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奥が深くて懐も深い「着物販売員の世界」 40年のベテランに聞く 三松 青木良子

 明治時代に洋装文化が日本に入り、和装文化は徐々に衰退の一途をたどる。着物を着る機会といえば七五三、成人式、冠婚葬祭など、かしこまった場面でしかないというイメージも定着しつつあるため、きっちりルールを守った着方をしていないとダメだと指摘する『着物警察』の存在が話題になることも。一方で、ポップな柄の着物や着物コーデをした若者たちによる積極的なSNS発信も増えている。最近では“代々受け継いでいくもの”という観点から“サステナブル”であると再認識され、着なくなった着物をリメイクするブランドも登場。老舗の着物専門店「三松」ルミネ立川店の青木良子さんは、約40年に渡り着物の歴史を販売員の立場で見てきた。

―着物の販売員になったきっかけを教えてください。

青木良子さん(以下、青木):うちの家系はみんな代々、結婚前に和裁を習う習慣があったのです。行儀見習いのような感じで叔母たちも和裁教室に通っていましたので、私も行くことになりました。

―手に職をつけるというかんじでしょうか?

青木:そんな感じです。それに昔は、結婚したらご主人の浴衣ぐらい縫えるように針仕事くらいできないといけない時代でもありましたね。年齢の離れた姉は洋裁学校に行っていたので、中学生の頃は姉に服を縫ってもらっていました。当時は「次はコレにする?」なんて言いながら、雑誌を見ていましたね。私は和裁教室に行きましたが、そこで同い年のお友達に誘われて、着付け教室にも行くようになりました。和裁と着付けを3年半も習っていたので、折角だからと着物業界へ入ったのが昭和54年(1979年)の12月。ボーナス支給日に入社して、あの日はとても忙しかったからよく覚えているのです(笑)。さすがにその時は「私、続けていけるかしら…」と思いましたけど、「“三日三月三年”という言葉もあるし、ま、大丈夫か」と思い直しました。研修を受けても実際に店頭に出るとちょっと違いますでしょ。だから先輩の接客を見様見真似で覚えて、最初はお客さまに「外はいいお天気ですか?」なんて話しかけることができただけで喜んでいました。本当に毎日一歩ずつ成長していった感じですね。

―先輩の姿を見て仕事を覚えるというのは今も昔も変わらない上達の近道ですよね。

青木:そうです。要は「人の振り見て我が振り直せ」じゃないですが、そんな気持ちで仕事もしています。例えば、和裁教室の時はみんな進行具合も違うし、作っているものも違うから、先生が一人ひとり教えていくことは大変なんですよ。他の生徒さんが注意されている姿を見て、自分も「あの部分は雑だったかな」と思い、縫い直したことがありました。

―故事、ことわざってよくできていますよね。

青木:そう、とても的を射ていますよ。例えば「泣き面に蜂」ってありますけど、めげている時はどんどんめげて、良いことが起こらなくなります。誰かのせいにしたくなりますが、すべての原因は自分から発しているんですよね。まずは自分で反省しない限り、前には進めないと思います。

―今の社会的状況にも通じるものを感じます。新宿店にはいつまで?

青木:新宿には3年半いて、1984年に渋谷パルコ店に異動しました。渋谷店は99年に一旦クローズして「ふりふ」になったのです。私が入社当時に三松が掲げていた企業理念に「伝統と新しさに微笑みながらこれが三松の個性」というのがありまして、まさにそれを体現するようなブランドでした。古いことも守りつつ、新しいことにもチャレンジするって素晴らしいことだと思いました。「ふりふ」のような斬新な着物にも挑戦しているのは三松の強みですね。

―斬新でかわいい着物を展開していますよね。私も、成人式を迎えた頃に「ふりふ」があったらよかったのに…と思います。昭和から平成にかけての渋谷は活気があったと思いますが、当時の様子は?

青木:私が84年に渋谷に異動したころの渋谷は勢いがあって、若者がどんどん街に集まってきていました。在籍期間も長く、楽しい時代でした。でも、はじめのころは競合店が揃っていたのに、少しずつ撤退していって、結局は最後の一軒になりました。一店舗だけになると結構大変で、やはり競合店がある方が店は運営しやすいし、お客さまも呼びやすいんです。お客さまもお店が近くにあることで、各店を比較検討できますからね。そんな低迷の続く着物の状況を打破しようと、若者が集まるパルコで「ふりふ」が誕生したのです。最初は本当に大変で、顧客様にもたくさん声をかけました。普通なら数カ月かかるお仕立てを数日で仕立ててもらったこともありました。当時はお客様にも職人さんにもたくさん協力してもらいました。

―青木さんだから協力してくれたのではないでしょうか?

