ファッション

H&M、サステナブルな“進化”の舞台裏 本国チームが循環型思考を語る

 H&Mは、2040年までにバリューチェーンを通じてクライメート・ポジティブ(自社で発生するCO2排出量よりも吸収量の方が多い状態)の達成を目指す。これに向け、今年始動した“イノベーション・ストーリーズ(Innovation Stories)”と名付けたカプセルコレクションシリーズでは、革新的技術や素材を最大限に活用し、サステナブルなファッションの可能性を追求している。

 同シリーズの最新コレクション“サーキュラー・デザイン・ストーリー・コレクション(Circular Design Story Collection)”では、同社が開発した「サーキュレーター(Circulator)」と呼ばれるデザインツールを初めて導入。循環型への移行を進める同社の“進化”が凝縮されたコレクションとなった。アン・ソフィー・ヨハンソン(Ann Sofie Johansson)=H&Mクリエイティブ・アドバイザーと、エラ・ソッコルシ(Ella Soccorsi)=H&Mコンセプトデザイナーに、同コレクションに込めた思いや制作の裏側について話を聞いた。「デザイナーとして新たなマインドを得た」と語る彼女たちの言葉には、循環型社会におけるファッションを考えるさまざまなヒントが詰まっている。

WWD:改めて、“イノベーション・ストーリーズ”シリーズはH&Mにとって、どのような位置付けか。サステナビリティをテーマとした“コンシャス・エクスクルーシブ(CONSCIOUS EXCLUSIVE)”コレクションからどのように発展したのか?

アン・ソフィー・ヨハンソン=H&Mクリエイティブ・アドバイザー(以下、ヨハンソン):“コンシャス・エクスクルーシブ”コレクションでは、主にオケージョンウエアを取り扱っていた。次のステップとして、あらゆる顧客に向けて、さまざまなトレンドやスタイルのものを作りたいと考え、“イノベーション・ストーリーズ”はより自由度の高いシリーズとなっている。最初は科学者と協業した革新的な素材にフォーカスを当て、次はサステナブルな染色、その次は廃棄物といった具合にコレクションごとに異なるトピックについて取り上げた。問題をより明確にしつつ深く掘り下げるアプローチも特徴だ。いずれもファッショナブルかつ先進的なコレクションだった。

エラ・ソッコルシ=H&Mコンセプトデザイナー(以下、ソッコルシ):各課題を解決するために、私たちはサステナビリティ部門と密接に連携している。彼らから画期的な新素材や繊維があると連絡があれば、まず同シリーズで(小規模に)テストしてから、ブランド全体および業界全体にスケールしていく。こうした意味で、“イノベーション・ストーリーズ”はさまざまな実験ができるプラットフォームだと考えている。

WWD:フォーカスを当てる課題・ポイントはどのように選定している?

ソッコルシ:サステナビリティ部門から、優先すべき課題の提案があったり、準備ができているものから決めたりすることもある。例えば「新たな染色プロセスが試験段階まで来ている、ではそれをテストしてみよう」という具合だ。

ヨハンソン:テストを繰り返す中で、使用するには尚早だったと判明し、実際に店頭に並ぶまで数年かかることもあるが、それは必要なプロセスだ。トライし続けることが重要だからだ。小規模でしか実現できないものもあるが、“イノベーション・ストーリーズ”で学んだことを「H&M」のほかの商品に適用してスケールすることも狙いであり、目標の一つだ。

循環型ファッションの最新ツールを導入 「現在だけでなく未来のための服を作る」

WWD:最新コレクションの“サーキュラー・デザイン・ストーリー・コレクション”にはどんなメッセージを込めた?

