「苦戦する老舗アパレル」「百貨店前年割れで老舗アパレルが……」と多くのメディアが報じる。そうした中で、来店するお客様の声に耳を傾けて、最適なものを提案、販売しているその企業の店頭のショップスタッフはどんな状況なのか。三陽商会の運営する「ラブレス(LOVELESS)」ニュウマン横浜店の片桐涼副店長は、そんな世間の空気を軽やかに乗り越えている。目の前のお客様や顧客のために何ができるか考え、できることからやってみようと片桐さんが始めたこととは。
―メディアでは定期的に老舗アパレルの商況が報じられていますが、率直にどう感じていますか?
片桐涼さん(以下、片桐):三陽商会は他の老舗アパレルとともに、そういった業界ニュースで必ず話題に上りますので、家族やお客様から心配する声をいただくこともありますね。
―そうですよね…。でも、2016年に入社される時点で、百貨店を含め、アパレル業界は斜陽業界と揶揄されていましたが、なぜこの業界を希望したのでしょう?
片桐:就活する時期になって、改めて何を仕事にするか、何が好きなのかって自問自答をした結果、ファッションが優先順位の高いところにあり、それを仕事にできたらハッピーだなと思ってアパレル業界に絞って就活を始めました。中でもラブレスは学生時代からよく足を運んでいた店の一つ。働きたいショップの一つでした。
―ファッションに興味を持ったきっかけは?
片桐:実家が長野県上田市なのですが、ファッションの流行が少し遅れて届くんですよ。僕が高校卒業する頃、地元ではギャルやギャル男が一番イケている存在だったんです。東京の大学に進学が決まり、「上京するなら髪の色を明るくしてイケてる服を着ていかないと」って思うじゃないですか、でも実際に東京に出てきたら流行はキレイ目にシフトしていたんです(笑)。キャンパス内のオシャレな人を観察して、ファッション雑誌を読み込んで、たどり着いた先がセレクトショップ。東京に一緒に上京した仲の良い友人3人が、文化服装学院に進学していて、友人たちはさらに先に行っていたので、友人たちからも影響を受けました。
―その友人たちとは今も交流が?
片桐:はい。一人は同じアパレル業界にいるので交流はあります。あと二人は転職の末に異業種に行きました。
―同じ業界で頑張る仲間がいるのはうれしいですね。ところで就活は販売職が希望だったのですか?
片桐:就活中や入社したての頃は、大きな夢や目標を持ちますよね。服が好きなのでいつか自分の店を持ちたいと漠然と考えていました。服の知識もないので店で働きながら勉強しようと、最初の頃は思っていました。例えば地元に戻ってセレクトショップを作るとか……。
―それは良いですね。実際に働き始めてどうでしたか?
片桐:たぶん、皆さん同じことを感じていると思うのですが、思ったよりも体力的にしんどい (笑)。好きな服に囲まれているのはいいのですが、外から見るのと、内側から見るでは全く見える景色が違いました。加えて、僕の場合はアパレルでのアルバイトも未経験、専門学校で服の知識を学んできていないので、専門学校を卒業している同期との差を感じました。
―元々はお客さま側でしたもんね。
片桐:そうなんです。ただ服が好きと言う理由でこの業界に踏み出してみて、今思うと当時の自分は勇気があったなと思います。アパレル経験や専門知識を身につけてきた同期との差は明かだったので、まず、その差を埋めようと努力しました。
―販売員さんの取材でも圧倒的に普通の大学を出た方が多いです。ただ、確かに服作りの工程やパターン、素材など専門学校で学ぶ最低限の専門知識を持っていた方が働きやすい。
片桐:たとえば美容師は国家資格ないと髪は切れませんが、この業界は服が好きな人なら誰でもできる可能性がある。でも、お客様から見たら店長クラスのキャリアがある人も入社1年目の販売員でも“ファッションのプロ”。そう考えて、少しでも早くプロの販売員になろうと思いました。
―どんなことをされました?
片桐:セレクトショップで働くようになると、自分の得意ではないテイストやブランドも扱うことになるので、そういったものの着こなし方を勉強しました。自分の好きなブランドは勝手に情報が入ってくるので、知らないブランドを意識的に覚えました。入社してすぐに無印良品で5冊組のノートを買い、表紙に「ブランドノート1」と書いて、ネットや雑誌などで調べたブランドの歴史や情報などを手で書き写しました。手書きが一番頭に入るので。3カ月でそのノート5冊を使い切りました。
―それは凄い!
