ファッション
連載 コレクション日記

2022年春夏ロンドンハイライト後半 “高飛び込み × ファッション”の奇抜演出など

 2022年春夏シーズンのロンドン・ファッション・ウイーク(以下、LFW)後半戦の3〜5日目は、4ブランドのリアルショーと現地で話を聞いた車椅子インフルエンサーについてリポートする。ショーはロンドン市内の歴史ある建物を会場に、リアルならではの臨場感溢れるパフォーマンスだった。ただ、派手な演出だからといってコレクションが良いとは限らない。その場の空気に飲み込まれることなく、冷静にコレクションを見て考察を深めるべきだと、リアルショー解禁のLFWで興奮気味な自分に言い聞かせた。

虹が祝福した「アーデム」

 15周年を迎えた「アーデム(ERDEM)」は、大英博物館の回廊でショーを行った。過去の女性の偉人から着想を得ることが多いアーデム・モラリオグル(Erdem Moralioglu)が今季触発されたのは、イギリスの詩人イーディス・シットウェル(Edith Sitwell)と貴族で芸術家のオットリン・モレル(Ottoline Morrell)の生き方。19〜20世紀を生きた2人の女性は、知識人として知られる一方、前衛的で奇抜なファッションや派手な交友関係で、破天荒な生涯を送ったことでも有名である。「エリザベス女王のような洋服を好むシットウェルと、ヴィクトリア朝のドレスをまとうモレルはともに、時代にそぐわないスタイルを貫いています。世間から距離を置き、“時代の外”を生きるという精神が、とても魅力的に見えたのです」とモラリオグルは説明した。繊細な刺しゅうなどの手仕事に重きを置く「アーデム」のスタイルは、良い意味で流行を感じさせず、独自のロマンチックな世界観を見せてきた。2人の女性の精神が、ブランドの真髄とオーバーラップしたのだろう。

 「とにかく詩的にしたかった」というショーは、シットウェルの詩を読み上げる女性の声で始まった。15年間の歩みをたどるように、これまでに創作した草花のオリジナルプリントをロング&リーンなドレスに描き、過去に使用した型紙に少し手を加えて、異素材でアップデートを試みた。パニエを仕込んで大きく膨らむキルトのスカートや、刺しゅうを全体にあしらったドレスなど、手仕事による温かみは彼が意図した通りの詩的な印象だった。15年間の多くの要素を凝縮させた44のルックは、過剰にならずバランス良くまとまり、メモリアルイヤーの見事な集大成となった。

 21年春夏にスタートしたメンズラインについては、「男女間のワードローブで洋服がダンスするように行き交うことがあってもいいと思うのです」と述べた。花柄のプリントを描く艶やかなシルクのスーツや、肌が透けて官能性を引き出す繊細なニットは、ハリー・スタイルズ(Harry Styles)やティモシー・シャラメ(Timothee Chalamet)など中世的な若い男性をイメージしているのだろう。詩的なショーが甘美な教会音楽でフィナーレを迎える頃、雨上がりの夕景に虹がかかり、空も15周年を祝福した。

「マルベリー × リチャード マローン」

マルベリー(MULBERRY)」は、創立50周年を記念して3人のコンテンポラリーデザイナーとのコラボレーションプロジェクト「マルベリー エディション」始動。6月に発表したプリヤ・アルワリア(Priya Ahluwalia)に続く第2弾は、リチャード・マローン(Richard Malone)が手掛けた。

 アイルランド出身でロンドンを拠点に活動するマローンは、セント・マーチンズ美術大学(Central Saint Martins)を卒業後、ラグジュアリーブランドでデザイナーを経験。17年に自身の名を冠したブランドを立ち上げると、「2020 インターナショナル・ウールマーク・プライズ(2020 INTERNATIONAL WOOLMARK PRIZE)」など数々の賞を受賞。実家が農家で農業の知識もあり、持続可能なコレクションを制作するために環境負荷の少ない生地作りにも取り組んでいる。

 ショーはヴィクトリア&アルバート博物館(Victoria and Albert Museum)で行われた。ルックは生地を贅沢に使ってドレープを重ねたドレスが中心。ショー終盤には大きな帆を背負っているような芸術性の高い作品が登場した。主力のバッグは、「マルベリー」のシグネチャーであるトライアングル・ベイズウォーターとバレルバッグ、ショルダータイプのダーリーの3型。2色のカラーブロッキングで内側のプレートやポケットを表に出し、金具部分をレザーですっぽりと包み込むマローン独自のアレンジを加えた。見た目や機能性に差異はないが、レザーは廃棄されるはずの穀物を原料に選び、環境に優しいレザーを使用しているという。ただ、実用性が高いバッグなだけに、コンテンポラリーアート作品のようなウエアとの相性がいいとは言えなかった。バッグを際立たせることには成功していた思う。

