「クーゼス(KEUZES)」は、女性の体型に合うメンズパターンのオーダーメードスーツを提供する。2019年に同ブランドを立ち上げた田中史緒里代表(27)は、女性として生まれるが性自認が未定である「FtX」(Female to X)を公表する。田中代表が、スーツの選択肢の狭さを感じていたことから、ブランド名はオランダ語で「選択肢」を意味する言葉を付けた。店舗は持たず、田中代表自身が顧客の元に直接足を運び、採寸を行っている。スーツ以外にも、生理用ナプキンを付けられるボクサーパンツの販売や、4月にはLGBTQ+のカップルに向けたオリジナルウエディングサービスも開始した。田中代表にブランド立ち上げの背景や今後の目標について聞いた。
WWD:田中さんのジェンダー・アイデンティティについて教えてください。
田中史緒里クーゼス代表取締役(以下、田中):LGBTQ+にはさまざまな種類がありますが、中でも一番近いのが「FtX」でした。男性になりたいわけではなく、性自認は中性、パートナーは女性です。思い返すと、七五三のメイクや、成人式の振り袖にとても抵抗がありました。学生時代は「LGBTQ」という呼び方は知っていましたが、当事者の自覚はありませんでした。
WWD:当事者と自覚したきっかけは?
田中:高校卒業後に派遣で勤めたテレアポの会社で、同僚が当たり前のようにカミングアウトしていたんです。女性として入社した同僚がホルモン注射を始め、男性に変わっていく様子も身近に見ていました。私が認める前に同僚から「お前も当事者だよ」と教えられました。
「スーツでどれだけの人が、どれだけのことを諦めているんだろう」
WWD:「クーゼス」を立ち上げた背景は?
田中:LGBTQに向けて何かしたい思いが大きくなり、23歳で会社を立ち上げました。具体的な事業内容は決めていませんでした。正社員になるなら、自分の好きなことに携わりたいと思っていました。でも、それがなかったので、どうせなら一人でどこまでできるか挑戦してみようと思ったんです。
田中:普段から洋服の悩みは尽きませんでした。ウィメンズの服は嫌なので、メンズアイテムで探すんですが、一番小さいものでもサイズが合わない。結局いつもオーバーサイズを貫いていました。特に困ったのがスーツ。一番初めは成人式で「何を着ようか」と迷った末、自分の体型に合うものを探しましたが、見つかりませんでした。友達の結婚式に呼ばれるようになると、その悩みは本格化しました。上下別々で買ったアイテムでそれらしく見えるように努力はしていましたが、せっかくのお祝いの場なのに、こういう格好でしか一生参加できないと思うと、悲しかった。周りの当事者にも同じ悩みを持つ人がいて、だとしたら、「世の中にはスーツでどれだけの人が、どれだけのことを諦めているんだろう」と思い、オーダーメードスーツブランドの立ち上げを決めました。
WWD:アパレル関連の仕事は未経験だった。
田中:まずスーツ工場に電話をかけまくりました。服飾の知識はなかったですが、そこでテレアポの経験が生きました(笑)。工場に「何も分からないんですが、メンズのパターンで女性サイズにできますか?」と話すと、相手は「ここをこうしたら〜」と説明してくれるんですが、その専門用語が分からず、イライラされることの繰り返しでしたね。一件だけ興味を持ってくれた工場があり、「作りたいものを形にして見せてほしい」と言われました。そこで、個人のパタンナーさんに協力してもらい、着たいスーツが出来上がりました。パタンナーさんにも、なぜ私がこのスーツを作りたいのか、これまでの悩み、「LGBTは左利きの人よりもたくさんいるんです」といったことも含めて重要性を熱弁して理解を得ました。
WWD:ブランド立ち上げ後の反響は?
田中:SNSで簡単な告知をした時から「楽しみです」といったポジティブな反応を予想以上にもらいました。実際に始めると、初月で売り上げが100万円を超えました。会社の経営も少しずつ学ぶつもりが、すぐに全国を回る日々が始まりました。
WWD:田中さん自身が採寸に出向いているんですね。今までにどれくらい回ったんですか?
田中:コロナで移動が制限された時期がありましたが、これまでに数百件は行きました。注文数が最も多いのは、成人式を迎える人たちからです。次に多いのが、結婚式などのイベントを控える20代前半から30代後半。「私が若い時にこんなものが欲しかった」と感動し、オーダーしてくれた40代もいました。ターゲットは、LGBTに特化せず、広く「体が女性サイズで、カッコいいスーツを着たい人」に提供していきたいです。
「あなたを見て救われる人がいます」と伝えています
WWD:オーダーした人たちからはどんな反応がありましたか?
田中:感謝の言葉をたくさん頂いています。あるお客さまから、親が最初はメンズスーツを着ることに反対だったけど、届いたスーツを着て見せたら「似合ってるね」と褒めてくれたという話を聞きました。一方で職場に「クーゼス」のスーツで出勤したら、同僚に「なんで女なのにメンズスーツを着てるんだよ」と言われて傷付いたという連絡をもらったこともありました。
WWD:LGBTQ+への理解が進んでいない環境では、そういったことも起こり得る。
田中:発言した人は傷付けるつもりはなかったのかもしれません。当事者に対してどんな部分に配慮すべきかを教える教育は必要だと思います。私も以前の職場では受け入れられていましたが、周りに「結局(性別は)どっちなの?」と聞かれ、私自身答えをまだ見つけていないので困ってしまうことがありました。一方で、当事者側の壁を作らない努力も必要だと思います。先日、インディードジャパン(Indeed Japan)が主催する「インディード レインボー ボイス」のイベントに参加しました。そこで当事者の方から、「カミングアウトできず、周りと距離を置いてしまう。カミングアウトする相手はどのように見極めるべきか?」との相談を受けました。私も最初の会社がなければ、同じ悩みを抱えていたと思います。相談者の方は最終的に、ゲイであることを打ち明け、受け入れてもらえたと言います。私もカミングアウトした人たちを見て助けられました。もちろん、カミングアウトするかしないかは個人の自由ですが、誰かがすることで「自分も言っていいんだ」と思える人が出てくると思います。「クーゼス」のスーツを着て外に出ることも、同じように勇気のある行動です。購入してくれた人たちには、「いろんな意見があるかもしれないけど、あなたを見て救われる人がいます」と伝えています。
WWD:4月にはLGBTQ向けのウエディングサービスも開始した。
田中:オリジナルウエディングをプロデュースする会社スペサンと組んで始めました。当事者カップルの理想の結婚式を実現する内容です。現在、問い合わせは数件ですが、このサービスを継続することに意義があります。私も含め、同性のカップルの多くは結婚を自分ごととして考えている人が少ないからです。「自分たちも結婚について考えていいんだ」と意識が変わる、会話のきっかけを作りたい。
田中:今後もお客さまの声に耳を傾けながら、サービスを拡大していきたいです。お客さまとはいつも友達になるつもりでいるんです。採寸に行っても、スーツの話ではなく、「最近、困っていることはない?」といった話がほとんど。そういった会話の中で、当事者が抱えている課題が自ずと見つかります。生理用ナプキンが付けられるボクサーパンツは、まさにお客さまとの会話の中でニーズを発見しました。
WWD:「クーゼス」を通してどんな世の中を実現したい?
田中:次の世代は、自分が着たいものを悩まずに手にできる世の中であってほしい。そのためには「クーゼス」だけでは難しいので、どんどん競合が増えてほしいです。全ての人にとって「選択肢」が当たり前にある世の中を目指します。