サステナビリティ

細尾が考える西陣織の継承 伝統工芸×最新技術で織物の未来を映す 【前編】

 西陣織で知られる細尾は、伝統工芸の西陣織に先端テクノロジーを用いて新しい織物を表現して、注目を集めている。3月22日~6月27日にHOSOO GALLERYで開催した「Ambient Weaving 環境と織物」展では、東京大学の筧康明研究室とZOZOテクノロジーズ(以下もカードも)と協働して“環境情報を表現する織物”“環境そのものが織り込まれた織物”を展示した。12代目の細尾真孝代表取締役社長が考える西陣織を継承することとは何かを聞いた。

WWD:西陣織を継承するためにテクノロジーを用いてさまざまなことに取り組まれていますが、その意図を教えてください。

細尾真孝代表取締役社長(以下、細尾):まずその前に、西陣織の歴史から話をさせてください。西陣織は1200年間ずっと、美を上位の概念に置いてきました。特に京都が都だった1000年の間は、天皇、将軍、神社仏閣に向けて、お金に糸目をつけないオーダーメードのものを作り続けてきました。オーダー元と対等な関係だったことも西陣の特徴のひとつで、すごく面白いですよね。

WWD:クライアントと対等とは。素晴らしいですね。

細尾:また、西陣は組織ではあったけれど、所属などは関係なく、あくまでフラットに職人たちが協業してきました。西陣と呼ばれる半径5km圏内のエリアに代々、染めをする職人さん、糸の準備をする職人さん、箔を織る職人さん、箔を切るスペシャリストであるカッターさんと呼ばれる職人さんがいる。これは、効率化のための分業ではなくて、究極の美を追い求めた結果での分業なんです。

WWD:美を追求した結果の分業は、いわゆる現代の効率化を求めた分業とは異なりますね。

細尾:はい。産業革命以降の大量生産・大量消費の中で、多くの物を多くの人に届けていくことで、恩恵を受けた部分もありますが一方で、人が幸せに、豊かになるために突き進んだ結果、物を作り過ぎて売れなくなって――ドーピングのようにマーケティングして、人々の欲望をかき立てて、どんどん捨てさせて。でもこれって限界ですよね。これからは“調和”が重要になってくると思うんです。

WWD:調和とは?

細尾:いろんな調和があります。例えば環境との調和。環境といっても何が環境なのか、何が自然なのかをもう一度捉え直すタイミングにきていると思います。つまり、東京生まれ東京育ちの現代っ子にとっては、都市やコンクリートの方が自然でしょう。じゃあ里山ってどうなの?人の手を入れないとできないですよね。手付かずの自然は果たして日本にどれだけあるのか――織物の歴史は9000年前に始まっていて、常に人とともにありました。ちなみにガラスは6000年前に始まっているので、織物はガラスよりも古いわけです。織物は常に、体と自然との間にあったものなんです。

織物で面白いと思うのは、ただ暖をとるだけだったら、毛皮や木の皮を巻いていればいいんですが、人は木を繊維状に分解して、撚糸して、糸にして、次に、それを織った。最初は体を織機にしながら織ってくわけです。美を求めていたんですよ。機能だけを求めたら必要ないことですよね。つまり、常に美を求めていくというところが人間たらしめているところで、その過程でテクノロジーが生まれています。

WWD:西陣織もジャカード機を導入して大きく変わりました。

細尾:はい。西陣織の転換期は150年前です。もともと西陣において紋織物は、経(たて)糸を上げ下げする中で緯(よこ)糸を入れて柄を展開しながらストラクチャーも織り込んでいた。そもそも西陣は1200年前、5〜6世紀に中国で発明された空引機(そらひきばた)が日本にやってきたことから始まりました。経糸の上げ下げに、高機(たかばた)の上に人が上がり、綜絖(そうこう)という経糸を上げ下げする操り人形のようなものを上げ、経糸が上がるとその間に下の人が織るという、人力で息を合わせながら紋織物を織っていました。上の人と下の人の息が合わなかったら全然織れないし、1日で織れるのが数mm程度。1年かけてようやく1反を織って、それを納めていた。それでも買い上げてくれるクライアントがいました。

150年前の明治の遷都で、国の体制ががらっと変わった。クライアントだった将軍はいなくなり、同じくクライアントの天皇家も東京に移った。誰もそんな高い織物が買えなくなったわけです。

