メンズに限って、ファッションメディアの仕事を20年以上続けてきた。つまり、ウィメンズは完全なる門外漢だ。そんな僕だがここ2、3年、ビームス ボーイがなんとも気になる。別件でビームスを取材した際、それとなく広報担当者に聞くと、3年前にディレクターが交代したという。変化がそれによるものなのか?そして“四十路男子”な僕にとって、近くて遠いビームス ボーイを知るために、伊野宏美ディレクターをインタビューした。
WWD:この3年ほど、“ビームス ボーイが(ポジティブに)変わった”と感じており、それは伊野ディレクターの就任と時を同じくする。意識的なアクションによるものなのか?
伊野宏美ビームス ボーイ ディレクター(以下、伊野):レーベルの特徴として、テイストを変えないことが大前提であり、私自身変えようとしたことはない。初代の窪(浩志)以降、私が4代目ディレクターとなるのだが、創設時の思いを継承している。
ただ、“より分かりやすくしたい”ということはあるかもしれない。代替わりに伴って、スタッフも“ビームス ボーイとは?”を自問自答したし、レーベルの“人格”をあらためて外に向けて発信したいと考えている。
おかげさまでビームス ボーイには熱狂的なファンが社内外に多く、あうんの呼吸で成立してしまっているところがある。それを可視化、言語化することに務めている。その一つの施策が小冊子「ボーイズ ルール」「ボーイズ ライフ」であり、一定額以上買い上げいただいた方にノベルティーとして渡している。製作にあたって過去の資料や写真を探り、“変わっていない”ことを再確認することもできた。
WWD:伊野ディレクターは、ビームス ボーイひと筋だと聞いた。
伊野:中学生のころからビームス ボーイで買い物をしていたので、ビームス ボーイ歴は社歴より長い(笑)。その間もビームス ボーイは変わっていない。私はずっとビームス ボーイが好きだし、ほかのスタッフにもビームス ボーイのことをもっと好きになってほしくて、それが小冊子作りの原動力ともなった。販売員時代からビームス ボーイの仕事に携わることは日々楽しくて、気持ちが高まりついつい早め出勤してしまい、スタバで誰に見せるわけでもないのに、その日のコーディネートについて手帳に書き出したり(笑)。考えてみれば、当時から伝えたい気持ちはあふれていたのだと思う。当時はそれがお客さまに向いていて、今は小冊子やウェブ、SNSなどでより多くの人に発信している。
WWD:ビームス ボーイは現在、原宿店のみ?
伊野:単独店舗としてはそうだ。そのほかは、複合店に収まる形で運営している。
WWD:顧客像について教えてほしい。
伊野:30代後半~40代が圧倒的。カジュアルに着られて、体型を問わないからか主婦層からの支持も厚い。それに続くのが20代前半だ。土地柄、美容師などが多く、また20代のころにビームス ボーイに通っていた方が母となり、娘と来店することもある。
WWD:客単価は?
伊野:1万5000円ほど。
WWD:店頭に顔を出すことも?
伊野:原宿店が明治通りを挟んでオフィスの目の前ということもあり、週1で顔は出すようにしている。
WWD:約30あるビームスのレーベルの中で、ビームス ボーイはどういう存在?
伊野:ビームス ボーイのコンセプトは、“女性がメンズ服を着る”というもの。服の背景にあるストーリーや、ヘビーデューティーの考え方などを女性に伝えることを大事にしている。個人的に、ビームス ボーイはビームスらしさを最も体現しているレーベルであると考えていて、例えばロゴもビームス創業時のフォントを継承している。アメリカにあこがれるスタイルを、今なお提案しているのがビームス ボーイだ。
WWD:“伊野版ビームス ボーイ”を象徴する3つのキーワードを挙げるとしたら?
