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連載 辻愛沙子と語り合う新しい教養

アルカの辻愛沙子に聞く小売りや消費の未来 西武渋谷店に“スタンスを問う”D2C売り場がオープン

 西武渋谷店は9月2日、パーキング館1階に“メディア型OMOストア”をうたう「チューズベース シブヤ(CHOOSEBASE SHIBUYA、以下チューズベース)」をオープンした。半年ごとに変わるテーマに沿ってD2Cブランドを集積する売り場で、オープン時は「タイムリミット」をテーマに、環境に配慮したファッションやビューティ、食品など54ブランドをそろえる。D2Cの集積売り場は近年増えているが、「意味に出合い、意志を買う」売り場を目指すという「チューズベース」は、そのどれとも毛色が異なり、「社会に対して自分はこうありたい」といった打ち出しがはっきりしている点が特徴的。それもそのはず、売り場のコンセプト策定や内装デザイン、キービジュアルを担ったのは、“社会派クリエイティブ”を掲げ、報道番組のコメンテーターとしても活躍する辻愛沙子アルカCEOだ。辻CEOに、売り場に込めた思いやこれからの消費のあり方を聞いた。

WWD:そごう・西武の担当者からSNSのダイレクトメールで熱烈なラブコールを受けて、今回の取り組みが始まったと聞いた。

辻愛沙子アルカCEO(以下、辻):最初は小売りの未来について一緒に考えてほしいとお話をいただきました。小売りの未来、つまり消費の未来を考えると、もちろんDX(デジタルトランスフォーメーション)などの機能面の進化は重要ですし、「チューズベース」でもそれは要の1つです。ただ、それとは別の話で、この1、2年で社会が急激に変わったと感じます。企業がESG経営やSDGsを強く打ち出すようになっていますが、そういった流れは企業だけのものではなくて、むしろ生活者からのボトムアップによって社会が変わってきている。

 そうした変化の中で、ブランドも「社会に対して何を届けるのか」ということを考えるようになっている。同時に、私自身を含め、生活者も“便利”“安い”“近い”といったこと以外の価値を消費に求めるように変わりつつあります。環境によいものとそうでないものが同じ価格で並んでいるなら、環境によいものを選びたい。なんなら、ちょっと高くてもそっちを買いたいという人が増えています。それなのに、小売りの世界は従来のままで、利便性や(テイストによる区分のような)トンマナによるカテゴライズが中心。例えば百貨店も、まず性別でフロアが決まって、そこからテイストで細分化されていきますよね。そういうカテゴライズではなくて、思想やスタンスでキュレーションされた売り場があったらいいなと思いました。バイブス近い人たちが集まっている、みたいな売り場です(笑)。

WWD:バイブスが近い人が集まる場所というのは、具体的に言うとどんなイメージか。

辻:北海道物産展とかは、北海道好きな人が集うものなので近いと思います。あとはニューヨークに住んでいたとき、日本食が食べたくなると日本のお店が集まっているエリアに行きました。そこに行けば見慣れた「チキンラーメン」があってほっとできて、しかも日本から来ている人が多い。みんな知らない人たちなんだけど、なんだか安心する。そんな感覚があります。国内でも、飲食店だと同じアイデンティティーやバイブスを持った人が集まっている場所ってありますが、商業施設にはいろんな人が来るし、それが多様性でもある。それは良いこと。ただ、私とは“ガワ”(見た目やファッション)が全く違って、マーケティング分類では絶対同じペルソナにならないような人が、実はバイブスは近いっていうことがあると思うんですよね。そういう人たちが集うお店って、個人でやっているセレクトショップとかではありますが、ある程度の規模の商業施設では私は見たことがないです。

“パーパスドリブン”な売り場があったら面白い

WWD:売り場が目指すあり方を、「意味に出合い、意志を買う」場所と表現しているのが印象的だ。

辻:目指したのは、未来の社会にはどんなものが必要かというパーパス(PURPOSE)を軸にして、ブランドや生活者、メディア、KOL(インフルエンサー)などが集う場所です。そこには、お客さま、そごう・西武、ブランドというようにさまざまな主語があるんですが、みんな見ている方向は同じで、同じパーパスを共有しているという連帯がある。そんな“パーパスドリブン”なお店が出きたら面白い。商品として、機能性やデザインが優れていることは前提です。その上で、大量生産・大量消費の社会の中でなぜこの商品を作るのかというスタンスを明確にし、お客さまはただ買うのではなく、これを買うことで社会に対してどんな意味があるのかを考える。そんなふうに、意味や意志を選び取っていく場所にしたいと思っています。

