ロンドン発のブランド「アーデム(ERDEM)」は、2022年春夏シーズンからメンズ・コレクションを立ち上げる。同ブランドは、トルコ人とイギリス人の血を引くアーデム・モラリオグル(Erdem Moralioglu)デザイナーが2005年に設立。15周年を迎えた今年6月に、メンズのファーストコレクションを発表した。テーラードジャケットやトレンチコートといったクラシックなアイテムに、シグネチャーであるロマンティックな花柄や、鮮やかな色のケーブル編みのカーディガンなどは若々しい雰囲気だ。ロンドンの老舗百貨店ハロッズ(HARRODS)や、大手ファッションECサイトのミスターポーター(MR PORTER)とマイテレサ(MYTHERESA)、日本ではユナイテッド アローズ(UNITED ARROWS)や阪急メンズなどでの取り扱いが決まっている。
メンズ立ち上げの背景には、「ヴィヴィアン・ウエストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)」でのインターン経験や、18年に「H&M」とのコラボレーションで初めてメンズのデザインを手掛けたこと、そして双子の妹の影響があるという。次なるステージへと向かうモラリオグル=デザイナーに話を聞いた。
空想的なウィメンズ
現実的なメンズ
ーーメンズライン立ち上げに至った経緯とは?
アーデム・モラリオグル=デザイナー(以下、モラリオグル):パンデミックで全てが止まり、アトリエも静まり返っていた。設立から15年で初めての穏やかな時間でもあった。その時、男性スタッフが「アーデム」の服をさまざまに着こなす姿を見て、メンズのクリエーションや色彩が、鮮明なアイデアとして浮かんできたんだ。そこから、僕が大好きな映画監督でアーティスト、園芸家でもあるデレク・ジャーマン(Derek jarman)のワードローブから着想を得てデザインに取り掛かった。彼の作品はカラフルで幻想的だが、彼自身はユニホームを独自に解釈して私服にするという面白い人物だ。また「H&M」との3年前のコラボレーションでメンズを初めて発売し、予想以上に好評だった。本格的に立ち上げるにはいいタイミングだったんだ。
ーーメンズとウィメンズではデザインアプローチは異なるか?
モラリオグル:ウィメンズでは、空想的な物語や特定のアーティストや過去の偉人などがコレクションに関係している。“このコレクションを着用する現代の女性とは誰なのか””彼女に今何が起こっているのか”と考えながら制作する。一方でメンズは“彼には今何が必要なのか”という、より現実的な問いを自分に投げかけ、僕自身が何を求めているかという直接的な欲求もアプローチに含まれている。
ーーメンズはどのようなイメージ?
モラリオグル:姉の服を、自分なりの着方で楽しむ弟だろうか。夫ではない。同じアイデンティティを共有する姉弟で、男性の中にあるフェミニティを引き出すことが重要だった。メンズでは「アーデム」のロマン主義と、実用性を重視している。なぜなら、男性服は基本的にユニホームに由来していると思うから。ファーストシーズンはテーラードやコーデュロイパンツ、モヘアニットといったベーシックアイテムを、色とプリント、カッティングでロマン主義の要素を加えている。
ーーウィメンズはフェミニン、ロマンティック、幻想的と表現されることが多いが、メンズはどんな言葉を付け加えたい?
モラリオグル:“実用的ロマン主義”だろうか。例えば、ウィメンズのアイテムに触発されたケープは、まさに実用的でロマンティックな作品に仕上がっている。メンズウエアのカテゴリーの中で、“実用的ロマン主義”を具現化することは僕にとっての新たな挑戦だった。そして、ウィメンズやメンズを問わず「アーデム」創設当初から大切にしている言葉は、“永続性”だ。トレンドや一過性とは関係がなく、必ずそこへ戻ってくるような、永遠に続く洋服をデザインするという考えが芯にある。
「ヴィヴィアンには真の流動性があった」
ーーメンズライン立ち上げに至り、デザインチームを再編成した?
モラリオグル:全く同じメンバーだ。非常に小さいチームで、ウィメンズとメンズの両方を手掛けている。
ーーメンズウエアのデザイン経験がほぼないあなたにとって、挑戦だったのでは?
モラリオグル:確かに、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(Royal College of Art)ではウィメンズデザインを学び、「アーデム」で15年間ウィメンズに注力してきた。メンズの制作で想起したのは、「ヴィヴィアン ウエストウッド」でのインターン経験だ。ヴィヴィアンが生み出す作品には、性差の対話や性別の遊び、進歩的なユニセックスの概念が宿っていた。そこには真の流動性が存在していて、学生だった僕にとっては刺激的で素晴らしい経験だった。また、双子の妹を持つ僕にとって性別は、関係上で成り立つ相対的なものにすぎない。子供の頃、祖母が編んでくれたセーターを妹とおそろいで着ていたこともあるぐらいだから。洋服における性差や、フェミニティとマスキュリニティの認識は、こういった幼い頃の経験が影響しているのだろう。「アーデム」にとってフェミニティとは、自信を与える力のようなもの。メンズウエアでもそれを表現することに、とてもワクワクしている。
ーーメンズを始めたことが、ウィメンズのデザインにも影響を与えることはあるか?
モラリオグル:それは絶対にある。両方に大きな影響を与え合っている。前途したケープと同じく、トレンチコートもウィメンズのデザインを踏襲したものだ。逆に、男性的なラインのテーラードジャケットやニットのネックラインは、今後のウィメンズのデザインに影響を与えそうだ。メンズが店頭に並ぶと、女性顧客もメンズのフラットなシェイプのチノパンや、ざっくりと着られるニットを手に取るのではないだろうか。顧客にも、その動向を見た僕にも影響を与えることになるだろう。
ーー次の15年に向けての展望は?
モラリオグル:まずはメンズを拡大させ、同時にウィメンズも成長させていく。ロンドン・メイフェアにある旗艦店では、両方のコレクションのボリュームがこれから増えていくだろう。次の目標は、ブランドの世界観に没入できる実店舗を各都市で育てること。ロックダウンを経て、服を見て、触れて、感じることができる物理的な体験の重要性を、これまで以上に認識したと思うから。日本やニューヨークに出店して、「アーデム」の世界観に足を踏み入れる人が増えることを目指したい。