片桐:最初の配属先が代官山店で、僕以上にファッションやブランドに詳しいお客さまが来店されるので、その方たちに対応できる知識が必要だったんです。当時はとてもオシャレな方やブランドで全身固めた方が来ると、怖くて話かけられませんでした(笑)。
―そうですよね。この方を納得させる自信はないって思いますよね(笑)。でもそういう高感度なファッションを知っているお客さまとも対等にお付き合いできるような自分になるために知識を高めようとされたんですね。
片桐:入社直後は、そこに一番注力しました。それから、ブランドの勉強以上に一番苦労したところは会話です。先輩たちは僕が接客経験浅いのを知っていたので、まずは会話することに馴れてもらおうと商品情報を一切話さない日常会話のロープレをよくしてくれました。これはとてもありがたかったです。あと、学生の頃以上にいろんな店に行きました。馴染みのセレクトショップはスタッフとすでに仲が良いので、逆にあまり行かないセレクトショップやブランドの直営店に行くようにしたりとか。。あえて知らない体で「今はこういうのが流行っているんですか?」とわざと質問して、商品の情報を聞いてみたり、接客を受けて、自分の接客に落とし込んでみたりとか。とにかく人の技を盗みに行きました。
―その中でもどこが一番勉強になりましたか?
片桐:やはりブランドの直営店ですね。おもてなし含め、知識量が半端じゃない。今でも印象に残っているのが、「バルマン(BALMAIN)」の直営店です。いつものように接客を受けていたら、当時ブームだったバイカーデニムについてかなり細かいことまで丁寧に語ってくださっていたのですが、ふと目を向けたところに3枚組のパックTが目に入ったので「バルマンでもパックTがあるんですね」とポロっとこぼしたら、想定以上のセールストークが返ってきて驚きました。「Tシャツでもこんなに喋るのか、この人たちは……」と衝撃を受けました。自店にもパックTを販売していたので、僕もこれぐらいを返せないといけないんだなって改めて思いました。それが、販売員がつくれる付加価値だと思うんです。
―ブランドバリューがあればいいですが、それも崩れつつある今、どうしてこの商品をこの店で販売するのか、なぜお客様に勧めるのか、そういった価値を伝えることが大切になりそうですね。その勉強が生かされた瞬間は?
片桐:キャリアを重ねるごとに「お兄さん、詳しいですね」と言われることが増えてきました。嬉しいのは信頼されて「名刺ください」と言っていただいたときです。
―それは今まで勉強してきた甲斐がありますね。それでは最後に今後の目標を。
片桐:日々忙しく仕事していると、それに追われて、入社したてのころの夢を結構忘れてしまいます。「自分の店をやってみたい」と入社前に抱いていた夢を、昨年のコロナ禍が襲う少し前から考えるようになりました。何か行動を起こなきゃと思い、バイヤーに「バイイングに興味があるので、次回の展示会によかったら同行させてください」と伝えました。
―おぉ!この営業自粛期間は本当にいろんな事を考えるきっかけになりました。アクションを起こしたのですね。
片桐:そうです。いつしか、本当に自分の店を作ることができるとなったら、バイヤーの仕事を身につける必要があるなと思ったんです。連絡したのは昨年2月頃だったの、3月の秋冬展示会シーズンには連れて行ってもらいました。それ以降、展示会には毎回同行して、店頭目線の意見を伝えています。特別な肩書きはないですがバイヤーについていき、お客様の代理として商品を買いつけている気持ちで行っています。
―まずはバイヤーについて知識を増やすということですね。自分が選んだ商品の売れ行きは?
片桐:ぼちぼちといったところです(苦笑)。ですが、直接デザイナーさんのお話を聞いて得られた感動をスタッフに共有し、さらにお客さまにまで色濃く伝えることができて、いい流れを作ることができたと思っています。バイヤーはなかなか店頭に立つことはできませんから、自分がその仲介役として、デザイナーの思いをお客様に届ける導線が作れたらと考えています。