 ただし、説教臭い場所にはしたくない。売り場で商品からテーマに入るからこそ、「これがかわいい」とか「おしゃれ」とかが先に来て、堅苦しくならない。そこにこそ、百貨店やブランドができることがたくさんあると思います。学校とかで教える直接的な学びだけでなく、商業施設やブランドがいろんな切り口から社会に向き合うきっかけを作る。気づきの入り口のような場所になればと思います。

WWD:立ち上げ時のテーマは「タイムリミット」。「サステナビリティ」や「SDGs」といった最近よく聞く言葉ではなく、どこかフワッとした「タイムリミット」という言葉を選んだ意図は。

辻:繰り返しになりますが、テーマ設定はあくまでクエスチョニング(問いかけ)であって、それを選ぶか選ばないかはお客さまやブランドのスタンス次第です。「チューズベース」という名前の通り、「これが正解です」というアンサーベース(答えありき)の場所にはしたくない。ただ、「タイムリミット」という言葉を選ぶ際には分かりやすさとの葛藤はすごくありました。今回に限らず、「もっと説明的で分かりやすい言葉を使ってほしい」と(クライアントから)言われるケースはよくあります。でも、例えば「サステナビリティ」って言葉を出されちゃうと、もうそれが答えみたいで「はいはい大事ですね、以上、完!」みたいになってしまうんですよね。だから、「タイムリミット」という言葉で違和感を作りたかった。タイムリミットには誰にでもそれぞれの解釈があるからこそ、何を選ぶかにつながっていきます。

 誰だって、できれば環境に良いことをしたいと思っています。その方がいいことはみんな分かっている。それなのになぜできないのかということがすごく大事で、耳触りのいい、聞いたことがある言葉では伝わりきらないんです。そういう言葉で伝わるものなら、地球環境の問題は既に解決しているはずですから。そこに対して、こちらが答えを出してしまうと、みんな思考停止してしまう。と言うか、一人の人間や一つの企業が答えを出せるという発想自体が、傲慢だと思います。

カリスマ1人に背負わせるのは
“平成の価値観”

WWD:売り場から問いかける、という考え方は新鮮だ。ただ、日本人は社会課題などに対し、自分で考えて発信することに慣れていないともよく言われるし、SNS上ではそれをよしとしない空気もある。

辻:特に政治や宗教、社会のことについて、考えることを是としない空気感がこれまではなんとなくあった気がします。でも、議論することは当たり前だし、意見が違ったらそこで考えるっていうことがすごく大事。そのきっかけを作れたらと思っているので、私はメディアに出るときもSNSも、「チューズベース」のような仕事のアウトプットでも、問いかけることを大事にしています。私も分かんないからこそ、「みんなで考えようよ」って。「チューズベース」でブランド同士の連帯を意識しているのもそういう考えからです。

 主語が一つじゃないことが、今の時代はすごく大事。誰かをアイコンや象徴にして、そこに背負わせないということ。「そごう・西武が全部作ります」じゃなくて、集まるブランドそれぞれが語って、お客さまがそのストーリーを解釈して、どう選択していくか。最近、友人が“PURPOSEHOOD”(目的意識による連帯)という言葉を使っていていいなと思いました。誰か1人をアイコンにすると、その人が折れたときに全体がガタンと(ダメに)なる。1人をアイコンにするのは平成の価値観。象徴を作らず、主語を“WE”(私たち)にしていくことがこれからはすごく大切だと思います。

WWD:そういう考え方は、売り場にはどう反映したのか。

辻:ブランドそれぞれにちゃんと光が当たるような売り場になっています。分かりやすくはあるんだけど、分かりやすさだけを極めないというのが、(お客さまやブランドに)解釈を委ねるということ。だから、店の真ん中だけにスポットライトをバーンと当てる、みたいな売り場にはしていません。スクランブル交差点じゃないですが、店内は十字の形で回遊できるようにしました。出口も入り口も正解もなく、入った人がそれぞれ感じた正解を持ち帰って、家やほかの場所で思い返して、ちょっとずつ自分の中で咀しゃくしていってほしい。それで次に歯ブラシが切れた、化粧水が切れたというときの選択肢として、戻ってきていただければと思います。

