東京五輪、パラ五輪(以下、東京大会)の終了からはまだ2カ月余りだが、早くも2022年2月開幕の北京冬季五輪、パラ五輪(以下、北京冬季大会)まで3カ月を切っている。徐々に日本を含む各国選手団の公式ウエアも発表されており、ユニクロは東京大会に続いて北京冬季大会でも、スウェーデン選手団にセレモニー用ウエアや競技用ウエア、練習着などを提供すると発表した。ユニクロのR&Dチームで、五輪プロジェクトを率いているのが古田雅彦氏だ。「イッセイミヤケ(ISSEY MIYAKE)」などを経て、アディダスやアシックスで五輪プロジェクトを率いており、五輪関連のウエアデザインに関わるのは北京冬季大会で6度目。古田氏に、ユニクロが五輪選手団のウエアに取り組む狙いや、スポーツメーカーとユニクロの開発手法の違いについて聞いた。
WWD:スポーツウエアのデザインを志すようになった経緯は。
古田雅彦ユニクロR&D部チーフデザイナー(以下、古田):学生時代は陸上競技のハードル走をやっていて、大学時代も陸上部に所属していた。一方で、父親がニットメーカーを経営していたことで小学生のころから自然と洋服への興味もあった。自分の陸上の経験を服にできたら面白いと思ったのがこの道に進んだきっかけだ。どうせスタートするなら一番の環境に身を置こうと、大学卒業後にパリの服飾専門学校エスモードに留学した。
エスモード卒業後は、津村耕佑さんによる「ファイナルホーム(FINAL HOME)」と、「イッセイミヤケ」のデザインチームに所属した。2社で学んだのは、技術と素材開発の両軸で産地と取り組みながらデザインしていく手法。その後アディダス、アシックスに移ってスポーツウエアに特化するようになったが、スポーツウエアのデザインでも、機能だけに偏るのではなく、機能と美しさの両立は常に追求している。(アシックスでの東京五輪用ウエアの開発を全て終え、ユニクロに入社したのは)ユニクロはどの商品にも機能が備わっていて、なおかつ美しく、誰にでも着ていただける。そこに、自分のこれまでの経験が生かせると考えた。
WWD:選手団のウエアを手掛けるのは、アディダス時代から数えてユニクロの北京冬季大会で6回目となる。スポーツメーカーでの開発と、日常衣料である“LifeWear”のユニクロでの開発はどう違うのか。
古田:大きくは変わらない。ユニクロも(スポーツメーカーと同様に)有明本部内に人工気象室があり、アスリートが経験するさまざまな環境下で服がどうなるかを検証している。また、ユニクロにはプロスノーボーダーの平野歩夢選手など、有力スポーツ選手6人のグローバルブランドアンバサダーがおり、これまでも彼らと一緒に服を作ってきた経験がある。だから日常衣料のユニクロであっても、ゼロから選手団のウエアを作るというものではない。もちろん、スポーツメーカーの人工気象室やラボはユニクロよりもっと規模が大きく、データ計測にも長い年数をかけている。その点は大変と言えば大変だった。
ユニクロが提供した東京大会のスウェーデン選手団の公式ウエアは、完成度の高いものを作ることができたと自負している。実際にスウェーデンの選手や関係者に有明本部に来てもらって、一緒に作る時間を持てたことは大きい。ただし、製作時間がもう少しあればとは思っていた。通常、スポーツメーカーでは選手団の公式ウエアは3年ほどかけて作るが、僕らは東京大会の公式ウエアを約1年で作った。それができるのがユニクロなんだと実感したし、デザイナー、パタンナー、生産担当のチームワークの精度の高さには非常に驚いた。「普通なら3年かかります」というのはユニクロでは通用しない。方向性が決まったら、あとは手を動かして何がなんでも進めていく。どれだけの時間をかけるのが適当か議論するのではなく、このゴールまでにやり切ろうと決める。それがユニクロイズム。北京大会用のウエアは19年末から取り掛かっているので、もう少し時間に余裕がある。
公式ウエア開発にも客の声を反映
WWD:具体的に、ユニクロではどのように選手団用のウエアの開発を進めているのか。
古田:われわれには店頭で販売している機能商品もたくさんある。東京大会でいえば“エアリズム”“ドライEX”などをベンチマーク商品としながら、それをどうアップグレードできるか、サステナブルにできるかを考えた。北京冬季大会では、“ハイブリッドダウン”や“ウルトラライトダウン”などがベンチマーク商品だ。とは言っても、単に店頭の商品を改良するというのではなく、まだ存在しない、次世代の商品の開発も目指しているというのがポイント。北京冬季大会に向けては、“ハイブリッドダウン”や“ウルトラライトダウン”の一般向け商品のデザイナーにも公式ウエアの開発チームに参加してもらい、選手の声だけでなくお客さまの声を反映して開発を進めた。ユニクロの一般向け商品は、カスタマーセンターやECのレビューに集まったお客さまの声をもとに商品をアップデートしていく会議が毎週行われており、その内容も公式ウエア開発に反映されている。