大胆な演出の「レジーナ ピョウ」

 韓国出身でロンドンが拠点の「レジーナ ピョウ(REJINA PYO)」は、2012年ロンドンオリンピックの際に設立されたプール施設を会場に選んだ。ショーは、3人のイギリス人飛び込み選手による華麗なパフォーマンスからスタート。選手の緊張感や水しぶきはリアルなショーならではの臨場感で、ワクワクさせられた。

 コレクションは、スイムウエアと都会的スタイルのミックス。蛍光オレンジやライムグリーン、淡いパープルの鮮やかな色彩を、肌が透けるナイロンやニットに取り入れて、レイヤードで遊ぶ手法だ。ステイホーム中に何度もアルバムを見返したというピョウは、お気に入りの都市であるニューヨークと祖国の韓国で撮影した写真を、プリントやニットに描いた。

 コレクション全体からはリゾートや旅行を連想させる、明るいメッセージを受け取ることができたものの、これといって強く印象に残る作品は見られなかった。記憶に残っているとすれば、バッグが「ボッテガ ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」か「コペルニ(COPERNI)」のようだったというぐらいだろうか。もしかすると、飛び込みパフォーマンスの迫力が大きすぎたのかもしれない。

感情が交差する「ロクサンダ」

 セルビア出身のロクサンダ イリンチック(Roksanda Ilincic)による「ロクサンダ(ROKSANDA)」は、ケンジントン・ガーデン内にある近現代建築のサーペンタイン・パヴィリオンでリアルなイベントを開催した。ランウエイ形式ではなく、プロのダンサーによる物語性のあるダンスパフォーマンスで16のルックを披露した。

 振り付けは、「グッチ(GUCCI)」や「ヴィヴィアン ウエストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)」のイベントも手掛けてきた、ダンサーで振付師のホリー・ブレイキー(Holly Blakey)。円形型の会場の四方八方からルックをまとったダンサーがなめらかな動きで次々に入場すると、争ったり愛し合ったり協力したりするダンスで、さまざまな感情を表現した。着る人の心に呼応するように、特大のケープやガウン、パラシュートフォームのドレスは、流動的に動き続けた。淡いピンクやコーラルの柔らかいカラーと、バイオレットとペルシャブルーのビビッドなカラーがダンスによってさらに感情豊かに映える。ロクサンダはショーの後、「私たちが18カ月のパンデミックで味わった、さまざまな感情を凝縮させることがコンセプト。見た人の心に訴えかけ、何らかの感情が生まれたなら喜ばしいことだ」と語った。ショーの後にケンジントン・ガーデン内を歩いていると、アクション映画を見終わった後のようなスッキリした気分になった。リアルでパフォーマンスを鑑賞することの喜びを思い出させてくれた。

ロンドンでも感じたアダプティブウエアの可能性

 インクルージョンを推し進める昨今のファッション業界で、特に注目しているのがハンディキャップを持つ人々を受け入れようとする流れである。LFW中、ショーにゲストとして来場していた車椅子に乗る女性を見かけて、話を聞いてみた。彼女の名前はクララ・ホームズ(Clara Holmes)で、インフルエンサーとして活動しており、最近はポルトガル版「ヴォーグ(VUGUE)」で紹介されたという。昔からファッションが大好きで、ようやく障がい者を包括する動きが業界に見られることをうれしく思っているという。「まだはじめの一歩にも満たない0.5歩程度ですが、変化が起こりそうな初動は感じています。物珍しく注目されるのではなく、障がい者が必要としていること、不足だと感じていることを理解しようという姿勢があると思います。私の場合はアダプティブウエア(障がいのある人のために着脱しやすい機能を加えたアパレル)は不要で、普通の洋服を着ることができますが、このジャンルが拡張していくことに期待したいです。障がいがあっても無くても、人の心なんてそんなに変わらない。個性を表現してファッションを楽しむことは、みんなに平等に与えられているはずです」と話してくれた。

 彼女の横に並んで一緒にショーを見ていると、ときには不快な視線を感じることもあった。もちろん、何ごとも経験しなければ分からないし、感情を共有することは近しい関係でも難しいものではあるが、想像力を働かせることでマイノリティを包括し、本当の意味での多様性を実現できるはずだ。アダプティブウエアはこれから実例を重ねて、選択肢が増えるジャンルになっていくだろう。それらに取材できる機会をたくさん持ちたい。インクルージョンについて考える機会を得られたことは、今回のロンドン渡航で得た大きな収穫だった。

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