「ジェンヌ(JENNE)」は、2019年10月に石川・金沢を拠点にスタートしたウィメンズブランド。店舗を持たないD2C(EC)ブランドとして運営してきたが、8月13日に東京・神宮前に1号店をオープンした。場所は表参道ヒルズからすぐという一等地。プレオープン期間中には名古屋や鹿児島から駆けつけた熱心なファンもいたという。聞けば、21年9月期の売上高は10億円の見込み。もともと知名度のあったインフルエンサーによるブランドではないのに、立ち上げ2年弱でこれだけの実績を叩き出すケースはそう多くはない。夫婦でブランドを手がける宇佐見章ジェンヌ・インターナショナル社長、宇佐見結花ブランドマネージャーに話を聞いた。
10年にウェブマーケティングで起業した2人がファッション領域に踏み込んだのは15年のこと。第3子の出産がきっかけだった。「マタニティウエアは着る期間もデザインも限られ、買いたがらない妊婦さんも多い。みんなが着たくなるようなマタニティウエアがあったらいいなと思った」(結花マネージャー)。それまで2人ともファッションビジネスの経験はなかったが、聞きかじった情報をもとに韓国・ソウルの東大門市場で手探りで商品を買い付け。次第に買い付けではなくオリジナルで生産するようになった。それが、今も継続しているマタニティウエアのECブランド「チョコア(CHOCOA)」だ。
「当時は服の作り方なんて全く分からない。それでも、偶然つながった中国の縫製工場の女性社長に、下手な絵でデザインを説明して作ってもらっていた。授乳のための面ファスナーをつけてほしい位置は、サンプルにガムテープを貼って伝えていた」と2人。「ノウハウもネットワークもなかったから、ガッツだけでやっていた」と笑いながら振り返る。
徐々に服作りには慣れてきたが、「マタニティウエアだと、ファンになってくださったお客さまも妊婦の期間が過ぎると去ってしまう」。一般のアパレルブランドを手掛けたいという気持ちが募っていた19年の夏、休暇で訪れたパリで現地の60〜70代女性のファッションに心を奪われた。「そのとき私が着ていたのは、いわゆる“日本のトレンド”みたいな服装。パリのマダムは(トレンドと関係なく)思い思いの服を着ていて、それがとても似合っていた。『自分の好きな服を着ればいいんだ』と強く感じた」と結花マネージャー。パリでの気持ちの昂りそのままに、フレンチシックを取り入れたエレガンス服、「ジェンヌ」を10月にスタートした。
ここまで読んで、「素人っぽい」と感じる人もいるかもしれない。でも、1990年代にマルキュー系の中小ブランドが急成長したときも、最初はきっとこんな感じだったはず。それにSNSが浸透した今は、素人も玄人も関係なく情熱こそが共感を呼ぶという傾向がますます強まっている。それを証明するように、現在の「ジェンヌ」の公式インスタグラムフォロワー数は8万7000人。21年6月に越境ECを開始したことで立ち上げたグローバル向けアカウントと合わせると、フォロワーは9万人超だ。
強みのカスタマーサポートは専任者が3人
インフルエンサーや芸能人のブランドが、立ち上げと同時に記録的な売り上げを叩き出すことは珍しくない。誤解しないでほしいのは、結花マネージャーはもともとインフルエンサーだったわけではないという点だ。「私のこともブランドのことも誰も知らなかった」と繰り返す。だからこそ、商品の販売開始前からインスタグラムでコツコツと発信を重ね、コメントがつけば丁寧に返信してきた。「他のブランドのSNSを見ていると、コメントへの対応が淡白だなと感じることが多い。今は誰でも服を作ることができる時代だからこそ、お客さまが何を欲しているかを察して返信することで、信頼関係につながると考えた」。
その言葉通り、結花マネージャーは毎朝、インスタグラムのコメントやカスタマーサポートに届いたメール全てに目を通す。電話でかかってきた内容も把握している。ただし、ここまでは他のブランドでも当たり前のこと。「ジェンヌ」の強みだと感じるのは、社員14人(ウェブマーケティング事業、「チョコア」事業と合わせた社員数。表参道店の販売員も含めると20人)のうち、カスタマーサポート専任として3人(兼任者も含めれば4人)を割いているという点だ。好調なD2Cブランドでも、カスタマーサポートがここまで体制としてしっかりしている例は一部を除いてあまり聞かない。
「これまではD2Cで店がなかったからこそ、お客さまの満足度をいかに高めるかを考え、カスタマーサポートに注力してきた。テキストでのやり取りでも電話口でも、機械的な対応はしたくない。カスタマーサポート業務を外注するのではなく、社内で担っている意味を考えようとは常に言っている」と章社長。その日に届いたメールやコメントはなるべくその日中に対応し、返品やサイズ交換の要望にはできるだけ応じているという。
もちろん「会社としてのルールはあるので全ての要望に応じられるわけではないし、ブランドとしてブレてしまうような意見まで取り入れることはない」。それでも、「『できかねます』『(少し糸が出ているといった指摘に対し)そういうものです』といった回答でお客さまとの会話を毎回終わらせていたら、成長はない。自分がお客さまの立場だったらと想像して、できる範囲で何が可能かをその都度考える」と2人。その結果、「かなり怒っていたお客さまが上位顧客になってくださったケースもある」という。
試着ブースは6つ、「それでも足りない」
表参道店は、バックヤードなども含めた総面積が約132平方メートル。入り口すぐのスペースはパリのカフェをイメージしてテーブルやイスを置き、パリ在住の友人に頼み、動画通話でリモート買い付けしたというマグネットやボールペンなどの手頃な雑貨を陳列している。店の奥は試着スペースで、試着ブースは6つもある。それでも「プレオープン時には足りなかった」そうだ。試着ブースの周りにも大きなイスやテーブルを設置。「ECではできなかったおもてなしをしたい」という思いを反映している。
家賃が高くても出店先に表参道を選んだのは、「お客さまは全国にいるので、上京したときに分かりやすい立地がよかった。それに、たとえうちの店で買いたいものがなかったとしても、表参道を歩くだけでもきっと楽しい気分になってもらえるから」。その言葉通り、プレオープン期間には冒頭でも紹介したように、名古屋や鹿児島、神戸から訪れた客もいたという。「ジェンヌ」で打ち出しているテイストが、もともと“神戸エレガンス”や”名古屋エレガンス“と呼ばれていた系統のファッションと近しいだけに、関西・中京方面の客とは特に相性がよさそうだ。
既存のエレガンス系百貨店ブランドにはない「ジェンヌ」の強みは、D2Cであることを生かした買いやすい価格設定。きれいなフィット&フレアシルエットを追求したというロング丈のニットドレスは1万4000円(税込)。取材時に店頭にあった商品で一番高価格だったのは、生地を10メートル近く使ってフレアのボリューム感を出したという布帛のドレス、2万3800円だ。原価率はアイテムによって異なるが、「高いものは45%ほど」という。
客層は30〜40代が中心だが、年齢を問わず“好きな人はずっと好き”というテイストだけに、10代の娘とその母親、祖母といった、3世代のファンもいるという。表参道の店舗にも、近隣に住む70代女性などが訪れている。今秋以降、名古屋や大阪の百貨店でポップアップストアも実施予定だ。冒頭で紹介した21年9月期で10億円という売上高の見込みは、ウェブマーケティング事業や「チョコア」を含まない「ジェンヌ」だけでの数字。ポップアップストアや表参道出店効果で知名度が上がり、生産数量の増加とともにより精度が高まっていけば、さらなる飛躍も期待できそうだ。