後藤愼平デザイナー(28)が手掛ける「M A S U」は、2022年春夏コレクションを東京・品川の寺田倉庫で7月31日に発表した。ショー形式の発表は、2月に行った21-22年秋冬シーズンに続いて2回目。今シーズンもKing Gnuの常田大希が主催するクリエイティブ集団「ペリメトロン(PERIMETRON)」の佐々木集が演出を担当した。招待状はシルバーの封筒に入って届き、中には“silver lining in the cloud”と書かれたカードが入っていた。“困難なときにも必ず希望はある”という意味のことわざである。この日発表された東京の新型コロナウイルス感染者は4058人と過去最多を記録。多くの人が不安を抱える中、それでも会場に足を運んだ約100人の招待客はファッションに希望の光を求めていたのだろうか。
社長が青ざめた豪華セット
ショー会場に入ると、ランウエイには巨大な星のセットが連なっていた。招待客に配られたポーチにも星、スタッフのTシャツにも星、そしてモデルが着用するウエアにも星、星、星。よく見ると星のセットの内側には銀の裏地=silver liningまで付いている。「ショーの予算を見てビックリした」と、ブランドを運営するソウキ(SOHKI)の陳晨社長が頭を抱えたほど、細部に至るまでこだわった。そんな空間に圧倒されていると、若手インディロックバンドのウォーター(Waater)による疾走感溢れる演奏と共にリハーサルがスタート。終始静かに見守っていた後藤デザイナーだったが、モデルのウオーキングだけは最後まで調整が続いた。「もっと首を前に出して」「もっと力強く」「エレガントじゃなくていい。もっと疾走するように」――そんな指示を送っていた理由は、コレクションにある思いを込めていたからだった。
見え始めた自分のスタイル
招待客が席に着くと、約5分遅れでショーが開始。ウォーターの演奏と共にたっぷりとたかれたスモークの雲海を、モデルたちの力強いウオーキングが割って行く。コレクションは、前シーズンに提案した性別や世代の超越に挑むクリエイションを踏襲。そこに無数の星のモチーフをちりばめ、ノスタルジックでドリーミーなムードを加えた。レザーのフリンジ付きベストにはレーザーカットで流れ星を描き、ネップ感のあるマキシ丈のコートにはおもちゃのような星のボタンが付くなど、重厚な素材とキャッチーなモチーフを対比させる。裾をプリーツスカートのように仕立てた花柄のロングシャツは、19世紀の英国人テキスタイルデザイナーでアーティストでもあったウィリアム・モリス(William Morris)の作品がモチーフだ。またビビッドなグリーンやレッド、ギラギラとまぶしいシルバーやゴールドなど、強いカラーパレットもショーの疾走感を加速させる。伸縮性のあるポップコーントップスや光沢のある糸を使ったクラシックなスーツ、シアー素材のアーミーパンツは前シーズンでも見られたテクニック。これまで定番品を作ってこなかった同ブランドには珍しいアプローチである。「前回のコレクションは、自分が将来的にキャリアを振り返ったときに、間違いなく上位に入るぐらい好きだった。ブランドのスタイルが見えたシーズンだったし、アイテムを定番化してもいいと思えた」と後藤デザイナー。その自信は22年春夏にも表れており、エモーションを喚起する視覚的なクリエイションと、着た人を驚かせるクラフツマンシップのバランスの良さに磨きがかかっていた。もったいなかったのは、たっぷりすぎたスモークによって服の繊細なディテールがかすんでしまったことだろう。
“スター”時代の輝きを取り戻せ
今回のキーモチーフに星を選んだのは、後藤デザイナーの未来への希望と、自身のルーツが関係している。「今年2月に初めてのショーを終えて自分自身は充実していたけれど、社会は混沌としていて、前向きな未来が描きづらい状況だった。そんなモヤモヤした中でも希望はあると信じ、未来に向けて力強く進んでいこうという願いを込めたかった」。その思いが、ウオーキングに力強さを求めた理由だった。また“スター”のように輝いていたかつての自分の気持ちも重ねた。「服に夢中になり始めた当時は、『名古屋で俺が一番かっこいい』と本気で思い込んでいた。でも上京すると、自分よりかっこいい人やすごい人は山ほどいて、気が付けば、星のようにトガっていた部分が徐々に取れて丸くなってしまっていた。でもこれから前に進むために、そのときの強い気持ち、輝いていた心を現代風に解釈して蘇らせたくて、星をインスピレーションに用いた」。星は分かりやすいモチーフのため、ともすれば“子供っぽい服”になる危険性もある。「M A S U」には30〜40代のファンも多いため、ここまで大胆に星を多用することは勇気が必要だった。しかし、後藤デザイナーのクリエイションの根幹にある、1970年代ファッションの強弱を付けたシルエット、原色を取り入れた色使い、個性豊かな表情の素材など、決してハードルが低くないスタイルにドリーミーなモチーフをちりばめることで、会場にいたアラフォー世代の心も高揚させた。「もし“子供っぽい服”に見えたとしたら、その人の心が丸くなっているのかも」と後藤デザイナー笑う。
ショーを終えると、ほんの数分前までは「大丈夫じゃない」と口にしていた陳社長の表情は輝いていた。この経営者と作り手の強い信頼関係も、ブランドの強さの一つである。難しい状況でのリアルショー開催となり、否定的な意見もあるかもしれない。しかしそれでも、ファッションには未来を描く夢があること、そこに向けて一歩踏み出す後押しをしてくれる力があることを「M A S U」は感じさせてくれた。会場には、後藤デザイナーと同年代の若手デザイナーも複数来場していた。彼らをはじめ、この日来場者の心を射した輝きはやがてまぶしいほどの大きな光となり、ファッションの未来を照らす希望へとつながるだろう。