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創業118年、神戸の老舗「ブティックセリザワ」の挑戦【下】 4代目に聞くコロナ渦中の事業承継

 神戸の老舗専門店「ブティックセリザワ(BOUTIQUE SERIZAWA以下、セリザワ)」。パンデミックの最中、3代目の芹澤豊成社長は、娘夫婦である森山卓司取締役、芹澤麿衣取締役へと、順次事業を引き継ぐことを決めた。事業承継をスムーズに進める目的で、組織体制もよりシンプルに変更。こうしたプランを豊成社長は随分前から考えていたというが、自粛期間を経て、世の中が大きく変わろうとしているこのタイミングこそ「自社も変わるチャンス」と判断したのだという。経理は引き続き社長が担い、その他の全ての事業を両取締役へと託す形で新体制はスタート。3年以内を目処に、社長も4代目に譲る予定だ。

 新体制で、経営企画から人事にいたるまで総合管理を担うのが、森山取締役。サントリー、コスモスイニシア(旧リクルートコスモス)を経て、13年に「セリザワ」に入社し、販売員も務めて経験を積んだ。創業ファミリーの一人娘である芹澤取締役は、阪神間の富裕層との付き合いの中で磨かれた「セリザワ」 流の社交術が自然と身についており、店舗のサービス面のディレクションを担当。芹澤取締役は祖母にあたる2代目社長夫人、禮江(ひさこ)氏の鏡台で見つけた“化粧紙”をきっかけに、まだ4、5歳だった頃にすでに“香水”に魅了され、愛用していたのだという。ファッションを扱う企業の創業ファミリーらしい、エレガントなエピソードだ。

 旧体制から新体制へと移行する中で、森山取締役は自分より社歴の長いベテラン社員たちとの理解を深めるため、丁寧にコミュニケーションを重ねている。以前は社長、専務、常務の3人体制を敷いており、全員が創業ファミリーだった。重みのある旧経営陣に対して森山取締役は新参者であり、アパレル業に関しても「セリザワ」に入るまでは未経験。社員たちと心を通わせるために、森山取締役は「青臭いんですけれど、夢を語ったんです」と少し照れくさそうに話す。コロナという厳しい状況下、ベテランたちを前に「僕に任せてくれ」と豪語した一コマもあったとか。「結果を出して、認めてもらいたい」という気持ちを強く持っている。

創業者をリスペクト、でも「そこにこだわりすぎない」

 森山取締役は、「セリザワ」創業者や、先代経営者たちの思いをどう継いでいくのか。「神さまでもない限り、思いや考えは、継承できるものではないと思っているんです」。意表を突かれると同時に、考えてみれば確かにそうだと納得してしまう言葉が返ってきた。「父たち(3代目)を見ていましたから、創業者に対して別格とも言える思いがあることは分かります。何もないところから創業したことを僕も深くリスペクトしており、理解しようとする努力は惜しみません。ただ、一般的に言って事業承継は、受け継ぐことにこだわりすぎるがゆえに、物事の判断基準が的外れになってしまうケースが多いと思うんです」。そして「その時代に生きた経営者が、その時代に生きる社員やお客さまのために考えた判断基準は、その人たちだけのもの」と続ける。

 それならば、森山取締役、芹澤取締役は4代目として、「セリザワ」をどのように今の時代にフィットさせ、発展させていくつもりなのか。既に動き出したことの一つが、60歳の定年を迎えても、まだ働ける優秀な人材の雇用継続だ。旧体制下でも、既存顧客の安心を得るために「なんとなく」雇用継続が行われている部分はあった。しかし、2人は雇用継続を明確に打ち出し、2021年3月から仕組みとして運用。実際、「セリザワ」には同社に勤めて半世紀という73歳の人気販売員もいる。年齢を問わず、新生「セリザワ」に必要とされているとはっきり伝わったことで、ベテラン社員のモチベーションは向上。ベテランのやる気は、増員中である若手社員にも伝播して成長につながっているという。

 「われわれの顧客にとって、馴染みの販売員に会いに来ることも楽しみの一つ。それに、熟練販売員たちの接客術は一朝一夕でまねできるものではなく、貴重な財産だと感じています」。森山取締役は、自らも販売員として店頭に立った経験から見えてきたこととしてそう語る。人生100年時代、年齢を重ねても生き生きと働き続ける販売員の存在は、ファッションやビューティ業界全体にとっても刺激になるはずだ。

 「セリザワ」のオリジナルコレクションを復活させたことも、4代目として仕掛けたことの一つだ。起用したパタンナーも70代の熟練。復活後初のシーズンとなった21-22年秋冬コレクションは、フレンチスリーブのカシュクールドレスやボウタイブラウスといった、オーセンティックなデザインがそろう。いいものを長く着たいという顧客のニーズに寄り添うために、高品質なお直しのサービスもこれから展開する予定という。

エルメスが出資する「シャンシア」でイベント実施

 今後は、定期的なコト提案にも注力していくと森山取締役は語る。その第1弾として10月15、16日に、中国発のラグジュアリーブランド「シャンシア(SHANG XIA)」のイベントを開催した。兵庫・芦屋の滴翠美術館を貸し切り、「シャンシア」の中国茶器、バッグ、洋服、ジュエリーと「セリザワ」オリジナルの21-22年秋冬コレクションを展示。和洋折衷の阪神モダニズム建築が際立つアートな空間に、美しい花々のインスタレーションを加えた。

 「シャンシア」は09年に中国発ライフスタイルブランドとしてスタート。以前はエルメス・インターナショナル傘下で、現在も引き続き同社が出資していることで知られる。「セリザワ」が「シャンシア」と縁を結べたのは、芹澤家と親しい神戸の華僑ソサエティーによるバックアップがあったからだという。老舗ならではの強みが、ここでも生かされている。優雅な2日間の展示販売会は、来場者数が予想の1.6倍、売り上げは2.7倍と、好調に幕を閉じた。従来の中心顧客であるシニア層に加え、30〜40代の新規客が多数来場したことに大きな手応えも得た。

 「売り上げよりも、まずは社員と一緒に成功体験を作りたかった。そうすることで、心が一つになれるんです。結果、数字は後からついてきました」と森山取締役。ECやSNSへの取り組みが手薄であることは「セリザワ」が抱える課題だが、今回のイベントではそれについても発見があったという。「(ECなどにも慣れ親しんでいるはずの)若い世代の新規のお客さまを含め、多くの方が商品を実際に見て、触れてから購入することを求めていらっしゃると感じました。芦屋の森の中の私設美術館という特殊な環境で質の高い接客を受けて、買いものをする。こういった機会を喜んでくださる層がこんなにもいるのか、と驚きましたね」と、目を輝かせた。コロナ禍による売り上げの落ち込み、先行きが見えない業界への不安など、ストレスの多い状況下にあった社員にとっても、イベントの成功は希望となった。

 次なるコト提案としては、年末年始に向け、家族団らんの場で使える食器のイベントを12月3、4日に行う。会場は、兵庫・灘の銘酒蔵「菊正宗」だ。麹の香り、伝統建築の気配など、五感に働きかける提案を目指す。“ステイホーム”需要で食器類に注目が集まっていることもあり、「シャンシア」イベントでも食器類の売り上げが特に好調だったことから、今度は趣向を変えて日本の美濃焼をセレクト。森山取締役が見つけたという、岐阜県土岐市の小さな集落から生まれる「ぎやまん陶」の食器を販売するという。

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