2022年春夏シーズンのコレクションサーキットが本格開幕した。ほぼデジタル発表だった前シーズンから世界の状況は少しずつ好転し始めており、リアルでのショーやプレゼンテーションを開催するブランドも増えた。パンデミックを経て街はどう変化し、ファッション・ウイークはどう進化しているのか。現地からリポートする。
再びボンジョ〜ルノ〜!パリ・メンズ・ファッション・ウイークが閉幕して数日後、またもやイタリアに戻ってきました。今回は、メンズファッション最大の見本市、ピッティ ・イマージネ・ウオモ(PITTI IMAGINE UOMO以下、ピッティ)の取材のためにイタリア・フィレンツェを訪れました。ピッティは、パンデミックの影響により2回のオンライン開催を経たのち、6月30〜7月2日に約1年ぶりにリアル開催しました。そして今回は記念すべき第100回目!果たしてどんな人が来て、何が起こっていたのか。フィレンツェでの2日間をお届けします。
出展ブランドは約半分
メイン会場は今回も変わらず、フォルテッツァ・ダ・バッソ(FORTEZZA DA BASSO)です。入場するためには、48時間以内に実施した綿棒検査の陰性結果or予防接種証明書or感染後の完全回復証明書のどれかが必須。私はフランスからイタリアへ入国する際の必須書類である陰性結果を持参していたのと、会場内には無料で迅速抗原検査を受けられるブースが設けられており、入場に手間取ることはありませんでした。
通例なら約1200ブランドが出展するところ、今回はメンズウエア350社、子供服113社、生地メーカー86社と約半数の規模で、その大半がイタリア国内のブランドでした。ピッティのルカ・リッツィ(Luca Rizzi)=ディレクターは「毎シーズン恒例で出展していた大手ブランドが参加しない分、新しいブランドが出展でき、僕らや来場者にとって新たな発見となるだろう」とポジティブに語ってくれました。今年の来場者は6000人以上で、うち4000人以上がバイヤーとなり、イタリア人以外は全体の30%弱。国外からはヨーロッパ諸国からの来場者が大半で、アメリカからはバーグドルフ・グッドマン(BERGDORF GOODMAN)などニーマン マーカス グループ(NEIMAN MARCUS GROUP)の大型デパートのバイヤーも来場していたようです。ジャーナリストは700人以上で、うち半数がイタリア以外からの参加でした。会場ではイタリア在住のジャーナリスト以外にも、日本から渡伊したジャーナリストや高島屋百貨店ミラノ駐在員のバイヤーも見かけました。
意外な日本人デザイナーコラボ登場
会場で「ドルチェ&ガッバーナ(DOLCE&GABBANA)」や「ブルネロ クチネリ (BRUNELLO CUCINELLI)」などをのぞきつつ、イタリアブランド「ヘルノ(HERNO)」のブースへと入りました。メインラインでは、艶のあるナイロンをマットに仕上げたストレッチナイロンや、ネオプレンを使ったバイカラーのダウンジャケットなど、異なる素材やカラーを組み合わせた新たなデザインを披露。シルエットは定番のレギュラーとリラックスに加え、新たにオーバーサイズを用意していました。ネイビーブルーやストロベリーレッド、キャメルなどのカラーは、他の色とも組み合わせやすく、色で遊ぶスタイリング提案だそうです。環境に配慮したライン“グローブ(Globe)”では、埋め立て環境や海洋環境で生分解されるペットボトルからのリサイクルポリエステルを使用した中綿を使用しています。機能性に特化した“ラミナー(Laminar)”ラインは、登山や海のアウトドアとアーバン向けの日常使いが兼用できるレインコートをはじめ、ブレザーやトレンチコート、新作のフード付きボンバージャケットといったアウターが豊富でした。
イタリアの高級カジュアルブランド「ポール&シャーク(PAUL & SHARK)」では、「ホワイトマウンテニアリング(WHITE MOUNTAINEERING)」とコラボレーションした3ルックを発見。アウトドア&アーバン向けに提案するフィールドコートとフィールドジャケットは、「ポール&シャーク」が自社開発した特殊なポリエステル素材"TYPOON 20000”を使用しており、防水、防風、保温性に優れた高機能アウターです。
期待の次世代デザイナーブースへ
午後にはメイン会場内の屋外で、サステナブルを強化した若手デザイナー15ブランドをショー形式で紹介する“サステナブル・スタイル”をチェック。ショー後に、気になったブランドのブースへ。一番印象的だったのは、ペルー出身でパリを拠点に活動する「D.N.I」。双子のパウロ&ロベルト・ルイズ・ムニョス(Paul & Roberto Ruiz Munoz)が2019年に立ち上げ、故郷ペルーを着想源としたメンズウエアが中心です。温かみのある南国カラーで彩られたコレクションは、ペルーの職人がハンドメイドで施す繊細な刺しゅうやニットが特徴です。ペルーの街並みをそのままプリントしたシャツが300ユーロ(約4万円)、ニット500ユーロ(約6万5000円)と頑張れば手が届きそうな価格帯。現在の販路はベルリンのブー ストア(Voo Store)とパリの百貨店プランタン(Printemps)、自社ECとのことでした。
ショーではインパクト薄めでしたが、実際に見ると手編み感にほっこりしたのが、昨年デビューのニットウエアブランド「パッチョーリ ストゥディオ(PATCHOULI STUDIO)」。イタリア出身のアンドレア・ザノラ(Andrea Zanola)=デザイナーが、デッドストックやリサイクル素材を使って手編みで制作しています。ニットウエアに限定しているのは「トレンドレス、ジェンダーレス、シーズンレスだから」と話す23歳のアンドレア。リサイクルカシミアを使ったフィッシュネット風のウエアは、外出制限中にユーチューブを見て習得したというクロシェ編みで作られています。背景が今っぽい。
ニートの“ピッティくん”?
