ファッション

「ベッドフォード」の美しい余韻 山岸慎平の人生と共に深みを増すクリエイション

 山岸慎平が手掛ける「ベッドフォード(BED J.W. FORD)」は、2022年春夏シーズンの「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO)」に参加し、東京・白金台の八芳園でランウエイショーを1日に行った。東京のファッション・ウイークへの参加は2年ぶりで、会場には約140人の招待客が足を運んだ。屋外でのショーながら、当日は季節外れの肌寒さで小雨がぱらつくあいにくの悪天候。ただこの日の「ベッドフォード」は、雨や灰色の空、薄暗さなどの全てを味方につけた。

場内で見つけたメッセージ

 本番前のバックステージはとてもリラックスしており、正直意外な光景だった。山岸慎平はただまっすぐに「かっこいい」を信じ、追求するデザイナー。その純粋でストイックな姿勢は、時として人を寄せ付けないこともあり、ショー前はきっとナーバスになっているだろうと想像していたからだ。しかし、この日の山岸デザイナーは誰よりもモデルやスタッフに対して積極的にコミュニケーションをとり、緊張を和ませているように見えた。コートを閉めるか閉めないか、バックルの向きを変えるか変えないか、といったスタイリングの微調整でピリッと引き締まった後は、笑顔でモデルと会話を交わす。そしてふと衣装ラックに目をやると、それぞれのラックにかかったスタイリング見本の写真の裏側に、山岸デザイナーによるモデル一人一人に向けたメッセージが書かれていることに気付いた。「一番色気があるこのルックは君にピッタリです。今日という瞬間を楽しんでもらえればと!」「今季のメンズで一番の正統派ルック。ハンサム担当でお願いします」「幸せな瞬間を共有できることを本当にうれしく思います。Thank Youです!」――会場の隅々に至るまで、ショーにかけるチームの思いが込められていた。

神秘的ムードの会場

 本番がスタートすると、小粒だった雨が霧雨に変わり、冷たい空気が会場を包んだ。「絵日記のようなコレクション」と語る今シーズンは、自身の周辺で起こる出来事や湧き上がる感情に丁寧に向き合ったクリエイション。その思いを象徴するのが、各ルックに添えた一輪の布製の花である。前シーズンの展示会後、パンデミックによって苦しむ取引先に一輪の花を送ると、想像以上の反響に胸を打たれたという。大切な人たちから受け取った思いを受け継ぐために、布製の花を新たなブランドシグネチャーとして、今シーズンから個々のアイテムに付ける決意を固めた。写真家・岩本幸一郎の作品を乗せて美しい風景が浮かび上がる耽美的なコートをはじめ、シルバーの糸を色彩豊かな生地にミックスさせたり、ボタニカルモチーフを描いたり、透け感のある生地を重ねてチェック柄を表現したりと、個々のアイテムに繊細な美しさを織り交ぜた。柔らかいテーラリングに採用した鮮やかなレッドやブルーが、霧雨と緑に包まれた空間の中で鮮明に際立つ。ほかにも、繊維大手の小松マテーレと組んだ伸縮性の高い生地を使ったアイテムや、「リー(LEE)」とコラボレーションしたジーンズ、「メゾン ミハラヤスヒロ(MAISON MIHARA YASUHIRO)」とのスニーカーなど、キャッチーなアイテムも登場。ヤン アンド ナオミ(jan and naomi)のナオミによる生演奏が神秘的なムードを一層引き立て、気がつけば全身に鳥肌が立っていた。

男の人生と共に増していく深み

 「地味じゃないですかね?でも着ると面白いんですよ」。この山岸デザイナーのショー前の言葉が、現在の「ベッドフォード」の成熟したクリエイションを象徴している。初めてランウエイショーを開催した5年前は、今よりも強いカラーリングやモチーフ使い、素材、カットアウトの多用など、瞬間的に分かりやすいデザインが多かった。繊細なニュアンスで勝負する根底こそ変わっていないものの、「見せつけてやる」という主張が強かったように思う。その血気盛んな時期を経て、山岸デザイナーは海外でのショーを経験し、長引くコロナ禍で苦悩し、私生活でも変化があった。自身と素直に向き合う今のクリエイションは決して無難ではなく、地味でもない。デザイナー自身の人生が深みを増しているからこそ、それを投影した服に例え華美な装飾はなかったとしても、袖を通せば心に響く魅力がある。そして真っ直ぐにファッションと人を愛する男の人生はこれからさらに深まり、その生き様が服に刻まれていくだろう。世界でメジャーに上り詰めるためには、もっと派手で分かりやすいデザインが必要だと言われるかもしれない。だが瞬間的なものは消費され、深みのあるものは残っていく。この日の舞台を目の当たりにし、山岸デザイナーにはこのまま真っ直ぐ進んでほしいと思った。瞬間的なインパクトを与えるショーは数あれど、ここまで余韻の残るショーはめったにない。

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