そのときに西陣の命運を懸けて当時の最先端の織物の技術があるといわれていたフランスのリヨンに、3人の若い職人を船で派遣した。リヨンで何が起きていたか——1801年に1人の天才、ジョゼフ・マリー・ジャカール(Joseph Marie Jacquard)さんがジャカード織機を発明していた。パンチカードという穴が開いたボール紙を用いて、この穴が開いているところだけ縦糸が上がる仕組みを作った。人力で上げていた動きをプログラム化したわけですよね。これを何百枚も重ねて、人が一つ一つやっていたことが自動化されました。技術革新を起こすことによって、今まで1日数mmしか織れなかったものが1m、2mと織れるようになった。100年後には一般の高級帯として買えるようになり、一気にマスに広がりました。

WWD:機械化したことで効率化できました。

細尾:この話のポイントは、普通はマスに機械化・自動化したり、複雑な織物はやめて簡単に早く織れるようにしたりする方向に進むのですが、西陣は、美はそのままに、テクノロジーを新しく持ち込むことによって美をキープしつつ新しい社会の代謝に合わせたところです。

ご存じのとおり、ジャカード織機が発明されて、その後にジャカード織機にインスピレーションを受けて発明されたのがコンピューターです。初期のコンピューターはパンチカードですよね。だから、織物とコンピューターの相性はめちゃめちゃいいわけです。縦糸が上がるか下がるかが、コンピューターのバイナリーコードのゼロ・イチの世界ですし、当然、織物の縦横がビットマップの世界にもなった。何が言いたかったかというと、美を生み出すために人はテクノロジーを生み出していったということです。トヨタももともとは織機メーカーで織機を造っていましたが、動力の織機を造っていた技術を用いて車を造るようになりました。

WWD:先端テクノロジーを導入することが美や新しい技術の追求につながる、ということでしょうか。

細尾:そうです。織物の文脈で考えると、美が一番上位の概念にあって、その過程で、さまざまなテクノロジーを生み出しているんじゃないかなと思ったわけです。そういうこともあり、2017年から3人のコンピュータープログラマーと1人の数学者と、織物から生み出されたコンピューターの最先端の技術を使って、今まで人類が誰も生み出すことのできなかった織物を開発しようと試みています。

WWD:具体的にこれまでどういう織物を開発されましたか?

細尾:織物は平織り、綾織り、朱子織り、捩り織りとあります。平織り、綾織り、朱子織りは三原組織といわれていますが、この三原組織を一切使わない組織を作りました。また、織物はリピートして織られることが多いのですが、リピートがなく、斜めにも走っているような織物を作りました。普通ならばできないのですがそれをぎりぎりのところでコンピューターで計算しながら美しい織物を展開するというアプローチを試みました。おそらく9000年の人類の歴史の中で誰も生み出せなかった組織を、美の中に生み出したと思います。

WWD:なるほど。その後、「Ambient Weaving環境と織物」というタイトルでHOSOO GALLERYで環境と織物を表現しました。

細尾:環境情報を織り込もうというプロジェクトです。例えば、温度によって柄が変化していく織物。温度は目に見えない環境情報ですが、それとテキスタイルが連動していくものだったり、目に見えない紫外線によって硬化する織物など。あとは、植物が下から上に水を吸い上げる様子を糸化して可視化したものなどです。

WWD:イメージするのが難しいですね。

細尾:ぜひ見ていただきたいです。3日ぐらいかけて変わるんです。あれ、こないだ黄色だったのが変わった、みたいな変化も楽しめます。

WWD:言葉で表現するのが難しいですね。

細尾:そうですね。あとは、織物をコンピューター化したものもあります。一つは、PDLCという素材。弁護士事務所とかでボタンを押したらスモークがかかったりするあれです。あれを糸化しました。それを箔と織り、電気を通すとスモークが透明になり、オフにするとまたスモークがかかります。一本一本が基盤につながっていて、全部コンピューター制御しています。

WWD:突然透明になるってことですよね。

細尾:ちょっと変態チックになりますけど、いきなりヌードになったり、もできます。

WWD:つまるところ織物と環境で表現したかったことは?

細尾:先ほどお話ししたように、織物は常に人と自然の間にありました。今の電子制御の世界って実は、結構今の自然に近いと感じたというか。そういう意味で、これからの?現代の?自然や環境は何なのかっていうのを問いかけるような展覧会になっています。

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