アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載。ダイバーシティー(多様性)やインクルーシブ(包括的)を尊重する機運によって、プラスサイズのファッションに注目が集まっている。ビジネスとしての潜在需要も大きいとみて、各社が本腰を入れ始めた。
3年前、「ターゲット(TARGET)」の婦人服売り場で大型のマネキンが登場して目を見張ったことがある。導入するという情報は持っていたのだが実際に目にして納得。「ああ、これはトレンドとして来ているな」と実感したのだった。
アメリカは肥満大国とも言われ、社会問題となっていることをご存知の方も少なくないだろう。統計では男性の75%、女性の60%が肥満か体重過多となっている。病気として認識されるのが肥満、病気ではないが太っているのが体重過多と、アメリカでは2分類するのだが、病気としての肥満の比率は全体のなんと30%超に達しているというデータもある。
大型サイズをアメリカではプラスサイズと呼称する。人口のマジョリティーが体重過多なのだから、プラスサイズが主流になるのは必然とも言える。にもかかわらず傍流であった理由は本音と建前である。ランウェイを歩くスーパーモデルがあるべき姿でありマーケティングも全て建前で塗りつぶされてきて、しかし実際の体形は違うという状況だった。
これが変わりはじめたのが5年ほど前からだろうか。レタッチ技術が進化し、メーカーが使うモデルの画像がオリジナルから大きく修正されていることをマスコミが報じて反響を呼び始めた。この頃からありのままが良いというムーブメントが始まった。
ファッションに強い「ターゲット」はこういったトレンドに敏感だった。いち早くプロモーションに使うモデルのレタッチをやめ、さらにシニアやさまざまな体形の女性を起用し始め、そしてその流れでマネキンにも大型サイズを投入したのであった。
潜在需要が掘り起こされるのはこれから
このトレンドのハイライトがプラスサイズ専門店チェーンの「トリッド(TORRID)」の上場である。上場は7月で、初日に株価は上昇して時価総額は25億ドルに達している。
上場したばかりなので公開情報に乏しいのだが、2019年の時点で売上高は10億3700万ドルと報じられているので、アメリカ小売業界の指標である10億ドル(日本ならば1000億円)を超えている。すでに新興の中小企業レベルではないのだ。
興味深いのはEC(ネット通販)比率で70%に達していることだ。もともとは「ホットトピック(HOT TOPIC)」というカウンターカルチャーをテーマにしたチェーンストアが01年に開発した別業態で、出自はリアル店舗である。今年5月1日時点で店舗数は608店舗だが、70%という数値で語るならば“EC企業がリアルも持っている”というレベルとなっている。
参考までに対象顧客層は25~40歳、顧客の58%は40歳以下、平均サイズは18、となっている。また同社による説明では、プラスサイズ市場は850億ドル、サイズ10以上を着る人口は9000万人だそうだ。
また2027年までに市場は6970億ドルに成長するだろうという調査企業もある。現在の850億ドルからの乖離が大きすぎるのだが、大型サイズを着る人たちは選択肢が少ないため支出が少なく、潜在的市場は現時点で1040億ドルあると「トリッド」が説明している。つまり現状ではプラスサイズに十分な商品がないため消費が抑制されているが掘り起こせば大きく市場は伸びていくというわけなのである。
売り場から“エクスクルージョン”をなくす
ちょうどターゲットが大型マネキンを導入した頃に「オールドネイビー(OLD NAVY)」が75店舗に専用の売り場を初めて設けることを発表しているのだが、売り場を分けることを止めて全てのアイテムに0-30サイズを作り、全て同一価格にする計画を明らかにしたのが最近のことである。「大型の女性は買い物でいつもエクスクルージョンを感じていて、それをなくすため」と同社説明している。
エクスクルージョン(exclusion)とは除外や排他という意味で、その対義語がインクルージョン(inclusion)である。インクルーシブ、またはインクルーシビティとも言い、ジェンダー、LGBT、障がい者、年齢といった区別をせずに全てを包摂すべきだという考え方の標語となっている。体形もインクルーシブの対象で、各社プライスサイズを強化し始めたのもインクルーシブというムーブメントの一環と理解することができる。
とりわけ若年層に意識が高く、これを何らかの形で取り入れてメッセージを発信しないと時代に取り残される状況となっている。「ヴィクトリアズ・シークレット(VICTORIA'S SECRET)」が不調に陥った大きな理由の一つがこれだ。
冒頭で書いたとおりアメリカでは体重過多がマジョリティーなので、マイノリティーを包摂するという本来の意義とは厳密にいうと少しズレているのだが、細かいことは言わない。またヘルシー志向というキーワードとも乖離しているだが、このあたりは本稿の目的ではないので書かないでおこう。
とにかくこれが今の米アパレル業界の大きなトレンドなのである。現実を受け入れて潜在的な市場を掘り起こそうとしているのだ。