「ファッション業界がもっと喜び溢れるようになるためにどうしたらいいのか」――ZOZO執行役員の武藤貴宣氏が、敬愛してやまない武田邦彦先生と対談。78歳の科学者ならではの視点で、ファッションおよびファッション業界の課題を指摘してもらった。今回は特別に無料公開でお届けする。(この連載のアーカイブはこちら)
武藤:武田先生は、科学や環境問題、政治だけでなく、アートや美術に対してもすごく造詣が深く、さまざまなことをロジカルに科学的な根拠を持って説明されていて、本当に尊敬しています。ファッションやファッション業界についても、こうしたらいいんじゃないかというすごいヒントをいただけるのではないかと思い、今日はお時間をいただきました。
武田:自由に言わせてもらえば、ファッションというのはやはり名前が良くないんでしょうね。カッコつけているのか、英語を使いたいのか、フランスの影響なのか分からないけれど。「俺たちだけでやればいいよ」という態度に見えるんです。ファッション業界自体がそう見えますね。
武藤:いきなりガツンときました!? (笑)
武田:じいさんをモデルとして出してもいいのか。そこが一番、ファッションで問題だと思います。要するにファッションは特別な人のものなんです。日本人が1億2000万人いたら、1000万人ぐらい相手にすればいいやという感じでやっているように見えます。ZOZOさんはそういうのを覆したんでしょうけど。
武藤:僕たちはただ洋服が好きで、やっていたらこうなっていたというのが正直なところです。社員の多くはもともとZOZOTOWNのユーザーで、楽しそうだからと集まってきていて。ただ、今は商品取扱高で年間4100億円ぐらいの規模感でやっているので、当然ですが責任ある立場ですね。
武田:非常にいいモデルだったからこそ、これだけ受け入れられたわけだから。社会的責任がありますよね。
武藤:そうですね。
武田:今日はわざとこういう服を着てきたんです。汚い色。ブランド品ですよ。だけど映えない。なぜこういうふうにしたかというと、私の知るところでは今、アルバイトなどは除いての統計だけれど、20歳から50歳までの30年間の収入の平均というのが、だいたい年間590万円から600万円ぐらいなんです。一方、50歳から80歳の30年間の収入の平均もほぼ一緒で、せいぜい10万円程度違うぐらい。教育費負担を引いたら、可処分所得はお年寄りのほうがずっと高いんです。そして、20歳から50歳までが所有している資産額は平均1300万円。かたや50歳から80歳の資産は平均で4300万円なんです。
加えて今年、50歳以下の女性と50歳以上の女性の人口が多分、一緒になるんです。男性は少し遅れるんですが。さらに一昨年、一昨々年、50歳を超えた人の平均余命が50年を超えまして。ということは平均100歳。50歳になった人はあと50年生きるということになっています。
日本には昔から、「隠居」というのがあったんです。余生を基に現役を決めていて、昔は男性の平均寿命が70歳だったから55歳が定年だったわけです。つまり引退後の10年が余暇です。旅行だとかゲートボールだとかに費やして、残りの5年は死ぬ準備。あまり活動できなくなってから死ぬまでの間の年数は正確に測定されていて、統計上は6年なんですけれど、一応5年。それで15年。年金も老人施設や病院の数も旅行会社のプランも全部この余生15年に合っていたのですが、今はもう全然合わないんです。
武藤:なるほど。
武田:そこで最大の問題は、50歳以降をどう生きるかが決まってないということなんです。今までは、結婚して、家を持って、子どもができて、その中で服でも生活でも選んでいくわけです。基本的な概念は誰が作っていたかというと、小説家なんです。皆、小説を読んだりしながら結婚したらどうの、家を持ったらどうの、どこに住んだらどういう生活を送るかのイメージを頭の中に持っていました。そこには、人生の楽しさもある。悲しさもあって、失敗もあるし成功もある。ところが、50歳以上はそのイメージがないんです。
武藤:手本がないということですね。
