世界最大のスニーカー・スポーツウエア小売店、米フットロッカー(FOOT LOCKER)は8月2日、スニーカー専門店「アトモス(ATMOS)」などを運営するテクストトレーディングカンパニーを3億6000万ドル(約396億円)で買収すると発表した。創業24年、本明秀文社長が一代で築き上げたスニーカーショップに400億円近い値がついた。テクストトレーディングカンパニーの2020年8月期の売上高は175億円で、今期はコロナ禍でも190億円まで伸びている。そもそも、なぜ愛する「アトモス」を売却したのか?M&Aに至った経緯から今後の展望まで、本明社長の本音を聞いた。
「最終的には面白いか面白くないか」
ーー一夜明けての周りの反応は?
本明秀文テクストトレーディングカンパニー社長(以下、本明):まず何よりもメーカーが驚いている。これまでアトモスはスニーカーのカルチャーを売ってきた。一方、フットロッカーは世界最大のスニーカー量販店で、ビジネスモデルも客層も違う。だからアトモスもフットロッカーのように多店舗化して量販へシフトするのか?という問い合わせが多いが、そうじゃない。アメリカのようにショッピングモールに何千店舗も出店するビジネスモデルを日本やアジアで展開してもうまくいかない。僕たちはフットロッカーの力を借りて、これまでと変わらず、これまで以上のスピードでスニーカーカルチャーを根付かせたい。そうすることがシナジーをもたらすと思っている。
ーー売却の背景と具体的なお互いのメリットは何か?
本明:クオリティー面では、これまで日本には仕入れられなかった商品を、フットロッカー経由で日本でも販売できるかもしれない。掛け率(下代)も、アトモスより大量に仕入れるフットロッカーの方が有利だ。スケール面では、日本以外のアジアへの出店が最優先だが、その若い市場に対して量販店をただ出店してもスニーカーカルチャーは根付かない。だから僕たちの得意分野であるカルチャーをそこで売る。フットロッカーはやっぱり世界一のスニーカーの量販店だし、スニーカーならどんなものでも手に入る。ただ、これまではそこにコンセプトがなかった。だから量や仕入れに関してはフットロッカーの力を借りて、そこに僕たちがイベントや別注商品を仕掛けて“熱狂”をクリエイトしていく。生意気な言い方かもしれないが、フットロッカーも絶対に変わらないといけない。高齢化や地方の過疎化、都市の過密化が進めばこれまでのビジネスモデルは通用しなくなる。だからお互いの得意分野を生かして新しい市場を取りに行く。
ーー売却の決め手は?
本明:最終的には面白いか面白くないか。フットロッカーと一緒にビジネスができれば、「アトモス」を次の成長段階に進められると考えた。
ーー3億6000万ドルという評価額については?
本明:具体的な交渉はアメリカのパートナーであるジョン・リー(John Lee、元ユービックライフのオーナーで現在はアトモスUSAの共同代表)に任せていたので、ほとんど関わっていない。それと実は、まだフットロッカーから僕のジョブディスクリプションが届いていない。僕の価値はスピード感と判断力。「売れる」「売れない」を即決できる実行力にある。それが、組織が大きくなることで遅くなると意味がない。だからその辺りの制約についてはこれから話し合う。お互いにとって高い買い物だったか安い買い物だったかは、やってみないと分からない。
ーーこれまでの「アトモス」はどう変わる?
本明:「アトモス」「アトモス ピンク」「トーキョー23」の屋号はこれまで通り。スタッフもそのままで、関わり方も変わらない。
ーーフットロッカーの日本進出はあるか?
本明:聞いていない。
ーー売却益でやりたいことは?
本明:考えていない。僕が得意なのは、スニーカーの商売。全然分からない分野のことを仕事にしても成功できないし、そんなに世の中甘くない。だけどやっぱり面白いから辞めないわけで、その面白さは僕たちの企画が世の中に受け入れられたとき。たとえ失敗しても、受け入れられなかった原因が何だったかを分析し、反省するのも面白い。
ーー次の目標は?
本明:ここまで来たら、スニーカー業界での世界制覇。今のアメリカのスニーカーブームは原宿から始まったカルチャーだと思う。「フライトクラブ(FLIGHT CLUB)」創業者のダメニー・ウィア(Damany Weir)が、僕の「チャプター(CHAPTER)」(本明社長が最初に始めた店でスニーカーを並行輸入して販売していた)のビジネスモデルをアメリカに持って帰った。自分たちだけでやろうとするとすごく時間がかかることを、今度はフットロッカーの力を借りながらもっとスピードを上げて、少し違った形でアジア中に広げていく。アジア各国に3店舗ずつぐらい「アトモス」を出店するとか。僕たちが育てたスニーカーカルチャーを多くの若者に伝えていきたい。