見込めるとされている。スナップチャットやフェイスブックといったSNSプラットフォームがバーチャル・トライオンを強化しているのは相性が良いからである。

 また技術がさらに進化すれば、リアル店舗で店員が手元の自らの端末を使い、店頭にない商品をお客にバーチャル・トライオンしてもらうという時代もすぐに来るだろう。

 ウォルマートのアパレル&PB担当エグゼクティブ・バイスプレジデント、デニス・インカンデラ(Denise Incandela)氏はジーキット買収計画発表に関するプレスリリースで、バーチャル・トライオンはゲームチェンジャーだとコメントしている。

 今まさに急速に進化し始めたところで、消費者のニーズに何がどうフィットするかは手探り状態だ。それでもポテンシャルは大きいというのが業界の見方なのである。

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