昼下がりの東京・二子玉川公園。遊具ではしゃぐ子連れの親子に混じって、ダブルブレストのブレザーを着こなすおしゃれな男性がいる。
生後間もない息子を腕に抱き抱え、よく一緒に遊びに来ているという彼は、オンワード樫山・第三カンパニー ポール・スミス事業部マーチャンダイザーの羽田野良太さん(30)。妻・英里佳さんの出産を期に、この10月から来年11月中旬までの育児休暇に入った。
MDとして順調にキャリアを歩む中、この1年間は育児に専念することを決めた。「周囲からは(育休で)キャリアに水を差さない方がいいのでは、という声もありました。まだ先は長いですが、この選択は間違っていなかったと思っています」。そう笑顔で話す羽田野さんに、始まったばかりの育児奮闘記とこれからのキャリア観を聞いた。
WWD:(写真を見て)かわいいお子さんですね。男の子ですか?
羽田野良太マーチャンダイザー(以下、羽田野):宇玄(うげん)っていいます。この9月に産まれました。親馬鹿なんですが、かわいいですよね(笑)。僕似なんです。まだ遊具では遊べないんですが、よく一緒にここに来るんですよ。
WWD:現場で働いているときと今とでは、どちらが大変ですか?
羽田野:う〜ん……。スケジュールのタイトさでいえば、仕事をしているときと同じか、それ以上に忙しいです。一晩中夜泣きをして寝られない日もあれば、お腹が空いて朝早くに起こされるときもありますから。今も眠いんですよ。かわいい息子のためだからか、不思議とストレスはありませんが。
とくに苦労するのは、お風呂です。服を脱がすと寒いって泣くし、お湯になかなか入りたがらないので、まずは風呂桶に入るところから慣らしていきました。耳に水を入れると炎症を起こしちゃうとか、気をつけることも多くて、色々手探りです。ネコ2匹の世話もしなきゃいけないので、自分のことはする暇もなく、1日がいつの間にか終わっています。
息子が産まれてから1カ月は、事業部が本当に忙しい時期だったので、リモートワークしながら育児をしていました。これがもう、本当に大変で。泣いている子どもの隣で仕事をしていては、やっぱりパフォーマンスが落ちてしまう。在宅といえど、両立は難しいなと感じました。
WWD:育休取得にためらいはありませんでしたか?
羽田野:妻の妊娠が発覚して安定期に入ったころには人事に相談していました。職場の上司に話したのもそのくらいの時期です。2年ほど前から社内の働き方改革の一環で、現場のチーム単位で、自分たちの理想の働き方を考える会議を週1回実施してきました。そこでは自分のキャリア観やプライベートのことをフランクに話していましたから、育休のことも話しやすい雰囲気があったように思います。
WWD:30歳という、キャリアにおいては脂が乗った時期でもあります。
羽田野:入社当初の「身を粉にして働いて、昇進してやるぞ」っていう自分だったら、今も会社のオフィスにいたかもしれません。この(育休取得の)選択には、新型コロナの影響も大きかったですね。僕がいる部署では週1回ほど出社し、あとは在宅で仕事をしています。その中で、プライベートを充実させることも大切だと実感しました。
WWD:職場復帰は怖くないですか?
羽田野:もちろん、(部署に)戻ったときのポジションがどうなるか分かりませんし、すぐに仕事の勘が取り戻せるかという不安もあります。職場のメンバーには少なからず負担をかけています。復帰後は人一倍努力をするつもりですし、仕事を甘く見ているわけではないけれど、1年のブランクなら取り返せると思っています。
でも、息子とゆっくり過ごす時間は今しかありません。数週間したら目が開いたとか、笑うようになったとか、成長をすぐそばで見守れる幸せを感じています。仕事をしている中では味わえない、かけがえのない喜びです。
僕の周囲の若い社員も育休を考えているみたいで、「いい先行事例になってね」ってプレッシャーを掛けてきます(笑)。がむしゃらに仕事に打ち込んできた先輩社員も、「3人目(の子供)ができたら、(育児休暇を)取ろうかなあ」なんてぼやいていました。アパレル企業は休むことを是としない、体育会系の雰囲気がありました。特に上の世代だとそれが根強いと感じます。そんな雰囲気も徐々にですが、変わりつつあります。
WWD :宇玄君にはどんなふうに育ってほしいですか?
羽田野:芯が強い子に育ってほしいですね。「スポーツをやらせるなら、団体競技がいいね」とか、ぼんやりですけどそんな風に(妻と)二人で考えています。こんな話がゆっくりできるのも、やっぱり育休を取れたからなんですよね。
オンワードホールディングスは働き方改革を推進するため、2019年から「働き方デザインプロジェクト」をスタートした。週に1度、仕事のチーム単位で「自分たちがよりよい働き方をするために何をすべきかを考える会議=カエル会議」をスタート。社員間のコミュニケーションの活発化と、ボトムアップ型の業務効率化に取り組んでいる。
リモートワーク推進も視野に、20年7月には本社勤務者全員にスマートフォンの配布を完了。マイクロソフトが提供する社内SNS「ヤマー(YAMMER)」の活用で、「誰がどこで何を言っても平気」(同社)な風通しのいい社風の醸成にも努めている。
その成果として、中核事業会社であるオンワード樫山における21年2月期の男性育休取得率は、19年2月期との比較で12.3ポイント向上し20%に到達。国内企業平均(厚生労働省調べ)の12.6%を大きく上回っている。