小売業界が恒常的に抱えている在庫問題を、独自開発のAIによる分析で解決するクラウド型サービス「フルカイテン(FULL KAITEN)」。このサービスを提供するフルカイテンの瀬川直寛代表は、小売業界の未来への危機感から経営への変革を唱え、それに賛同する経営者や識者が登壇するカンファレンスを開催予定だ。自社サービスの売り込みよりも難しい意識改革にあえて取り組む、瀬川代表のビジョンを聞いた。
市場縮小が「自分ごと」に
なりにくいアパレル業界
WWD:国内市場が縮小し続ける中で、とくにアパレル業界は大きく影響を受けている。そこにどんな危機感を感じているか。
瀬川直寛代表(以下、瀬川):今、国内では年間50万人のペースで日本人の人口が減少している。これは鳥取県くらいの規模だ。同時に2030年には人口の1/3が高齢者となるなど高齢化も進んでいる。さらに消費者が1カ月間に使えるお金(可処分所得)は1999〜2014年の15年間で最大6.2万円も減少した。それだけ国内市場が急激に縮小し続けているにも関わらず、多くの企業はこの30年ほど売り上げ至上主義のまま経営方針を切り替えられていない。縮小市場のときは粗利経営に切り換えないと、在庫の物量勝負で消耗戦を続けるのは、国力を弱めることにもつながると思っている。
WWD:小売業者の中でもアパレルの経営改革が遅れているのはなぜか。
瀬川:日本のファッション産業の市場規模は7兆円だの9兆円だのと言われているが、個別にみると大多数は100億~300億円くらいの企業規模だ。だから9兆円の市場が小さくなると言われても、自社の年商300億円と比べると、規模が違いすぎて自分ごとになりづらい。しかし現在と同じ年齢構成で人口が減少するのではなく高齢化も進んでいるので、例えば30代前半の女性をターゲットにしたブランドだとすると、人口の縮小スピード以上の速さでターゲット層がいなくなるので、年商300億円は維持できない。より早急に手を打つ必要がある。
WWD:小売業者が切り替えるべき「粗利経営」とはどういうことか。
瀬川:在庫の物量で売り上げをつくるのではなく、少ない在庫で売り上げ、粗利益、キャッシュフローのいずれかを最大化させるビジネスモデルのことだ。しかし単純に在庫の量を減らすのは間違い。粗利経営への第一歩は「儲ける力」をつけること。その次に在庫量を減らしていくというステップが重要。
WWD:「儲ける力」とは具体的には何を指すのか。それがなくなったのはなぜか。
瀬川:「儲ける力」をつけるとは、1品番あたりの粗利を上げていくことだ。市場が拡大し続けているときは、そこそこ在庫もはけ、大量の在庫の中からたまたま売れた商品の利益で売れ残った商品の赤字をカバーできていた。しかし縮小市場に転じ、大量の売れ残った在庫をさばくためにセールを早める、回数を増やす、アウトレットを出す、オフプライスストアもできる…など、どんどん利益を失う方向でなんとか在庫をお金に換え、それでも売れないものは場合によっては廃棄されている。サステナブルという観点からもおかしいし、現状がそれでは、近い将来の高齢化社会に向け、恐怖しかない。
WWD:「儲ける力」をつけるために何をすべきか。
瀬川:小売業界では定価でどれだけ売れたかを示す「プロパー消化率」という指標がよく使われる。粗利を上げようとするとき、よく見受けられる間違いが「プロパー消化率を上げよう」という命題を掲げ、消化率何パーセントという“結果”をエクセルで一生懸命追いかけることだ。プロパー消化率を上げるには先手を打つ必要があるのに、結果の数字を見ているところに矛盾がある。数学の分析ではこれを「遅行指標」といい、結果を見るためのものだ。施策を打つためにはフルカイテンでも提供しているような「先行指標」を指針とする必要があるが、小売業界ではこの「結果が出る前の数字」を見る文化がなかった。それはやはり、見なくても大量の在庫があれば売れる時代が過去にあったからだろう。
経営改革でこれからの
「ブランディングの時代」に備えよ
WWD:経営者の意識はどう変わるべきか。
