「ファッション人は政治を語らない」。これまでは“常識”だったその考え方が、急速に変わりつつある。経営者たちは政治、倫理問題に対する意見を公で求められ、それがブランディングや企業価値へと直結し始めた。なぜこのような変化が起きているのか、企業人が求められる姿勢とは?最新号で「ビジネスと民主主義」をテーマに特集を組み、新疆ウイグル問題にも踏み込んだ「オルタナ」の森摂編集長に話を聞いた。
WWDJAPAN(以下、WWD):サステナビリティ(持続可能性)を軸に幅広い業界を見ている森さんから、アパレル市場はどう見えますか?
森:確かに問題が多い業界だと思います。最大の課題は着られずに捨てられる服が多い、廃棄の問題でしょう。また、コットンは地球上で最も農薬を使う農作物です。真っ白なコットンボールを包みこむ「萼」(がく)を取り除くために大量の枯葉剤を使い、土壌汚染や労働者の皮膚・呼吸障害などの健康問題を引き起こしています。これにようやく目が向けられている状況です。
WWD:課題が可視化している背景をどう考えますか?
森:ミレニアル世代やZ世代の存在が大きいです。エデルマン・ジャパンによる「トラストバロメーター」(信頼性調査)によると、Z世代の87%が企業に(社会課題への取り組みなどの)「誠実さ」を求めています。だからZ世代が消費者、生活者の中心になると企業にはますます社会課題への取り組みが求められます。彼らは社会の中核、企業の管理職になりつつあります。ファッションはサプライチェーンが長いからCSRリスクも多い。最近では、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が記者会見で、新疆ウイグル問題に関して「政治的なことにはノーコメント」と発言し炎上しましたが、今は企業にとって「沈黙はリスク」です。
WWD:ファッションと政治は絡めない、がこれまでの“常識”でした。なぜ「沈黙はリスク」なのでしょう。
森:「ノーと言わないリスク」とも言い換えられます。社会的な不公平・不正義があったら、企業はそれに対してしっかりノーと言わないといけない。新疆ウイグル問題はアメリカを取るか、中国を取るか、という議論になりがちです。しかし真実は人権侵害があったのか否か。ないのであれば堂々と言えばいいのです。ただ監査に行くのが難しい場所もあります。であれば「ノーコメント」ではなく「これからしっかり調べて対応します」が正しい答えだったと思います。
WWD:「オルタナ」最新号では、「ビジネスと民主主義」と題して特集を組み、変わり始めている企業と社会の関係性を考察しています。
森:アメリカでもこれまでは「企業は政治的なことに口は出さない」姿勢が大半でしたが変わりつつあります。たとえば、今年3月に米国ジョージア州議会が可決した「投票制限法」に対して、コカ・コーラとデルタ航空のCEOが明確にノーと発言しました。デルタ航空のエド・バスティアンCEOは「この法律は受け入れられず、デルタの価値観と一致しない」とメッセージを出しました。
WWD:期日前投票時に写真付きの公的身分証の提示を義務付け、投票所に行列する有権者への水や食べ物の提供禁止などを盛り込んだ法律ですね。
森:企業経営者自身も、消費者や従業員に突き動かされています。「ウチの会社はなぜこう言った問題に無関心なのですか?発言しないのですか?」と社員から問われる。日本でその昔、「外国人には政治と宗教の話はタブー」だと教りましたが、実は日本人同士の方がタブーではないでしょうか。キナ臭い部分は一切タブーで、経営者がかかわっていたとしてもブランディングには絡めない。でもそのタブーを避けることこそリスクになりました。
青い柔道着をめぐる柔道界の問題
WWD:日本がグローバルビジネスにおける「ルール形成」の場に入れない一因でもありますね。
森:国際ルールが突然できて、決定の輪の中にいない日本が不利になるケースはあらゆる局面で見受けられます。最近、「青い柔道着と脱炭素」をテーマにコラムを書きました。日本人には青い柔道着は受け入れがたかった。だけど世界にその声が届かず「判定がしやすい」という理由で青の柔道着が採用されました。日本発祥のスポーツなのに、日本人が柔道着の色を決めるのに発言力を持てないとは。それも日本がルール形成の場で発言をしていないから起きるのです。
WWD:「白は日本柔道の伝統と精神の象徴だから」では通らなかったのですね。
森:ロジック(論理)やエビデンス(証拠)がないと通りません。日本企業にとってストレスフルな構造はこれからも続くと思います。日本の企業人は比較的「利益か環境・社会か」の二者択一で考える傾向にありますが、企業を守り成長させるためには「どちらか」ではなく「どちらも」です。また、欧米のサステナビリティの取り組みは、まず未来に起点を置いてからロードマップを描く「バックキャスティング式」(縄梯子方式)です。バックキャストでないと「脱炭素」は実現できませんから。ところが日本では一段一段、「段梯子」を登る「フォアキャスティング」の方が気質に合うので、限界があります。
WWD:「オルタナ」は2007年創刊。サステナビリティを早くから取り上げてきましたがなぜですか?
森:「オルタナ」は英語の「alternative(オルタナティブ)」から採りました。日本語では「もう一つの選択肢」という意味です。それまで日本経済新聞の経済記者として取材を続ける中で、「20世紀の資本主義」の矛盾や問題が山積していると感じていました。21世紀はそれを解決してよりよい資本主義になるべきだという思いでこの本のタイトルをつけました。サステナビリティはその中で重いウエイトを占めています。
売り上げや利益といった財務指標は企業にとって大事だが、もう一つのモノサシがあるーーという命題、それがオルタナティブです。氷山に例えると財務指標は水面より上に出ている部分。水面下はダイバーシティやブランド価値、人材力、プライド、そしてサステナビリティ。氷山の下をちゃんと取り組まないと全体が溶けてしまうと伝え続けています。
WWD:ファッションやビューティで注目している企業は?
森:「アヴェダ(AVEDA)」や「パタゴニア(PATAGONIA)」「ボディショップ(BODYSHOP)」などは1970年代からサステナビリティのメッセージを発信していますよね。動物実験を行わない「アヴェダ」が創業時から発している「美しさに犠牲はいらない」というメッセージはクリアです。この言葉は、全ブランドに共通する普遍のテーマだと思います。
【ウイグル問題とは】
中国のウイグル地区で生産されている“新疆綿”を巡る問題。「H&M」や「パタゴニア」などが人権問題から新疆綿の取り扱いを止めると発表したことに対して中国の国営メディアなどが激しく非難。一方日本のグローバル企業は「同地区で生産されている製品はない」(ファーストリテイリング)、「重大な違反は確認していない」(無印良品)と発表し、使用を継続。柳井正ファーストリテイリングの会長兼社長は4月8日の記者会見で「これは人権問題というよりも政治問題。政治問題にはノーコメント」と話し物議をよんだ。