ファッション

感性を揺さぶる靴 「カルマンソロジー」が若者に刺さる理由

 国産の紳士靴ブランド「カルマンソロジー(CALMANTHOLOGY)」が、ファッション感度の高い若者を中心に支持を広げている。ブランドスタート(2018年)から3年。「トゥモローランド(TOMORROWLAND)」「エディフィス(EDIFICE)」などの大手セレクトショップや個店など、取引先のアカウントは15まで増えた。商品は10万円前後と高単価でありながら、購買中心層は20代が多くを占めているという。

 世間ではスニーカー通勤を奨励する企業も増え、コロナ禍において男性の仕事着のカジュアル化は加速している。だが「カルマンソロジー」はその影響とほとんど無縁だ。「そもそも僕が目指しているのは、ビジネスシーンが似合う靴じゃない。極端なことを言えば、スーツよりもジャージーパンツに合わせてほしい」と金子真デザイナー。

 個性が前面に出る靴ではない。黒一色にこだわり、シルエットやディテールで愚直に勝負する。ミニマルなデザインの中に、若者の心を捉える説得力をどう生み出しているのか。金子デザイナーに聞いた。

 「どうして10万円もする、しかもカジュアル用途の革靴を作ろうかと思ったのか。それは、単純に僕自身がファッションが好きだから」。

 「毎朝その日のコーディネートを決めるとき、服に合わせて靴を決める訳でもないし、その逆でもない。服と靴の間には感覚的な境目がないというか。だからお客さまにも気負いせず、ファッションアイテムの一つとして『カルマンソロジー』の靴を捉えてほしいと思っている」。

 「カルマンソロジー」は、靴に合わせて全身をコーディネートしたファッションブランドのようなビジュアルを製作している。フォーマルを想起させる黒の革靴であっても、さまざまな着用イメージを膨らませることができる。(「カルマンソロジー」2021-22 年秋冬コレクション

 金子デザイナーが靴をデザインするプロセスも、革靴としての美しさと、モデルに履かせてトータルで見たときのバランス、その両方を常に意識しながら進める。全身で見たときの足元のボリューム、靴のパンツに隠れる部分とそうでない部分の比率などは、着用した状態で何度もチェックする。

 「いくらいい革靴でも、装いの一つとして成り立たなければ意味がないと思う」。

 紳士靴市場において10万円以上は、英高級紳士靴ブランド「ジョンロブ(JOHN LOBB)」など、英国やイタリアのインポートシューズが強い勢力を持つゾーンだ。「カルマンソロジー」はそういった海外ブランドと異なり、卸先は紳士靴の専門店ではなく、ファッションのセレクトショップに限定している。

 「こんなブランドを立ち上げると言うと、当初は周りに『無理だ』と言われた。実際、僕も“紳士靴”というカテゴリーの中で戦っては、すぐに埋もれてしまうだろうと感じていた」。

 「これまでの紳士靴ブランドは、ファッションブランドとは遠く離れた、うんちくやこだわりが支配するガラパゴスの中で語られてきた。だったら『カルマンソロジー』はファッションとより強く結びつくことで、今までの革靴にはない価値を生み出すことができれば、必ず生き残っていけるという自信はあった」。

 「カルマンソロジー」は半年に一回、12足のコレクションを発表している。金子デザイナーはこれを「ページ」と呼ぶ。ブランドに、物語のような連続性を持たせるためだという。一つのページには、新作だけでなく、数シーズン続く定番もラインアップされる。

 「ファッションは好きだけれど、新しいものだけを是とするファッションビジネスの考え方には共感できない。僕は最近作った靴も、以前作った靴もフラットな目線で見ている」。

 「ページをめくるたびに全く異なる世界が広がっていて、それを表現する役者として靴があるイメージ。だから一つの商品が何ページにもわたって登場することもあるし、逆にそのページの世界観にそぐわなければ、売れ筋でも(コレクションから)外すことはある」。

