馬渡圭太が手掛ける「リトルビッグ(LITTLEBIG)」は15日、ホテル メルパルク東京の地下駐車場で2022年春夏コレクションを初のランウエイショー形式で披露した。同ブランドはセレクトショップのカンナビス(CANNABIS)オリジナルのブランドとして11年にスタートし、今年で設立から10年を迎えた。13年には馬渡デザイナーが独立して自身で運営を続けており、現在の取引先は20店舗で売上高は1億円を超える。ショー形式での発表は半年以上前から計画し、8月30〜9月4日の「楽天 ファッション ウィーク東京(Rakuten Fashion Week TOKYO以下、RFWT)」への参加を目指していたが、「アイテムが間に合いませんでした」(馬渡デザイナー)という正直な理由で、オフスケジュールでの開催となった。それでも会場にはバイヤーやメディア関係者、さらにブランドに携わってきた生地問屋やパタンナーなど約200人が集まった。ショー開催の目的は、10周年の節目を祝すものか、もしくはビジネスを飛躍させるきっかけをつかむためか。この日、馬渡デザイナーにとっては忘れられない一夜となった。
いきなり迎えた最大のピンチ
この日のショーにキャスティングしたモデルは24人で、組んだルックは42体。これは「RFWT」に参加した「ホワイトマウンテニアリング(WHITE MOUNTAINEERING)」や「ハイク(HYKE)」よりも多いルック数である。初の舞台にしてはかなり思い切ったチャレンジではあるものの、「リトルビッグ」の22年春夏はメンズとウィメンズ合わせて110型を制作しているため、アイテム数としては十分だ。リハーサル前にルック撮影をスムーズに終え、あとはフィッティングをし、モデルが歩くコースを確認し、リハーサルをし、本番を迎えるのみ。「初めてなので大変ですけど、本当にみなさんに助けてもらってます」という馬渡デザイナーの表情も和やかだ。しかし、ランウエイショーはそんなに甘くはなかった。
16時30分を予定していたリハーサルが、17時になっても、17時30分になっても始まらない。さきほどまでの余裕はどこへやら、スタッフたちが緊迫した表情で、慌ててスタイリングやモデルの歩く順番を整理している。ショーはルックごとに同じアイテムを使い回すことが多いため、計算が狂うとアイテムがなくて着替えられないといった事故が起こるのだ。最終的に、当初予定していた42体から38体に減らし、1時間半遅れの18時過ぎに何とかリハーサルを終えた。ほぼ同時に会場もオープンするという、ギリギリセーフな進行だった。この日、馬渡デザイナーの手には常に何かしらのA3プリント紙があり、スケジュールやスタイリングを何度も何度も、何度も何度も確認する姿が印象的だった。
不良っぽくも“壊しきらない”スタイル
今シーズンのコレクションも、ブランド設立時から10年間貫いているテーラードの軸はぶらさない。“ストリートで着るテーラード”として、パンクやロックなどの音楽やカルチャー的要素を加えるのも同ブランドの得意技である。今季はその十八番に加え、カマーバンドやタキシードがベースのフォーマルなスタイルや、ジャケットの肩にアクションプリーツを加えたり、コンケープドショルダーを用いたりと、強さを意識したデザインも見られた。ロックやカルチャーをテーラリングと融合させるブランドは世界に山ほどある。正直、「リトルビッグ」よりも洗練されたクリエイションを見せるデザイナーもいる。しかし、馬渡デザイナーの実直な性格がゆえに、顧客を置き去りにしないギリギリなバランス感のテーラードは、強い個性であるとショーを見て確信した。好青年がロックスターを真似ても育ちの良さがにじんでしまうように、馬渡デザイナーの服はいくら不良っぽく見せても、根底には不思議と優しさを感じるのだ。ひとつ気になったのは、ジーンズにボーダーTシャツといったカジュアルなルックも多かったこと。ブランドの強みを分かりやすく伝えるならば、スタイルをもっと絞ってもよかったのかもしれない。
「テーラードを辞めるならブランドを辞める」
フィナーレで登場した馬渡デザイナーは、360度全方位に頭を何度も小刻みに下げて感謝を伝えた。「コロナ禍でも売り上げが伸び、取引先や顧客に支えれらているのだと改めて感じたんです。そんな人たちに『リトルビッグ』が前を向いている姿を見せたかった。かっこいい服を見せることで、僕らと仕事してて面白いと思ってほしかった。大げさかもしれないけれど、少しでもみんなの希望や光になればいいなって」。ショーの後、額に汗を光らせながら馬渡デザイナーはそう語った。さらに「ショーをやってみて、やっぱりずっと興奮してるんです。うちの武器は強さと美しさなんだって再認識できました。まだ終わったばかりですけど、やってよかった。これからもショーは続けていきたいし、海外にも出てみたい」。この大きな経験でクリエイションに何か変化があったとしても、愛するテーラリングだけは絶対にやめないという。「ストリートウエア全盛時や今の外出自粛で、ジャケットを着る人は減っているのかもしれない。でもテーラードは僕の原点でもあるし、売り上げの主軸でもある。これからもその根底を変えるつもりはないし、テーラードを辞めるときはブランドを辞めるときです」。気が付けば、馬渡デザイナーの汗は額を光らせるどころではないほど大量に流れ出て、腕にまで噴き出している。それでも、この日着ていたテーラードジャケットは最後まで脱がなかった。