南貴之を形容する言葉を見つけるのは、なかなか難しい。「職業は?」と問うと、本人も答えに窮するほどだ。ブランドのディレクションやPRを主たるビジネスとするアルファの社長であるが、公式ホームページにはほかに“クリエイティブディレクター”“ブランディングデザイナー”“バイヤー”とある。
セレクトショップ、カンナビスのバイヤーや、同じくセレクトショップのワンエルディーケー(1LDK)のクリエイティブディレクター、米国のセレクトショップ、ニードサプライの日本におけるディレクターを経験し、現在はモバイル型(移動式)コンセプトストア、フレッシュサービス、ギャラリー機能を持つキュレーション型セレクトショップ、グラフペーパー、1909年創業の書店、有隣堂とパートナーシップを結び東京ミッドタウン日比谷の3階にオープンしたヒビヤ セントラル マーケットのクリエイティブディレクターや、京都のコーヒー専門店、小川珈琲の総合ブランディングディレクターなどを務める。直近では7月3日から「ニート(NEAT)」デザイナーでPR会社にしのや社長の⻄野⼤⼠と組んで、“タンスの肥やしを一軍に押し上げる”新ブランド「タップウォーター(TAP WATER)」を販売している。
そんなジェネラリストの南社長とは、実は20年来の付き合いがある。しかし、時にひょうひょうと時に苛烈に多様な仕事をこなす彼の実像は捉えてられていなかったかもしれない。そこで“1日南貴之”になって、そのスゴさのわけに(少しだけ)迫ってみたいと思う。
らしさの秘密01 「グラフペーパー」編
時に100%を出し切り、時に影に徹する
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“1日南貴之”体験のはじまりは、グラフペーパー青山でのディスプレー指導だった。忙しく全国を飛び回る日々だが、「時間が許す限り店には顔を出したい」と南社長。多岐にわたるアルファの事業の中で、「グラフペーパー(GRAPHPAPER)」は売り上げシェア6割ほどを持つ基幹ビジネスだ。「特に、卸が好調」だという。客層は25~35歳がコアだが、20代から50〜60代と幅広く、男女比は8:2ほど。東京・青山以外に日比谷、またフランチャイズ契約で仙台と京都で店舗を運営する。
「グラフペーパー」は当初、同店の販売員のユニフォームとして誕生した。セレクトしたアイテムを侵食しない「無味無臭なもの」を数型だけ作ったが、“南貴之的定番服”が次第にバイヤーの間で話題となり、その声に応える形で2017年に卸をスタート。「産地にこだわり、工場を回りまくって」具現化されたアイテムの人気は、ご承知の通りだ。
今後の出店計画については、「人・物件、共に縁ありきだが、福岡などを考えている」と答えた。また8月末から9月上旬にかけて、青山店の3階にギャラリー「白紙(仮)」をオープン予定だという。
<“1日南貴之”体験後感>
撮影のセッティングの合間に、直感的にディスプレーを変えたり、スタッフに指示を出したりする一方で、セール初日でたくさんの客が訪れるのを適宜誘導。“全体が見えているな”と感じた。ただし店舗ではあくまでバッカーとして存在し、接客は販売員に任せる。仙台店と京都店にもお邪魔したことがあるのだが、スタッフに聞くと「シンプルながら、こだわりを詰め込んだアイテムが『良質なものが好き』という地元っ子に受けている」とのことだった。和歌山の吊り編みTシャツや、画期的なワンサイズ提案のシェフパンツなどは南社長もふだんから着用しており、ここにも“自分が着て心地良いものしか売らない”信念が表れている。
らしさの秘密02 「喫茶 談話室」編
一見無駄と思えることにも妥協はしない
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“好きが高じて”の極みとも言えるのが、「喫茶 談話室」だ。現在35ブランドをPRするアルファのプレスルームの一角に、18年12月にオープンした。南社長は、「サンプルの貸し出しは梱包などに時間がかかることがあるので、その間に休憩してもらおうと作った」と話す。リースで訪れたスタイリストのほか、打ち合わせ時の編集者やクライアントにコーヒーなどを無料提供している。かつてはプリンアラモードやコーラフロート、クリームソーダがメニューに載ったこともある。