青木:そんなことはないですよ。新しいブランドは多くの人の協力なくしては成り立ちません。会社も頑張っていたから、私たち販売員も頑張っていろいろなことをしました。例えば、ディスプレイをこまめに変更してみたり、店に一日中立っているだけだと疲れるからスタッフに「着物を着たままでいいから館内や渋谷の街中を周ってきて」とお願いしたり。

―渋谷の街を「ふりふ」の着物で歩いたら目立ちそうですね。

青木:歩いているだけではもったいないので、「外で写真でも撮ってきたら?」といって、スタッフ数人で撮影会をしたこともありました。

―イマ風に言うと、インスタ映えのようなものですね!

青木:渋谷はロケーションが良いですからね。歩いてもらうだけで宣伝になりました。当時の渋谷は、若者が街を歩き回って服を探し、それをちょっと高かったとしても思い切って買う、そんな時代でした。今は世の中に物が溢れて選択肢が広がる一方で、余計なものは要らないという時代になり、インターネットを使って下調べするのが当たり前。買い物の仕方は大きく変わったと感じています。

―自由に着物を着ている若い方もいますが、一方で着物警察なんて呼ばれる方もいます。青木さんは着物の着方には何かルールや思うことはありますか?

青木:着物は本来、日常着だったのですから、自由に着ればいいと思いますよ。私は普段から着物を着ていますけど、洋服よりコーディネートを考えなくていいから楽(笑)。形は一律だし、後は小物や帯の色でどうか飾るか考えればいい。それも自分の好みで自由に合わせればいいんです。私なんか着物で卓球とかボウリングもやりましたよ(笑)。

―え!着崩れませんか?それに暑そう。

青木:着物は一つに繋がっているから、出てきたら引っ張れば直るんですよ(笑)。それに着物は意外と暑くないんですよ。わきの下が開いているから洋服よりも熱が逃げるんです。歌舞伎役者さんが扇子で顔の方ではなく、下の方、袖口の方を仰いでいるのも、風が袖から入って体の方へ通るからなんです。品が良いですよね。

―もっと気軽に考えればいいんですね。

青木:そう。強いて言えば、最近の子は補正をしてきれいに着ているでしょ。でも、昔の人は補正なしで自分の体型を生かして楽に着るものだったんですよ。その方が人間らしいじゃないですか。って、私はきれいに着られないからそう言うだけ(笑)。キチンと着られる方がうらやましいとは思います。

―着物のお店は何となく敷居が高いイメージがあるのですが……。

青木:そんなことないですよ。夏は浴衣が着たいからと見に来られる方もいらっしゃいます。振袖になると七五三で着て以来という方も多いですけどね。

―40年以上販売を続けてこられた秘訣は何でしょうか?

青木:やっぱりお客様に育てていただいているということだと思います。勤め始めて間もないころ、私の失敗で間違えて商品をお渡しした親子のお客様がいまして、何とか事無きを得たのですが、それをきっかけに顧客としてずっとついてきてくださいました。着物は洋服のように流行が変わって買い替えるものではない分、お客様とのお付き合いも自然と長くなりやすいんです。ご自宅にお電話すると旦那さんが出られて「青木さん、いつもお世話になってありがとう。今、代わるね」と奥様につないでくださることもあって、家族ぐるみのお付き合いになります。

―青木さんの接客のモットーは。

青木:お客様のお好み発見器みたいな感じですね。例えば、振袖はどれを選んだらいいか分からない人もいますが、話すうちに徐々に着てみたいイメージが浮かんできます。そういうのを引き出せることができたら良いですね。着てみたいイメージがある方でも、これが似合いそうだと思った小物を入れ替えてみて、さらに新しい発見ができたらいいなと思います。でも、私の販売スタイルは“カリスマ”ではないんです。

―いらっしゃいますね。「あなたにはコレ」みたいな決める方。確かに似合うかもとは思いますが(笑)。

青木:私はそれができませんが、迷っている方は「これが似合うと思うけど、こういうのは好き?」と聞いてから、合わせてもらいます。ダメだったら引っ込める(笑)。自分が買う立場になった時にあんまりしつこくされると嫌じゃないですか。特に考えているときに一生懸命勧められても困るなと思うのです。あまりにも悩むのであれば「また来てください」とか帰すこともありますよ。

―その見極めは難しいですね。

青木:そうですね。商品とお店の雰囲気を気に入ってくださっていれば、その時にご縁がなくても、ふと思い出して来店されます。その辺は洋服の販売の方と変わらないですよ。

―そうですね。では、最後に今後の目標は。

青木:誰かのお役に立てる限りは仕事を続けたいですね。私のような年配が店に立つ方が「重みが出る」とはいわれますが、そんな時代じゃないとも思っています。でも、必要とされる限りはお店に立ちたいですね。

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