武田:自分の人生をどう送るかのイメージがないんです。50歳すぎの女性に聞くと、誰もイメージを持っていない。真っ白です。
「ビジネスは必ず幸福とつながっている」
武藤:どうしたらいいのでしょう。
武田:まず必要なのは、小説家に小説を書いてもらうことです。今、50歳から100歳の人が資産4300万円と収入があっても使わないのは、自分が着たい服や住みたい住宅など、欲しいものが分からないんです。もっと言えば、老人には要らないんです。だから、買う意欲ももちろんない。80歳のじいさんに「畳を替えたらどうですか」って言っても、「何言ってんの」って。「俺、もう死ぬばかりだから、そんなの要らないよ」とくるわけです。それが非常に大きな問題です。
人生そのものの提案、それは企業から見ればビジネスでしょうけれど、僕から見れば老人を幸福にすることなんです。老人が生きている意味がある、そういう社会の像をまず見せる。一刻も早くやるべきです。僕は45歳のときにそれに気が付いたんです。当時は大企業の出世頭で、このままいったら万々歳。ところが、45歳のときに「老婆の一時間」という随筆を書いたんです。
武藤:周りの人がその人を「老婆」扱いするから、その人が「老婆」になってしまう。若いときの1時間も老婆の1時間も価値は一緒だという内容ですよね。
武田:そう。それを書いたときに自分で気が付いて。「なんだ。僕には50歳以上の人生ってないじゃないか。役員になってごますって、定年ちょっと延ばしてもらってゴルフして、旅行に行って死ぬだけだ」って。これ、人生じゃないです。
武藤:ドキ!自分も大丈夫かな(笑)。
武田:それで、50歳でばっと会社を辞めて、60歳から90歳までの30年間を、20歳から50歳までの30年間と全く同じように生活しようと決めたんです。だから今78歳ですけれど、僕は心の中では38歳だと思っているわけです。いつ死ぬか分かりませんよ。死亡の確率は上がってきますから。でも一番の大きな障害は、周りの目なんです。例えば洋服だったら、僕は随分、派手な色の背広を持っています。テレビのときは着ますが、普段は無理ですね。
武藤:「虎ノ門ニュース」で着ていらっしゃった真っ白なスーツ、カッコよかったです。
武田:ところが、そういう格好して街中で友達とご飯を食べようとなんかしたら、あっという間に排斥されちゃう。急にやっては駄目なんです。徐々にやっていかなきゃいけない。ZOZOさんみたいなところや、ファッションをやっているところが徐々に。僕も派手な格好をするときがあります。けれど、それは短時間だけ。あとは、こういう野暮ったいやつを着ているしかない。
武藤:僕個人の意見ですが、70歳ぐらいの人がおしゃれを楽しんだり、カッコよくするというのは、若者からすると、「70歳で!」というレバレッジが利いて、逆にカッコいいですよ。
武田:僕ら78歳のソサエティーというのは、みんな死んでいる世界なんです。お金を持っていても、使う先がない。例えば、市役所に文句を言ってくるのは、50歳以上の男性が多いそうです。それで、四日市の市役所がそういう人たちに、何か話をしてくれと僕に頼んできた。会場に行ったら200人ぐらいの白髪の、60歳から80歳ぐらいのじいさんばっかり。僕はもちろんいろいろ言ったんだけど、「(四日市はすごく洪水が多いから)雨が降ったらわれわれは土のうを担いで川のほうに行こうじゃない。市民はみんな川のほうから引き揚げてくるけど、僕らは川に行こうじゃないか。土のうを積むんだ。足りなければ僕らが寝るんだ。それで、そこで死ぬんだ」って言ったら、みんなわーって笑って。市役所の人が言うには、来るときはみんな下を向いていたけど、帰りはみんな上を向いていたって。つまり、精神的な生きがいとか喜びが必要なんです。まず小説家が書いてくれないと、思いが至らないというか、イメージが湧かないんです。
それで、悪口言ったらなんだけど、ZOZOTOWNを見たら、全部若者。こっちの資産は4300万円だよと。ビジネスは必ず幸福とつながっていますから。幸福にさえしてあげればみんな買うんです。でも、きっかけがない感じなんです。(次回は2022年1月10日12時にアップ予定です)