アートとファッションを融合したクリエイションが近年増え続けている。中嶋峻太のメンズブランド「オールモストブラック(ALMOSTBLACK)」は、ブランド立ち上げ時からこの手法を用いており、2021-22年秋冬シーズンはアーティストの白髪一雄と妻の富士子とコラボレーションした。“阿吽”と題したコレクションは、一雄と富士子の作品をプリントしたり、貼り付けているだけではない。素材のカッティングやムードをテーラリングやミリタリーベースのスタイルに盛り込み、コレクション全体を通して白髪夫妻の芸術性を表現している。ここまでならば、他ブランドでも珍しいことではない。「オールモストブラック」は、表面的な部分よりもさらに深いところでファッションとアート、白髪夫妻と中嶋デザイナーの感性を結びつけるクリエイションに挑んでいる。果たしてファッションとアートは“阿吽”のごとく共鳴し合えるのか。中嶋デザイナーと、「オールモストブラック」21-22年秋冬シーズンのルックブックにあとがきを寄稿した、美術・写真の批評などを行うライターの村上由鶴(ゆづ)に聞いた。
2時間に及んだ必死の説得
WWD:白髪一雄さんと富士子さんをテーマに選んだ理由は?
中嶋峻太「オールモストブラック」デザイナー(以下、中嶋):2016-17年秋冬と17年春夏シーズンに、白髪一雄さんが所属していたアーティスト集団「具体」をテーマにし、後々になって一雄さんのアシスタントを妻の富士子さんが務めていたのだと知りました。「オールモストブラック」でも、僕が服を作り、妻が全てのグラフィックを手掛けているので、その関係性がいいなと思ったんです。ただ有名な芸術家なだけに、説得が簡単ではなかった。
WWD:どのように説得した?
中嶋:まずは手紙を出しました。一雄さんと富士子さんは故人なので、息子さんから返事がきて会えることになったんです。実際に会ってからは、僕が1人でたぶん2時間ぐらい必死に喋りっぱなし。自己紹介から始めて、こういうデザインの服に作品を取り入れたいという絵型をあらかじめ全部描いて説明しました。それから「ファッションを通じて作品を世の中に広めたい」という思いを伝え、財団の方のサポートもあって承諾を得ることができたんです。最終的には5作品をコレクションで使用しています。
WWD:主に美術批評の執筆が多い村上さんがルックブックに参加した理由は?
村上由鶴(以下、村上):共通の知人から中嶋さんを紹介してもらい、「アートは、批評することで文脈的に深まる。それをファッションでもやってみたい」と相談を受けたんです。私も昔はアパレル販売のアルバイトをしていた経験があり、特に男性でファッションやカルチャーが好きな人って知識をこれでもかというほど深掘りする人が多かったので、美術批評にも通じると思ったんです。直感的な「かっこいい」ももちろんいいんですけど、美術は何から影響を受けたかやどういうカテゴリーに属しているか、誰が評価したかを知ることで知識が深まり、理解が広がっていくんです。
中嶋:今は美術批評ほどの影響力がファッションの批評にはありません。影響力という点ではカニエ・ウェスト(Kanye West)が着たからバズる、売れるといったものはありますけど、それはあくまで一過性のものでカルチャーとは少し違う。であれば、人や作品の関係性をもっと深いところまで掘り下げる批評のようなことがファッションでもできるんじゃないかと。
WWD:普段はアート界に軸足を置く村上さんが、今回の協業で感じたことは?
村上:服に絵をプリントしただけのお土産感覚なTシャツは数多く見てきましたけど、今回は高い水準で協業しているなと感じました。実際に服を見ると、一雄さんと富士子さんの作品がパターンで表現されていたり、富士子さんの和紙を引き裂いた作風を生地のカッティングで見せていたりと、エッセンスがしっかり汲み取られていた。こういう軸でのコラボレーションを私は初めて見たので、いかに深いところで共鳴し合えるかがファッションとアートの融合には大切なのだなと思いました。
中嶋:深いところ、というのは協業するうえでは重要ですね。キム・ジョーンズ(Kim Jones)やヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)はよくアーティストと組んでコレクションを作っていますが、アートに精通している2人だからこそクリエイションも深く、ファッションを通じて作品を世に広めたいという意思が感じられます。
村上:アーティストの作品をプリントして直感的に「いいね」と思わせるのも大事なのですが、商業的なコラボレーションの多くはそれが“作品”ではなく“柄”としてしか認識されていません。個人的には、アーティストがどういう人で、作品がどんなコンセプトで、それが服作りとこういう共通点があるから協業した、という背景を伝える方が説得力があり、消費者にも受け入れられると考えています。とはいえ、アートの入り口を広げるのはとっても大事なことなのですけどね。
現在の“アートバブル”の弊害
WWD:昔に比べてアートとファッションの距離感が縮まったと感じる?
中嶋:最近はSNSの浸透もあり、アートがより身近になりました。例えば美術館の展覧会に行くにしても、昔は意識的にアンテナを張っていないと気が付かなかったのが、今ではみんながSNSでシェアするから意識しなくても情報が入ってきます。
村上:確かに距離は縮まりましたけど、アートは敷居が高く狭い業界というのは相変わらず。それがよしとされてこれまで成立してきた部分もあるのですが、最近はその壁がちょっと強固すぎる気もしています。だから親しみやすいファッションとつながることで、その壁が少しでも崩れるといいですね。
WWD:ファッションとの商業的なコラボレーションに否定的な声はない?
村上:アート界には服が好きな人が多いので、まだ現役アーティストの場合は特にどういうレベルでのコラボレーションかをシビアに見られている気がします。レベルというのは、組むブランドも含め、作品をファッションでどう表現しているかや、両者の創造性が合致しているかなどです。
WWD:外から見ると敷居が高く狭い業界、というのはファッション界も同じでは?
中嶋:そうですね。だからこそお互いを高め合う協業がしたいんですよ。ファッションの商業的な部分をポジティブに生かしつつ、アート界も一緒に盛り上げていきたい。両方が好きな僕からすると、純粋にファッションもアートもたくさんの人に知ってもらいたいという気持ちだけなので。
WWD:日本では最近、アートがよく売れていると聞くが?
村上:確かに、アートバブルではあると思います。起業家や経営者がアートを買い始めて、それが徐々に広がっていますね。ただ、本当に好きで買っている人もいれば、資本として見ている人、著名人が“いいね”したから買っているなどさまざまで、作品の価値がガラパゴス化してしまっている。今、世間で1500万円前後で取引されている有名アーティストの作品が、アート界での価値が実はゼロに等しいということも珍しくありません。美術作品はいかに新しい創造性を生み出しているかが重要なので、過去の有名作家の作風を焼き直しても、美術作品としての価値はないんです。世間の印象と作品の価値のギャップを埋めるのが批評だと信じてはいるのですが、深く難解な批評によって世間からの敷居を高くしてしまっているというのも否定できません。
中嶋:外から見ていると、今のアート界は少し前のファッション界と重なる部分があるので学ぶ点が多いですね。ファッションでも、自らの価値を落としてまで目先のバズを追いかけると、長期的には衰退していくだけ。だからこそシンプルに、作り手の人柄や、どういうものに影響を受けたか、なぜ今このクリエイションなのかという背景を伝えてきたいし、ファッションメディアにもそうあってほしい。服や作品の純粋な価値がビジネスにつながる環境を、デザイナーとして作っていきたいです。