超極薄のテキスタイル「天女の羽衣」で知られるテキスタイルメーカーの天池合繊(石川県七尾市、天池源受社長)が、自己破産申請の準備を行っていると、北國新聞などの地元紙が報じた。負債額は3億5000万円。同社は「天女の羽衣」で、「ものづくり日本大賞」経済産業大臣賞(2013年)、グッドデザイン特別賞(2014年)を受賞するなど、高い技術力で知られていた。主力事業は産業資材用の合繊織物の受託生産がメーンで、このコロナ禍で厳しい状況が続いていたと見られる。「天女の羽衣」は小松マテーレの子会社が引き継ぐことになると見られるが、「現時点でコメントできることはない」(小松マテーレ広報)という。
天池合繊は1956年創業の製織業者。「天女の羽衣」は、同社が受託生産からの脱却を目指し、極細のモノフィラメントを緻密に織り上げるメッシュ織物に参入。新規用途の開拓に取り組む中で生まれた。わずか7デニール(デニールは糸の太さの単位、7デニールは9000メートルでわずか7グラムの重量しかない)のモノフィラメントを、1インチあたり130本もの数を均等に並べた超高精細のメッシュ生地で、非常に軽く薄くセロハンのように透けながら、光を乱反射させる一方で、細かなメッシュがユニークな風合いを持っていた。
同製品を見た伊藤忠ファッションシステムのクリエイティブディレクター(当時)で、パリの素材見本市「プルミエール・ヴィジョン(PREMIERE VISION)」のトレンド委員のメンバーでもあった池西美知子氏が“天女の羽衣(欧州名はSUPER ORGANZA)”と名付け、積極的に国内外で発信したことでファッション業界で広がるきっかけになった。なお、同製品を初めて衣服に仕立てたのは、ウェディングドレス界の大物デザイナーの桂由美だ。2005年に当時はアパレル業界では全くの無名に等しい同社が石川県主催のテキスタイル展示会で初めて披露したときに、展示会を訪れていた桂氏が同製品を発見し、すぐに自らがデザインするウェディングドレスに使用したという。
「天女の羽衣」は海外でも評判になり、パリのオペラ座に採用されたほか、スイスの名門テキスタイルメーカーのヤコブ・シュラエファー(Jakob Schlaepfer)が「天女の羽衣」を基布に使い、片面にだけ特殊な加工を施したプリントしたインテリア向けのテキスタイルは、透明なセロハンのように薄いのに裏面から見るとプリント柄が見えないという幻想的な表現が高い評価を受け、2009年のレッドドットデザインアワード(Red Dot Design Award)の最高賞である「ベスト・オブ・ザ・ベスト」を受賞した。
ある繊維関係者は「1インチに130本もの極細のモノフィラメントを並べて織る技術は難易度が非常に高く、高い技術力と周辺機器も含めた内製化が必要になる。負債の大半はそうした設備関連を購入するための借り入れだったのではないか」と見る。
「天女の羽衣」は業界関係者にファンは多かったものの、法人向けのテキスタイルの価格としては異例の1メートル5000円以上という高値から大口の受注を獲得が難しく、天池社長自らが売り場に立ち、有力百貨店の催事でストール販売も行っていた。ただ、製織業者が小売りまで手掛けるのは難易度が高く、本業の受託生産の落ち込みをカバーするまでには至らなかった。
「天女の羽衣」の登場以前、モノフィラメントを使った高細度なメッシュ織物は液晶テレビの電磁波シールド材などに使われる産業資材で、日清製粉子会社のNBCメッシュテックなどメッシュ専業メーカーの独壇場だった。同社の登場後は有力なオーガンジーメーカーも参入し、オーガンジーの歴史に新たな一歩を加えることにも繋がった。子会社を通じて「天女の羽衣」を引き継ぐ小松マテーレは、「モンクレール」を筆頭に欧州の有力ブランドへの販路を持つ。今後、様々な加工を加えることで、「天女の羽衣」の再生に期待がかかる。