ピッティ名物の一つである、会場周辺をウロつくコスプレーヤー(?)の“ピッティくん”も少人数ながら頑張っておりました。写真を撮らせてもらった“ピッティくん”は全員イタリア人で、各ブランドからの依頼でモデルとして会場を徘徊するのがお仕事。インフルエンサー志望やデザイナー志望、学生、定年退職者のほかにも、「ファミリアと一緒に住んでて仕事はしていない」という40代の方も!会期中は連日34度前後の暑さでしたが、“ピッティくん”はスーツで決め込んでブランドのPR活動に熱心でした!
リモートで「アミ」に取材
2日目はフィレンツェから「アミ アレクサンドル マテュッシ(AMI ALEXANDRE MATTIUSSI)」のアレクサンドル・マテュッシ=クリエイティブ・ディレクターへのズーム取材でスタート。スクリーン越しで2022年春夏コレクションを見ながら説明を聞きました。テーマは「“美しい逃避(Beautiful Escape)”。抑制から解放された新しい始まりに、人々が最高にドレスアップを楽しむ様子をイメージしたんだ」と言います。ライトグリーンやイエローのポップカラーのタキシード、クリスタルをちりばめたドレスなどパーティー向けのルックで快活な印象です。新作バッグ“アコーディオン”はバニティケース型で、旅の再開も意味しています。「今は抑制から自由への移行期間。明るい未来を想像しながら、希望を詰め込んだコレクションを届けたいんだよ」と満面の笑顔で語ってくれました。
テべ・マググの鋭い視点
ズーム取材後は、19年に「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(LVMH YOUNG FASHION DESIGNER PRIZE以下、LVMHプライズ)」グランプリを受賞した南アフリカ出身のデザイナー、テべ・マググ(Thebe Magugu)のプレゼンテーションに参加しました。自身初のメンズウエアも初披露したコレクションのタイトルは“二重思考(Doublethink)”。イギリスの作家ジョージ・オーウェル(George Orwell) の管理主義的社会を風刺した小説から着想を得たそう。プレゼンテーションは、警察署の待合室から尋問室へと移り、公衆電話を使って政府の汚職を内部告発するといった内容です。その背景には、「パンデミックにより南アフリカの汚職が深刻化し、経済的に困窮しているだけでなく、医療や教育など、あらゆる選択肢が奪われた人々が増えているから」と語りました。コレクションは「権威の象徴」であるスーツが要です。マサイ族が着用する民族布のブランケットやマサイチェックをまといながら、ハットやウエスタンブーツの小物とのスタイリングによって最終的にはカウボーイルックに仕上げています。完璧に作り上げた世界観に引き込まれ、1時間以上に及んだプレゼンテーションを堪能しました。この後、南アフリカの前大統領が大規模な汚職事件への関与によって、2日前に実刑判決が言い渡されたばかりだと知り、マググの洞察力にも感心させられました。
「グッチ」の展覧会で夢見心地
ピッティの会場を出てルイーザ・ヴィア・ローマ(Luisa Via Roma)のプレス担当者とランチをした後は、「グッチ(GUCCI)」のギャラリー「グッチ ガーデン(GUCCI GARDEN)」の展覧会に足を運びました。現在はアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)=クリエイティブ・ディレクターが現職に就任後の6年間に発表した広告キャンペーンと、独創的なマニフェストを五感で刺激する体験型エキシビションを開催しています。15のスペースを歩いて回ると、まずは30台のスクリーンを備えたコントロールルームから始まり、東京のネオン街、幻想的な庭園、ポップスターが集まるディスコと続き、肌で風を感じる林の中で迷子になると、いつの間にやら地下鉄へと乗り込んでいました。各スペースは香りや温度も異なり、時空を超えたパラレルワールドを旅しているような、空想の世界へと没入できる初感覚のエキシビションでした!これは現実なのか夢なのか――会場から出てもなお、不思議な空間を漂っているようでした。体験型の展覧会にこれだけ没入できたのは初めてです。入場までに30分待ちましたが、それでも行く価値が十二分にありました!フィレンツェのおみやげにと、世界最古の薬局サンタ・マリア・ノヴェッラ(Santa Maria Novella)で購入したティーやお香で、メンズ・ファッション・ウィーク&ピッティの楽しくも多忙だった数週間の疲れを癒すことにします。チャオ!