内装にもこだわりは満載で、1980年代の日本製の照明や大理石の灰皿、レトロな食器、絵画は「骨董市などで、こつこつ買い集めたもの」。閉店した喫茶店から机やソファー、イスなども譲り受けた。かくして完成したのが、昭和レトロな空間だ。
南社長は、「家で仕事をすることはなく、もっぱら喫茶店派。打ち合わせ相手も、無機質なオフィスなどよりはリラックスでき、クリエイティブな会話ができる気がする。僕はかなりのヘビースモーカーなのだが、昨今はたばこを吸える場所が激減……。それなら作ってしまえ!と。無駄なことにお金をかけることも時には大事」と笑う。
<“1日南貴之”体験後感>
事前ミーティングや撮影時、南社長は「定位置」だというソファー席に腰を据えながら、たばこを吸いながらコーヒーを飲み、またたばこに火を付ける。その間も次々とスタッフに指示を与え、確認事項は徹底させる。瞬時に考え、瞬時にアクションする。「あくまで洒落」と謙遜するが、「喫茶 談話室」はアルファのクリエイティビティーを理解してもらうのに十分な装置であると思うし、談話室をハブとして“客”同士の新たな関係が生まれたこともあるという。用意されたコップをよりフォトジェニックなものに変えようとしたところ、「これにもこんなこだわりがある」と熱っぽく説明してくれた。「喫茶 談話室」の備品には代替可能なものはなく、全てに必然性がある。
らしさの秘密03 「小川珈琲」編
飲食にファッションのノウハウを
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アルファは18年から京都のコーヒー専門店、小川珈琲をプロデュースしている。ここでの南社長の肩書は、総合ブランディングディレクターだ。“コーヒーカルチャーを未来に届けるための新業態”と位置付ける「オガワコーヒー ラボラトリー」では、建築デザイナー、関祐介らのマッチングやスタッフのユニフォームを担当し、東京・桜新町の1号店を20年にオープン。7月30日には、小田急電鉄が下北沢に開業した商業施設リロード内に2号店を開店する。“1日南貴之”体験の締めくくりは、同店の施工現場の視察に同行した。
下北沢店のコンセプトは“体験型ビーンズストア”で、「おいしいコーヒーを淹れるためのメソッドを学べる実験室のような場所」だという。例えば、バリスタが選んだ40種類の器具を自由に組み合わせ、客自身が焙煎や抽出に挑戦できる。コーヒー豆も買って帰るだけでなく、店でキープが可能。プロ推奨のベストな方法で保存でき、「自分で淹れてもいいし、バリスタにお願いしてもいい」。
コーヒー好きを自認する南社長と小川珈琲の出合いは14年までさかのぼる。「フレッシュサービスのポップアップイベントでコーヒー豆を作りたいとなり依頼先を探していたところ、かつての部下から小川珈琲を紹介された。味も香りも強いのが特徴で、すぐにファンになった」。南社長がクリエイティブディレクターを務めるヒビヤ セントラル マーケットには定食屋兼居酒屋の「一角」などがあるが、純粋な飲食事業を扱うのは初。それについて聞くと、「本来、門外漢であるわれわれが依頼を受けた理由は明白。ファッションのノウハウを用いて、1+1を3以上にしたい」と答えた。
■オガワコーヒー ラボラトリー シモキタザワ
オープン日:7月30日
時間:8:00~20:00(L.O.19:30)
定休日:不定休
住所:東京都世田谷区北沢3-19-20 リロード1-1
<“1日南貴之”体験後感>
実は、「喫茶 談話室」が提供するコーヒーにも小川珈琲の豆が使われている。さまざまな業務を同時進行し、ジャンルもファッションにとどまらないが、南社長には一気通貫したこだわりがある。施工中の作業員に気さくに声を掛け、労をねぎらう。愛おしそうに完成に近づく店舗を見つめるまなざしには、責任感と少年のようなキラキラが共存していた。
<全てを終えて>
とにかく忙しい――南社長を1日体験させてもらった率直な感想だ。それでいてSNSなどを見ると、遊びも真剣。“よく働き、よく遊ぶ”を地で行く南社長。最後に休みはあるのか?と問うと「ない」と即答し、暫時あって「なんでもやる会社を作ってしまったから仕方ない(笑)」と続けた。その横顔は忙しさすら楽しんでいるように見えた。