伊野:重複となるが、ビームス ボーイの根幹はディレクターによって変わってはならないもので、あくまでレーベルとしての意見となるが3つある。
1.ルールを知って、ルールを破る
体型がきれいに見えるとか、トレンドに沿っているとか、皆が着ているとかではなく、ビームス ボーイは独自の判断基準(ルール)を持っている。ビームス ボーイにとって服のルーツを知ることは必須条件であり、同時に喜びでもある。それによってスタイリングに深みが生まれるし、服への愛着も増す。ただ、それ以上に大事なのは“ファッションは楽しい!”ということ。だから、ルールを理解しつつもそれにとらわれず、自分の好きなように着てほしいし、それによって得られる服のパワーを伝えたい。ルールを破ることで、初めて発見できる自分らしさがあるはずだから。
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2.お洒落はユーモア!
ビームス ボーイの商品や服装は「面白い」と言われることが多く、「かわいい」ではない……(笑)。でも、それがわれわれにとって最大の褒め言葉。ビームス ボーイは1998年の創設当初からクセが強く、でもそれは“ファッションは楽しい!”を提案しているからこそで、それが色や柄などに自然と表れているのだと思う。ユーモアのある商品や服装によって自分らしくいられ、それによって周りもハッピーになる。この好サイクルに共鳴する方をファン化、コア化できている。また“高いから良い”でもなく、歴史ある名品や傑作だけを扱いたいわけでもない。チープでキッチュなアメリカンスーベニアもとても魅力的で、それをバッグやジャケットにちょこっと付けるだけで気分が高揚する。それでいいじゃない!という思い。
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3.女性が着ることで際立つメンズ服の魅力
性別でセグメントするのは時代的にナンセンスだと思うが、女性がメンズ服を着ることで、メンズ服の魅力を再発見できると信じている。例えば、女性がビッグシルエットの軍パンをベルトでぎゅっと締めてはく。男性ではありえない、しわやフォームが現れる。アイテムが本来持つ機能は十分に発揮できないかもしれないが、ファッション的には新たな可能性が付与される。ビームス ボーイは、女性がメンズ服を着ることがまだ斬新だった98年から、このような着こなしを提案してきた。不都合の中に生まれる面白さを“個性”ととらえ、まもなく四半世紀を迎えようとしている。
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WWD:変わらないビームス ボーイを今後どのようにけん引する?
伊野:カジュアル服の楽しさを新たな世代にも発信してきたい。そのためには、アンテナを張り続けることが大事。ランウエイ的なそれとは違うがベーシック服にもトレンドがあり、逃さず拾っていかなくてはならない。
WWD:“老舗ラーメン店の味が変わらないのは、日々味を改良しているから”のように?
伊野:その通りだ(笑)。
WWD:原宿女子とはほど遠い、僕のような“四十路男子”もビームス ボーイに入店していい?
伊野:もちろん!ビームス ボーイにはカップル客も多く、男性客が売り上げの5%ほどを占める。最近は小柄な男性も多いので服を買う方もいるし、小物だけ購入する方もいる。また近年、「メンズサイズが欲しい」という声が高まり、ビームス ボーイ別注の商品をビームス ジャパンで販売している。
<インタビューを終えて>
店頭取材時、オープン直前ということもあって20代の女性販売員たちが慌ただしく準備していた。娘ほど年の違う彼女たちと同等に話ができるのは、ひとえにファッションのおかげだ。ある1人が履いていた英国靴「サンダース(SANDERS)」の木型について話したり、別の1人が着ていたミリタリー由来の服についてオリジナルのステンシルプリントについて話したり。共有言語としてのファッションがあり、それが性別や世代を超越するパスポートとなる。思えば、今年91歳になる祖父世代の現役ファッションイラストレーター穂積和夫さんに仕事を依頼する際も、シアサッカーのジャケットに合わせるバミューダショーツの色について意見交換したり、「眼鏡は定番のウエリントン型ではなく、あえてラウンド型にしたい」などと話したりできる。これもファッションの力だ。「ルールを知りつつもそれにとらわれず、自分の好きなようにファッションを楽しんで!」、伊野ディレクターにあらためて背中を押され、今日もコスプレのような格好で取材に出掛けよう。