もちろん、実際に競技をする時のためのウエアには(客の声でなく)選手の声を最大限取り入れているが、セレモニー用ウエアや練習着には、(デザインチームの意見よりも)お客さまの声と選手の声を強く反映している。それがスポーツメーカーとユニクロの作り方の違いだ。僕たちは、最終的にお客さまに着ていただくことをゴールにしている。だから、お客さまの声と選手の声両方を聞きながら、ちょうどいい塩梅を探っている。
WWD:スポーツメーカーではハイスペックな選手用製品とは別に、一般販売用のレプリカを出すケースが多い。
古田:スポーツメーカーは最初からハイスペック製品とレプリカを作る考えで進めるケースが多いが、僕たちはできればレプリカは作りたくない。アウトプットは(公式ウエアと一般販売用で)一つにしたい。もちろん、公式ウエアのアウターなどは高機能過ぎて価格も高くなるので、一般販売用には機能を落としている。選手団がセレモニーで着用する“ハイブリッドダウン”のアウターは、暖かさは保って湿気だけ逃すように背中にベンチレーションを付け、背面の中心部分の裏地はメッシュ素材に切り替えているが、今季から店頭の“ハイブリッドダウン”にもベンチレーションを付け、裏地の切り替えも従来とは変えている。インナーなどは色やデザインをほんのちょっと変えて、そのまま店頭で売るものも多い。びっくりするくらい伸びる“ストレッチフリース”はその一つで、少しだけデザインを変えたものを既に店頭で売っている。ここまで伸縮性のあるフリースはこれまでユニクロにはなかった。
競技に特化したアイテムも、実は普段着の延長
WWD:北京冬季大会のウエアで、機能面で特に意識したことは。
古田:真冬の北京の屋外のような−10〜−15度の環境下ではレイヤリングが重要になるが、重ね着をすると蒸れるし窮屈になりがち。できるだけ少ない枚数で快適に過ごせるようなレイヤリングのシステムの追求には力を入れた。今回、セレモニーなどで着用するウエアはベースレイヤーからミドルレイヤー、アウターレイヤーへと4枚の重ね着を想定している。それぞれのアイテムで素材の厚みや混率を変えたサンプルを作り、発汗するマネキンなどに着せて数百通りの組み合わせを試した。先ほど話した“ストレッチフリース”も、レイヤリングしても快適に過ごせるように、生地が肌に貼りつかず空気が循環し、窮屈でない着心地を追求して生まれたアイテムだ。
ミドルレイヤーの“ウルトラストレッチダウン”は、中に詰めたダウンをステッチではなく、二重織りの組織によって留めている点が特徴だ。通常、ダウンを留める手法はステッチかボンディングテープが主流だが、二重織りによって新しい都会的な見え方になる。織機から出てきた時点で出来上がっている(そこから縫ったりテープを貼ったりする工程がいらない)ので、あとは中にダウンを積めるだけ。しかも、リサイクルダウンを詰めている。リサイクルダウン以外のサステナビリティの取り組みとしては、全体の7割にペットボトルを原料とする再生ポリエステル素材を採用している。紺色は天然由来の染料で染め、環境汚染物質と言われるフッ素を使わない撥水加工も取り入れた。
WWD:ダイバーシティー(多様性)の考え方がいっそう広がる中で、東京大会では従来以上にパラアスリートの活躍にも注目が集まった。
古田:北京冬季大会では、例えば車イスを使用している選手に向けては、座っても前身頃がもたつかず、すっきり見えるジャケットを作っている。スウェーデンの選手に限らず、これまでもさまざまな国のパラリンピアンに話を聞いてきたが、必ず言われるのが「パラリンピアンとオリンピアンで同じウエアが着たい」ということ。スウェーデンや日本は五輪とパラ五輪の委員会がそれぞれ同じメーカーとサプライヤー契約を結んでいるが、国によってはそもそも提供メーカーが異なるケースも多い。オリンピアンとパラリンピアンで、できるだけ同じ見え方になるように、同時に使いづらい部分がないように意識した。
WWD:コロナ禍以降、ヨガやランニングなどのスポーツや、キャンプなどのアウトドアレジャーを楽しむ人が増えている。今、選手ではなく消費者に求められる服はどんなものだと考えているか。
古田:われわれが競技やスポーツに特化したアイテムを作ったとしても、実はそれは普段着の延長だと思っている。家の中で過ごすお客さまと選手村の中の選手は同じ、北京の雪山で求められるものと、北海道やロシアのお客さまに求められるものも同じだ。だから、ファッション、スポーツと境界を設けず、われわれは“LifeWear”という大きな定義で服を作っていく。24年のパリ大会に向けての公式ウエアの開発も、実は既に始まっている。東京大会や北京冬季大会より開発時間が取れる分、店頭の商品への反映もより前倒しで進められるかもしれない。このように、ユニクロの中では五輪向け公式ウエアのために特別なチームがあるのではなく、店頭向け商品を開発するR&Dチーム全体の中の一部だ。