 MD面の実務はそごう・西武の方が担当されましたが、テーマからブレたり、悪い意味で間口を広げたりしてしまうことはよくないと何度かお伝えしていました。ビジネスとして、どこまでテーマに対してストイックにいくかは難しい。でも、「タイムリミット」と掲げた下でお客さまが「あれ?」と思うような商品やブランドが並んでいたら、「ウソじゃん」となってしまう。それは「チューズベース」だけでなく、そのブランドにとってもよくない。最悪、炎上してしまいます。この1年でウォッシング(それっぽく装うこと)への視線もより厳しくなっているので、そういう議論はチーム内で喧々諤々と繰り返しました。

WWD:かなりゆとりのある商品陳列など、効率を重視する百貨店とは大幅に異なる店の作り方だと感じる。百貨店の中でこうした売り場を作るのは、大変だったのでは。

辻:一番しんどい部分は、チーム内のそごう・西武の社員の方に担っていただきました。私はベンチャー企業出身なので想像しかできませんが、大きな会社で新しいことをするのはすごく大変なんだと思う。ただ、会社の成り立ちというか、1980年代のセゾン文化を考えてみても、(西武は)渋谷の街を作ってきた企業だと思うんです。今ではもうグループが違う企業や業態も含め、渋谷には西武と兄弟みたいな商業施設がたくさんある。そうした下地があって、いろんな出自の人が集まっている会社だからこそ、ダイバーシティーが社内にあるのかなと勝手に感じていました。

 渋谷という街で「チューズベース」をやることの意義もすごく感じています。私は渋谷区生まれ、渋谷区育ちのレペゼン渋谷(笑)。この街にはカウンターカルチャーのDNAがありますが、それでも、大量生産・大量消費の流れの中で街がどこも似てきて、渋谷にも高層ビルが次々と建っている。それも便利ではあるんですが、この街とあの街、あっちのビルとこっちのビル、何が違うんだろうと思ったりもする。街は行政が作るものではないし、「この街はこうであれ」というように上から与えられるものでもない。「俺らがこの街を作っていくんだ」みたいなマインドが大事だと思うし、そういう意識が渋谷の街にはもともとある。それは「チューズベース」のあり方にも通じるものです。

スタンスを明確に、生活者を信じて

WWD:百貨店やアパレルといった業種は構造不況と言われ、コロナもあってなかなか展望を描きづらい。それでも、辻さんの話を聞いていると、やれることや可能性はまだまだたくさんあるように感じられる。レガシー的な企業や業界が未来を切り開くために、アドバイスを。

辻:何事も言うはやすしで、よそ者である私が簡単に言えるようなことはないです。業界で長らく仕事をされている方が、いろんなことを一番分かっている。それでも私から何かを伝えるなら、大事だと思うことは2つ。1つ目はスタンスを明確にすることです。企業やブランドって個人とは大きさが違うだけで、根底は個人と同じだと思う。私は自身のスタンスを明確にし続ける人生を図らずも歩んできて、「怖くないの?」と聞かれることもあります。(炎上などで)誰かを失うかもしれないと思うから、スタンスを明確にする前は怖い。でも、ブランドだったら明確にした先で本当のロイヤルカスタマーに出会えるかもしれない。利害関係の一致ではなく、向いている先が同じ者同士だから連帯していくという流れが今は本当に強まっているし、その流れに乗ると、いい化学反応が起きてもっといいアウトプットができるようになります。

 マス一強の時代ではないからこそ、スタンスの表明はすごく大事です。もちろん、企業としてスタンスを明確にしないことも1つの選択肢ではある。ただ、「スタンスを明確にしないというスタンスを、あなたは今取っているんですよ」ということには自覚的になるべきだとは思います。

 2つ目は、生活者を信じること。生活者はブランドや企業が思っている以上にいろんなことを考えていると思う。例えば環境によいブランドを選ばない人も、本当は買いたいのに、今はお金がないから選んでいないというだけかもしれない。買えない場合でも、ブランドのスタンスには共感してSNSでシェアしてくれるかもしれない。ブランドや企業が正解を提示しようとしたり、「分かりやすくしなきゃ」と考えたりするのは、生活者を信じていないから。それっておこがましいことです。言葉が雑になりますが、生活者も世論もバカじゃないと私は強く思っていて、信じているからこそ問いかけている。企業やブランドも同じように、スタンスを明確にして、生活者を信じることが大事だと思います。

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