ソッコルシ:主要なメッセージは、循環型をさらに推し進めていくことだ。今回はH&Mが業界向けに開発した循環型ファッションを推進するためのツール、「サーキュレーター」を初めて導入した。衣服や製品のライフサイクル全体を俯瞰し、消費者が製品を購入した後もできる限り“良いもの”であるようにするにはどうすればいいかを考えた。耐久性、修理のしやすさ、いずれ誰かに譲ることはできるかなど、製品をできる限り長く、循環サイクルにとどめておくための長期的な視点でデザインした。リサイクルしやすいパーツにも着目した。従来はまず生地を選び、それに合うボタンやライニングなどを選ぶという手順だったが、そこに初めてリサイクルのしやすさという視点が加わった。

WWD:従来とはデザインのプロセスが全く変わったということか。

ヨハンソン:その通り。私たちはこれをある種の旅路のようなものだと思っている。完全に新たなマインドになったし、それを継続していきたい。正直に言えば、山のような課題に直面したが、何事も最初はそういうものだ。革新的なものである場合はなおさらだ。

ソッコルシ:デザインチームにとっても(こうしたマインドの変化は)インスピレーションの源となった。服は現在だけでなく未来のためのものでもある、という考え方にインスパイアされて浮かんだのが今回使用した水玉模様や大きなリボン飾りだ。こうした要素は不思議と何度も流行するからだ。

WWD:例えば、どのような課題にぶつかった?

ヨハンソン:当初考えていたことを実現できなかったり、装飾用のパーツやさまざまな種類の素材に関しては、新しい方法を模索する必要があったりした。一方で、循環型を前提に考えることで以前は思いつかなかったようなアイデアがひらめいたりもした。おかげで視野が広がり、課題の解決策を考えたり、問題を乗り越えたりするプロセスは楽しかった。

ソッコルシ:人々のスタイルをかなえる華やかなアイテムを循環可能にしたいと思ったからこそ、難しいプロジェクトになった。例えば、スパンコールのメタリックなコーティングをなくすこれまでにない方法を発見し、リサイクルできるようにしたことは大きなステップだった。「こうすればできるんだ」というひらめき、アハ体験をもたらしてくれたし、見た目も美しかった。ほかには、2018年のグローバル・チェンジ・アワード(Global Change Award ※H&Mが主催するイノベーション・コンペティション)を受賞したリゾーテックスとも協業した。同社の糸を使用すれば、高熱を加えるだけで縫い付けたパール飾りなどが服から外れる。これは非常に面白いし、画期的なものだ。このコレクションには、自分たちの限界に挑戦したからこそ可能となった“進化”がいろいろ含まれている。

WWD:そのほか、同コレクションで使用した革新的な素材は?

ソッコルシ:海から回収したプラスチックボトルから作られたリサイクルポリエステル、「リプライブ・アワー・オーシャン(REPREVE Our Oceans)」がある。これはリサイクルシステムがない国の沿岸地域から回収したボトルを使っているので、すでに循環されているものではなく、放っておけばごみとなって環境に悪影響を与えてしまうものを利用している。ほかには、衣服をリサイクルしたポリエステルなどがある。

ヨハンソン:衣服をリサイクルした繊維や原料で衣服を作ることも、ファッション業界が排出した廃棄物を自ら再利用するという意味で重要だ。古着や使用済みの繊維廃棄物を利用したファブリックのサイコーラ(Cycora)などがそうで、新たな協業先となっている。またリサイクルコットンのテックスループ(Texloop)、イタリアのアクアフィル(AQUAFIL)のリサイクルナイロン「エコニール(ECONYL)」も使用している。以前から使用しているベジェア(VEGEA)のグレープレザー(※ブドウの絞りかすから作る人工皮革)も素晴らしいものだし、どんどん進化している。

ソッコルシ:衣服のリメイクも行った。古着のリサイクル企業、ソエックス・グループ(SOEX Group)のアイコレクト(I:COLLECT)と提携し、「H&M」が回収した古着をアイコレクトが、二次流通で再び売れるもの、修理できるもの、リサイクル可能なものなどに選別するのだが、今回は回収したものの中からメンズのブレザーを選り分け、リメイクした。東京やパリ、ミラノ、ロンドンなど都市ごとに異なるデザインで、東京は東京だけのユニークなデザインとなっている。

ヨハンソン:こうしたリメイクプロジェクトを行ったのは今回が初めてだったが、将来的にもっと実施していきたい。デザインし直してリメイクし、アップサイクルすることは今後さらに重要になるだろう。

WWD:最近は、リサイクル素材のバリエーションも増えてきたが、素材を選定する際に大事にしていることは?

