「ディオール(DIOR)」は、メンズの2022年プレ・フォール・コレクションのランウエイショーを9日にロンドンで開催した。同ブランドがロンドンでショーを行うのは、1950年のサヴォイ・ホテル(The Savoy)以来。またキム・ジョーンズ(Kim Jones)=メンズ アーティスティック ディレクターの地元でもあり、注目が集まった。会場は86年にケンジントンエリアに建設された商業施設ザ・オリンピアだ。
ショー前には別室で着想源を展示
ショー前に届いたインビテーションには、アメリカ人作家のジャック・ケルアックのイラストが描かれていた。ケルアックは1940年代にアメリカで発生した文学運動“ビート・ジェネレーション”を代表する作家の一人で、今回のコレクションの着想源のようだ。キムはこれまで、アーティストのカウズ(KAWS)や空山基、ダニエル・アーシャム(Daniel Arsham)、アモアコ・ボアフォ(Amoako Boafo)、ピーター・ドイグ(Peter Doig)、さらにラッパーのトラヴィス・スコット(Travis Scott)らとコレクション毎に協業してきた。クリエイターの創造性と自身のパーソナリティーを融合させ、それをメゾンのコードと巧みなバランス感覚で結びつけてきた。その点、作家のケルアックはこれまでの“対話”してきた相手とは趣が異なる。インビテーションには「Christian Dior 1947、ON THE ROAD by JACK KEROUAC」というメッセージも刻まれていた。1947年にデビューコレクションを発表したムッシュ・ディオールはファッション界に革命を起こし、そして1957年出版のケルアックの小説「路上(ON THE ROAD)」は文学界に新風を吹き込んだ。キムは世界を変えた2人の背景をベースに、ファッションと文学の交差に挑むようだ。
ゲストはショー前に、博物館の一室のような空間に案内された。そこには、キムがロンドンの自宅で保有しているケルアックの貴重な初版本やレコード、手紙などがクリアケースに1点ずつ展示されていた。ショー開始までの1時間をこの空間で過ごし、コレクションの着想源を来場者に丁寧に伝えたいというメゾンとキムの真摯な思いを感じた。
“豪華絢爛なアメカジ”が意味するもの
そして、ショーが開幕した。会場のランウエイは、ケルアックが3週間で書き上げたといわれている「路上」の約36メートルにおよぶスクロール原稿を再現している。ここ数シーズンはフォーマルに軸足を置いたテーラリング主体の構成だったが、今シーズンはアメリカらしいカジュアル要素も色濃く取り入れていた。例えばビンテージウォッシュのジーンズやチェックのツイードといった素材使いに加え、「ディオール」のアーカイブから取り入れたというグレイッシュなスモーキーカラーやリラックスフィット、そしてスポーティーなディテールも、リアルクローズに近い。しかしフェアアイルニットやシャツにスパンコールをびっしりと刺しゅうしたり、生地に“CDダイヤモンド”ロゴを織り込んだり、ケルアックの初版本のイラストをハンドペイントしたりと、メゾンが継承してきた無二のテクニックが、コレクションに上品な軽やかさを加えていく。さらにメタリックなシューズやリサイクルナイロンを取り入れ、メゾンのヘリテージに未来のテクニックを融合させる。また旅の要素を盛り込んだキャッチーなアクセサリーも目を引いた。ボリューム感のあるハイキングシューズは、キーアイテムとして注目を浴びそうだ。メゾンのアトリエとケルアックの“ロード”を結ぶ旅は、ケルアックのアメリカ放浪の目的地にちなんで名付けたレザージャケット“シカゴ”でフィナーレを迎えた。
ショーの後にはアフターパーティーを開き、ゲストはそれぞれの時間を楽しんだ。客席に置いた1枚のカードには、急逝した親友に向けて「TO VIRGIL, WITH LOVE FOREVER, KIM」と綴られていた。辛い時期が続いても、悲しい出来事が起こっても、クリエイションは前進する。決して歩みを止めることなく、世界中を旅して進化していく――メゾンとキムの強いメッセージを感じた一夜だった。