羽田空港は来春、日本各地の商材を世界に発信するラグジュアリーブランド「ジャパンマスタリーコレクション(JAPAN MASTERY COLLECTION以下、JMC)」を本格始動させる。地方の優れた技術や素材に裏打ちされた商品を集めるほか、一部山本寛斎事務所のサポートを受け、ファッションや日本のポップカルチャーなどを掛け合わせたオリジナル商品も提案する。同ブランドを羽田空港ターミナルやECサイトで販売したいと考えている。中国から欧米まで広く訪日客を取り込む。
同プロジェクトをリードしてきたのは、羽田未来総合研究所の大西洋社長だ。三越伊勢丹ホールディングス社長を経て、2018年に現職についた大西社長は、地方創生や文化・アートに可能性を見出し、小売りの新たな価値想像を目指してきた。パンデミックで経済全体が低迷する今、地方にフォーカスする目的とは。大西社長と、高谷健太・山本寛斎事務所代表取締役に聞いた。
大西洋・羽田未来総合研究所社長(以下、大西):地方は日本のGDPの半分を稼いでいる。ここが伸びないと日本の経済は良くならない。半導体など、アメリカや中国に勝てる分野もあるが、自動車といった分野はダウントレンドになり、戦後のようにファイティングする力はどんどんなくなっていく。競争ではなく、日本にしかない産業を生み出すべきだ。
WWD:その可能性の一つが、地方だと考えている。
大西:その通り。地方には歴史と伝統に育まれた技術力や匠の技、職人の技が無数に眠る。それを産業化し、経済循環を作り、日本を盛り上げたい。
WWD:いわゆる伝統工芸を集めるだけでなく、ファッションMDも重視する。その理由は?
大西:長い小売経験から、「日本発のラグジュアリーブランドを作りたい」という思いがある。フランスやイタリア、イギリスのラグジュアリーには、日本のテキスタイルや素材が使われている。デニム生地はその代表だろう。それなのに日本発のブランドが出来ないのは、ブランディングをやる人がいなかったから。ファッションの歴史や文化が関係するとはいえ、多くのラグジュアリーブランドもさかのぼればファクトリーブランドだった。日本でもラグジュアリーは作れるはずだ。兼ねてから付き合いがある山本寛斎事務所にブランドの発掘やコンサルティングなどを手伝っていただきながら、ジャパン発のラグジュアリーブランドを目指したい。
WWD:山本寛斎事務所にサポートを依頼した理由は?
大西:寛斎さんは早くからヨーロッパに進出し、最後はデザイナーの域を超えて活躍した。寛斎さんは亡くなったが、チームには彼の思いが色濃く継がれ、地域とのつながりを何よりも大切にしている。その姿勢に強く共感した。
WWD:実際にさまざまな産地を訪れると、改めて日本や地方の底力を感じる?
高谷健太・山本寛斎事務所代表取締役(以下、高谷):ものすごいパワーを持っている。しかし、私たちが素晴らしいと思っても、相手はキョトンとしていることが多い。地方の素材を産業化するには、まずは彼らが自分たちの技術力の高さ、アイテムの完成度の高さを誇り、自信を持ってもらうことが大事だ。
WWD:自信を持たせるため、具体的にどんなサポートを行う?
高谷:強く意識しているのは、普段はあまり表舞台に立たない人たちを、どう主役にして、世界にチャレンジする環境を整えるかだ。例えば日本が誇るレザーの産地の姫路では、彼らの素材の魅力をミラノの見本市でプレゼンし、大英博物館でそのアイテムを紹介した。さらに、「この街の技術が世界中の人々に紹介され、評価された」という事実を伝えるため、JR姫路駅にその功績を展示した。こういった取り組みが、地域の誇りと自信、やりがいとエネルギーになり、未来につながる。若い人は、地元の産業について詳しく知らない。地元への関心を喚起するのも、自分たちの役目だと思う。
大西:同感だ。それに加えて、作り手は自分たちの商材を良いと自負していても、プロモーションやPR面で苦労したり、どうすれば技術や素材がバリューアップするか分からなかったりすることも多い。中には、現状で十分だと考える人もいるし、外の人がやって来て、プロジェクトを行うことに抵抗感を抱く人もいる。いろんな背景はあるが、“世界が認める素材と技術力”が各地に存在するのは事実。それを海外に発信しない手はないと考えている。羽田未来総合研究所はこれまでも地方からブランディングを受託しており、さまざまな地域との接点もできている。さらに事例を積み重ねて、新しい技術や素材を見つけていく。
WWD:どんな商材を集める?
大西:これまでの小売りでは大きく衣食住のカテゴリーを設けていたが、今はそういう時代じゃない。“地方独特の生活文化”という大きなコンセプトのもと、各地で生まれたモノを隔てなく扱いたい。陶器やテキスタイルなど、そのまま提案できるものはそのまま扱うし、新しいプロダクトに落とし込むこともやる。ファッションやアニメ、キャラクターなど、掛け算しながらやっていく。
WWD:ビューティに関しては?
大西:もちろんビューティも入る。2020年3月に新しい国際線ターミナルを作り、「ジャパンビューティ」という免税エリアを開いた。地方発のビューティブランドを10個ほど集めた売り場だった。新型コロナウイルスの影響で、開業から1週間で営業停止を余儀なくされたが、地方に眠る素材はたくさんあることが分かった。「JMC」でも継続し、ビューティコーナーを作る。今注目しているのは、民間と自治体が協働し、コスメブランドを開発する事業で、すでに多くのトライアルを実践している。そういった面白い取り組みも紹介していきたい。
WWD:これまでも地方にフォーカスした売り場はあった?
大西:免税エリアにポップアップを設けて、2年間、仮説・検証を実施した。通常、訪日客の55〜60%が中国の方たちで、ヨーロッパは20数%にとどまる。ヨーロッパの方はシェアが低く、大きなポテンシャルを秘めるが、認められるには工夫が必要だ。中国人は南部鉄器を置くと、面白がって買ってくれる。しかしヨーロッパの人は、ユニークなだけでは買ってくれない。それを自宅の部屋に置いた時、自分たちの生活がどう変化するか、豊かになるかが購買の決め手になる。そしてトライアルした結果、目標としていた売上全体の40%をヨーロッパが占めるまで成長した。
WWD:免税の可能性はまだある。
大西:そうだ。そもそも訪日客はピークで4000万人近くまで上ったが、4.5兆円しかお金を落としていなかった。これは日本のGDPの1%に過ぎない。訪日客を増やすことも大切だが、一人一人がもっと消費したくなる商材やサービスを整え、10兆〜15兆円規模に拡大する方が重要になる。良いものがあるのに、そのプロモーションが奏功していない。重ねてきた仮説検証をターミナルのリアル店舗やECにてカタチにし、そのそのきっかけになればいい。
WWD:今、地方創生に取り組む意義は?
大西:新型コロナウイルスで生活スタイルがガラリと変わり、地方の魅力が見直されておる。移住とまではいかなくとも、週末だけ地方に滞在したり、都心の職場から離れた場所でリモート作業する人もいる。これは小売りにも追い風になる。我々は東京に拠点があり、小売りの“場”を持つ。
高谷:羽田は、地方商材を扱うのに素晴らしい場所だと思っている。東京の玄関口であり、ここに地方から新鮮なモノがどこよりも早く集まる。そして、世界各国に届けることができる。ファッションではショーのことをランウエイと呼び、飛行機の滑走路も“ランウエイ”と呼ばれる。地方から世界に発信するランウエイになるべく、その一翼を担いたい。