ニューヨーク発のインディペンデント・マガジン「リチャードソン(Richardson)」はこのほど、3年ぶりとなる新刊を発表した。同号は、“道徳”を意味する「A10:ザ・モラリティー・イシュー(A10 The Morality Issue)」と題し、アートやカルチャー、学術的視点を交えて、「性」に関する倫理観や歴史を掘り下げている。
表紙に起用したポルノスター兼モデルのドミニク・シルバー(Dominique Silver)へのインタビューをはじめ、現代アーティストの作品、「有害な男らしさ(トキシック・マスキュリニティ)」を批評するエッセイなどを掲載している。さらに、「フッド・バイ・エアー(HOOD BY AIR)」のデザイナーとして世間をたびたび騒がせているシェーン・オリバー(Shayne Oliver)の「アノニマスクラブ(ANONYMOUS CLUB)」とコラボレーションした限定のカプセルコレクションも発売する。同雑誌を設立したアンドリュー・リチャードソン(Andrew Richardson)に、この“コントロバーシャル(=議論を巻き起こすような内容)”な号の発行について、インタビューした。
WWD:新刊のテーマを“モラリティー(道徳)”にした背景は?
アンドリュー・リチャードソン(以下、アンドリュー):「リチャードソン」は進化しながら形を作っていく、天然の産物である。テーマを決めて素材を編集したのではなく、興味関心があるものを寄せ集めていったら、それらをつなぐものが「モラリティー」だった。それがまた派生して新しいコンテンツになっていった。
WWD:どのようなコンテンツが同テーマにつながったのか?
アンドリュー:きっかけは、アメリカの白人男性社会を中心に行われている、新入生歓迎会での過激な洗礼儀式「ヘイジング(Hazing)」の非公開写真を見つけたこと。仲間として認めてもらうために、どれだけ過激なことができるかを見せつける儀式があるんだ。それを起点に精神分析学の専門家、ジェイミソン・ウェブスター(Jamieson Webster)を招いて「有害な男らしさ」について考察した。
WWD:「有害な男らしさ」とは、“男らしくない”行動や思想をバカにし、排斥する偏った男らしさを指す。近年は男性自身の心身の健康に害をおよぼしたり、女性蔑視や性暴力に発展する可能性があると指摘されているが、「リチャードソン」が触れる意義とは?
アンドリュー:本誌では、良し悪しの決めつけや矯正するといったことを目的にせず、考察・批評をしている。読者がどういう考えを抱くかは自然の反応に任せて、われわれはたださまざまなトピックスについて語ることが大事だと考えている。
WWD:コンテンツを通じて読者に正解は掲示しないということ?
アンドリュー:そう、あくまで対話を生み出したい。専門家や思想家などの、知的視点を土台にして会話を重ねている。私たちはニッチな出版社なので、自分たちでやりたい企画を決めやすい。いわば大きな“バブル”の中で、みんなで作業している感覚だ。私たちも作りながら一緒に学んでいるので、制作しながら生まれる対話や疑問を全てマガジンに落とし込んでいる。
WWD:シェーン・オリバーの「アノニマスクラブ」とコラボレーションしたきっかけは?
アンドリュー:シェーンとは昔から親しかったし、彼が今号でドミニクへのインタビューを担当したことからコラボレーションが決まった。彼とは目的や意思がすごく似ていて、売ることをゴールにしない広い視点に共感した。
WWD:カプセルコレクションのデザインにあるテキストは何を意味する?
アンドリュー:シェーンによるドミニクへのインタビューから、有益な部分を引用した。本人たちが直面する日常を淡々と描いて、新しい見方で世の中を感じるきっかけとなるような一文を選んだ。
WWD:特に力を入れたページは?
アンドリュー:全ページが自分の子どもみたいに大切だが、表紙とカバーストーリーは特にエネルギーを注いだ。ほかにもセックス・ポジティブ・フェミニズム(セックスをポジティブに捉える運動)のアーティスト、ペニー・スリンガー(Penny Slinger)のエッセイページには、特色の銀を使ってこだわった。
WWD:プリント版で発行することへのこだわりは?
アンドリュー:アートの美しさを感じるには、自分の目や手で直接触れられる印刷物が適していると思う。本号ではコンテンツに合わせて、使用する紙などを一からこだわっている。例えば、挑発的な作品で知られるジョーダン・ウルフソン(Jordan Wolfson)のアートをシール状にし、自由にめくって遊べるようにしている。表紙には、70年代で主流だったグラビア印刷を採用した。細かい濃淡が表現できるので、試行錯誤の末に印刷方法を習得し、モノクロ写真を際立たせた。
WWD:表紙にドミニク・シルバーを起用した理由は?
アンドリュー:ドミニクは、ナターシャ・ドリームス(Natashia Dreams)という名でポルノスターのキャリアもある。セックスワークへのスティグマ(恥や不名誉などのネガティブなイメージ)について対話を生むことも、本号の大きなテーマだ。セックスワーカーのトランスジェンダー女性であるということは、彼女の人生にさまざまな影響を与えている。LGBTQ+コミュニティーの中にいても、セックスワーカーであるということで生まれるハードルがある。そんな人たちのためにも、トランスコミュニティーの日常やリアルな部分に光を当てたかった。
WWD:“コントロバーシャル”な雑誌を制作することに苦悩はないのか?
アンドリュー:クリエイションをする上で、社会的なトピックに触れていくことは私にとって自然で、避けては通れないこと。トラブルをわざと起こそうと思っているわけではないが、時々議論を起こすことはある。
WWD:コアなファンが多い理由は何だと思う?
アンドリュー:きっと誠実さに惹かれている人が多いのだと思う。純粋な気持ちでクリエイションに向き合っているから、一部の人は作品に感銘を受けるが、一部の人は全く気に入らない。大好きか大嫌いか、のどちらかだろう。
キム・カーダシアン(Kim Kardashian)を表紙に迎えた前作、「A9」から3年。記念すべき10号目およびコラボカプセルコレクションは、「リチャードソン」の公式オンラインストアや、東京・原宿の「リチャードソン・東京」店、セレクトショップの「ボンジュール・レコード(Bonjour Records)」で販売中だ。