瀬川:当社ではセールスの早い段階から、経営層の方と相談することが多い。いろいろな経営者と接するうち、2種類に分かれていることに気付いた。一つ目は、当社のツールのようなテクノロジーが全てを解決すると思っている人。二つ目は、世の中のあり方や消費者の生活の仕方を変えるために、手段としてツールを使おうと考えている人。これは前者のほうが多いが、正直な話、われわれのようなIT業界側が良くないと思っている。今はDX(Digital Transformation)、少し前ならOMO(Online Merges with Offline)やAI(artificial intelligence)などキーワードでマーケティングをし、そのキーワードに紐づくITツールを導入することが大事だと思い込ませているところがある。実際に社会の考え方を変えるのはとても大変なので、ツールのセールスだけを考えたらキーワードをポンと出して売るほうが楽。だから経営者もツールの導入が全てを癒やしてくれるとう幻想を抱きがちだ。しかし本質を理解している経営者は、大事なのはツールを導入することではなく、どんな未来を作ろうとしているのか、自分の会社のあり方をどう変えたいのか、自分の会社で買い物する消費者の方の生活をどう変えたいかという観点から逆算し、必要なツールがDX系のツールでした、OMO系のツールでした、という選択になる。当社が提供するフルカイテンは粗利経営に有効なツールの一つではあるが、今はツール自体の話よりも、経営者たちに現状の危機を理解していただき、経営改革が必要だと呼びかけていきたい。
WWD:経営改革の先には、どんな未来が待っているか。
瀬川:粗利経営になることでブランディング時代がやってくる。粗利経営とは、単純に値引きをしない、在庫を減らす、原価を下げる、ということではない。原価を下げる点に関しては、各企業の努力で下がりきっている印象だが、それでも大量発注することでさらに数ポイント下げることを頑張っている。在庫を減らすことで、原価が上がってもいい。むしろ原価を上げて、付加価値の高い良い商品をつくることで、値引きをせずに済む。結局、粗利経営に変わることで、従業員の方の待遇を改善し、競合企業と差別化できる良い商品作りや、売り場で顧客に特別な体験を提供することに投資できる。このことを、私は「ブランディングの時代」と呼んでいて、商売をする人には一番楽しい時代が到来する。
WWD:フルカイテンは経営者の改革意識の啓蒙活動として小売業界の識者との対談をYouTubeに精力的にアップしたり、11月には小売業界向けのオンラインカンファレンスを予定したりしている。
瀬川:これまで話してきたことは、産業や国の未来につながる話なので、いちスタートアップの経営者がするには規模が大きすぎるテーマだ。スタートアップの経営者はそういった大きな大志を抱いていることが多いが、実際に語ってしまうと、それよりも目先の自分の会社の経営をなんとかしろと言われがち。また、発信力があるわけではないのでポジショントークと受け止められがちだ。そこで今回のカンファレンスは大きなテーマを「改革」とし、同じような危機感を抱いている登壇者たちが経営の改革について発信することで、小売業界の経営者の意識改革にドライブをかけたい。粗利経営に変わると、各企業の在庫の量が減る。それは大量生産をしなくて済むので、廃棄が減る。国内だけでなく世界中で粗利経営で成功する企業が増えていけば、有限な地球の資源を守ることにつながる。生活のためのお金も大事だが、子どもや孫にいかに今よりよい地球を残せるかにつながっていたら、そんな素敵なことはない。賛同してくれる経営者が増えることを願う。
明るい未来のための
「経営の変革」を目指す
カンファレンス
フルカイテンが主催する初のカンファレンスが、2021年11月9日(火)に開催される。登壇者は元TSIホールディングス社長・上田谷真一氏をはじめ、北の達人コーポレーション社長の木下勝寿氏など、瀬川社長の意思に賛同してくれた、今をときめく小売業界をけん引する立役者や識者が登壇。全部で5つのセッションで、さまざまな角度から経営改革について、対話を重ねる。
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開催日程:2021年11月9日(火)
時間:13:00~18:00 (計5セッションを予定)
形式:ZOOMでのオンライン
視聴:無料
集客予定人数:500名程度
参加対象者:小売関係者
TEXT:MIWAKO ANNEN