 「カルマンソロジー」の靴は金子デザイナーが信頼する国内工場で作る。1つの靴の生産に要する期間は、サンプル製作を含めおよそ8カ月と、一般的な革靴に比べると非常にロングタームだ。職人に求めるハードルも高い。たとえばステッチに関しては、高級輸入靴でも3センチ当たり15針で縫うところを、より細かく17〜19針で縫う。アッパーの皮革を木型に合わせて成形する「釣り込み」の作業にも独自の理論があり、通常の工程より時間がかかる。

 「技術への信頼がある分『ここはこうしてくれ』『いやできねえよ』と言い合いになる。(納品までの)時間とも、職人とも毎日戦っているけれど、1番の強敵はなかなか首を縦に振らない自分』。

説明書きはいらない
直感に語り掛ける靴

 多くのこだわりを詰め込んではいるものの、先入観を捨て、靴を履いた時の「直感」を大事にしてほしいという思いがある。卸先以外では、ポップアップストアを毎月2〜3回の頻度で実施している。白を基調にした什器で世界観を統一し、商品名と価格以外の説明書きは一切ない。

 「革靴に限らず、何かの作り手はこだわりを語りたがる。だけど僕は、『そうじゃない』と思う。全部こだわっているから、説明するとキリがないということもあるけれど(笑)」

 「大事なのは売り場に置いてあるとき、お客さまがパッ見て『かっこいい』『履いてみたい』と感じていただけること。わざわざ言葉で語らなくても、感性に訴え掛ける靴を作りたい。革靴を買ったこともない大学生が、僕の靴に『一目惚れした』と言い、バイトで一生懸命貯めたお金をはたいてくれたこともある。本当に感動した」。

 ブランドを立ち上げる前は17年間、国内のシューズメーカーでデザイナーを経験した。

 「その時は完成された工程、世界観、求められる商品があった。手を抜いていたわけではないが、表現したいことを全て出し切りたいと思い、ブランドを立ち上げた。100%、120%の力で靴を作っていると、その過程で“サプライズ”が生まれることがある。それは自分がデザイン画を描いているときかもしれないし、職人が靴を作ってくれているときかもしれない。たとえば上がってきたサンプルが、コバ(靴全体を縁取る部分)が仕様書よりも1ミリ攻めて(削れて)いて、ウエストラインがすごくきれいになっていたりとか。細かすぎるかな(笑)」。

 「型にはまったモノ作りをしていると、確かに『正しい』『予想通り』のものはでき上がる。けれど、それじゃ僕もお客さまもワクワクする靴はできない。だから『こんなもんでいいや』という妥協は絶対にしない」。

“完璧な半製品”を作る

 金子デザイナーの考えを体現している靴の一つが、8ホールのプレーントゥ(11万8800円)。シンプルな面構えだが、アッパー(靴の表面)のステッチのデザインは何百通りと試行を重ねた末にたどり着いたものだという。

 「これはとても勉強させてもらった靴でもある。なかなかデザインの正解に辿り着けなくて悩んでいたが、足を入れてみると、その膨らみでステッチラインが綺麗な曲線を描き、『これだ!』というバランスが生まれた。結局、商品化の直前まで置いたときの見た目には満足できず、完璧主義な自分の性格だと許しがたい部分もあった。ただやはり、靴は誰かに履いてもらってこそ美しい物だとも気付かされた」。

 妥協のない製作プロセスを経て、最後は所有者が完成させる。金子デザイナーが「カルマンソロジー」で目指すのは“完璧な半製品”を作ることだと言う。

 「ポップアップストアでは僕も売り場に立つことが多い。買っていただいた靴をその後もずっと見届けたいという思いで、メンテナンスもさせていただいている。すると、履き込んだ靴の表情は、所有者によって全く違うものになっている。共通して言えるのは、自信を持って完璧だと思っていた新品の時よりも、はるかに美しいということ。それが僕にとっての、もう一つのサプライズになっている」。

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