ソッコルシ:リサイクル素材にはたくさんの種類があり、常に増え続けている。最適な選択をするためにも、サステナビリティ部門との連携が要だ。彼らはその素材の耐久性や使い勝手などを試すため、さまざまなテストを行っている。当社は化学薬品の使用に関する厳しい規制を設けているので、そうしたことも詳しく調べている。

服の寿命を一度で終わらせない啓発が大事

WWD:循環型の推進には消費者のマインドの変化も重要だ。どのように循環の重要性を消費者に伝えていく?

ヨハンソン:本当に重要かつ不可欠な部分だ。顧客とコミュニケーションを取りながら、“正しい選択”をするように促すことが大切だ。製品がどこでどのように製造されたのかなどについて透明性を保つことや、いらなくなった製品をリサイクルする最適な方法について明確に示すことも重要。コレクションのタグにはQRコードを付けて、そうした情報を提供している。

ソッコルシ:実際に私たち自身も、消費者としてのマインドが変わったと思う。フィットしなくなったり、ボタンがなくなったりしても、(すぐに捨てるのではなく)リペアしようと考えるようになった。H&Mではリペアやリユースを促す「REイニシアチブ(RE Initiative)」を行っている。また衣類のタグには、当社からのメッセージとして、循環を念頭にデザインして製造した製品であり、修理やメンテナンスをして長く愛用してもらいたいこと、いらなくなったらリサイクルしてほしいこと、製品のライフサイクルの最後にはさらに循環させるため店頭の回収ボックスに入れてほしいことなどを記載している。愛着があるからなどの理由で取ってあるけれど使用していない、というのも実はあまりサステナブルなことではない。使っていない物は誰かに売るか譲るかして使われるようにする、という新たなマインドになるよう顧客を啓もうしていく必要がある。

ヨハンソン:衣類の寿命は一度では終わらない。リサイクルなどによって生まれ変わるので複数の寿命がある。自分が飽きてしまった製品でも、それを喜んで使ってくれる人がどこかにいるので、循環の輪(ループ)に含めることが大切だ。

ソッコルシ:もう一つ、当社で推し進めている事業にレンタルがある。これまでにない新たなビジネスモデルだと思う。

ヨハンソン:二次流通市場も大きく成長していて、当社ではスウェーデンのリセールプラットフォーム、セルピー(SELLPY)と提携している。サステナブルな未来のファッションを実現するにあたり、業界内で、企業同士が協力し合う必要がある。(環境問題は)全員に関わりがあることなので、知識やノウハウを共有し、互いに助け合うことが重要だ。

WWD: 2040年までにクライメート・ポジティブを実現するための、次のステップは?

ヨハンソン:すでに多くの目標を達成している。例えば、20年までにコットンを全てリサイクルされたもの、再生可能なもの、もしくはオーガニックコットンに切り替えるという目標は昨年達成した。また、H&Mグループで使用するファブリックを30年までに全てサステナブルなものにするという目標があり、それも達成に向けて順調に進んでいる。40年にクライメート・ポジティブを実現するという大きな目標に向けては、小さな目標がたくさんあるが、デザインの段階から循環型ファッションを意識するというマインドを持つことが重要だ。当社の全てのデザイナーにはそのマインドを学び、必要なアプリやツールを活用して循環型ファッションに取り組み、引き続き美しいコレクションを発表してもらいたい。ファッションは自分を表現するための最高の方法の一つなので、今後もそうであると同時に、できる限り環境負荷をかけないようにしたい。

ソッコルシ:リセール、リペア、レンタルなどの再生・再利用のコンセプトは加速度的に広がりを見せているが、手持ちの服を“リスタイル(着回し)”するという考えも広まってほしい。いろいろな組み合わせができるアイテムを作ることは、循環型ファッションを推進する上でとても重要なことなので、このコレクションをデザインする際にも意識した。華やかなストラップの付いた黒パンツであれば、ストラップを付け外し可能にすることで、オケージョン用としてだけでなく通勤服としても使える。そうした着回しのできる服にすることも非常に重要だ。

WWD:サステナビリティに関する事柄を“制限”ではなく“可能性”として捉えているところに感銘を受けた。楽しんで取り組んでいることが、よく伝わってきた。

ヨハンソン:その通り。当社はさまざまな活動をしているが、何事においてもクリエイティブであること、新たなマインドで考えることが大切だと思う。

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